16話
「お、古谷。ちょっとこっち来なさい」
「…………なぁに、センセー。また説教?」
体育の前の休み時間、ステージの上でプラプラと足を遊ばせていると体育教師が近寄って来る。
体育教師は風紀の人間の1人だ。あまり仲良くはしたくない。
「して欲しいならいくらでも、お前がまともになるまでやってやるが」
「めっっちゃいらない。……で?」
「お前今日の授業見学で暇だろ?これよろしくな」
「は?!何これ!」
渡されたのは十何冊も積まれた本の山。
「猿でもわかる筋肉」「本当は怖い覚醒剤」「反復横跳び運動が上手くなる39のメゾット」……など一貫しないタイトルが並んでいる。保険なのか体育なのかどっちなんだよ。
「授業で使ったんだが返すの面倒だから代わりに返してきてくれ」
「はぁ?!なんで俺?!」
「体操着忘れて具合悪いわけじゃ無いけど見学、なんてお前しかいないだろ。元気なら動け。出席にはしておくからその時間で行ってこい」
「……見学は雑用じゃないんですけど」
「いつもの迷惑料を考えれば安いもんだろ」
「……りょーかいしました」
事情があって体育を休みがちな自分には何も言い返せない。
ふてくされながら両手いっぱいに本を持って歩き出す。今日は厄日だ。
「本返しにきましたーっと」
授業中ということもあり図書室はガランとしている。女性の司書が俺に気づいて声をかけた。
「あら?今授業中よ?」
「先生からのおつかいでーす。これ置いときますね」
「ついでに返却処理して元の場所に戻しといてもらえる?貴方三年間図書委員だったからわかるでしょ?」
「えぇ……。そういうのいいんですか?」
「私がいいって言ったらいいのよ」
「て、てきとー」
司書のババアは俺が内気だった時からの付き合いだ。外に出るより本を読むことの方が多かった時代に大変お世話になったこともあり基本的にババアの言うことは断れない。
(はぁー……たる。授業中だから図書委員いないし。本の場所なんて知らないんだけど)
「……あれ?」
誰もいないはずの図書室に俺より少し背の高い人影。見馴れた姿のそれは俺に気がつくと珍しく手をヒラヒラとさせた。
「お、王子?!!」
「しー。利用者は居ないとはいえ司書さんの迷惑にはなるよ」
「は、はい。……なんでこんな時間にいるの?」
「……サボり、みたいな?そっちは?一応授業中なわけだけど」
「先生からこれ返してこいって頼まれて。今は流れで配架のお手伝いしてる」
「しまう場所わかるの?」
「一応ラベル見ればね。でもいかんせん一年やってないとトリ頭にはキツイものがありますネー……」
「手伝ってあげる。みせて」
「これはこっち。これは二段目の棚のとこ」
少なくても図書委員ではないと思うのだが王子は慣れた手つきで本を元の場所に戻す。配架場所も完璧だ。
「うわ〜〜よくわかるね。図書委員だったの?」
「通いつめてるから配置覚えてるだけ。これはそこ」
「えっ、それ絶対嘘だから。王子『筋肉と恋人になりたい人の為のトレーニング法108選』とか読まないでしょ」
「…………」
笑いながら王子の方を見ると彼は明後日の方向を向いていた。どう考えても読んだパターンの反応だ。
「……男は誰でもマッチョになりたいと願うものだから」
「……で、マッチョにはなれたの?」
「見てのとおり。正直プロテイン風呂に浸かりスクワットってあたりで絵面が辛すぎて止めた」
「うわキッツ……」
一瞬想像してすぐにやめた。王子はキラキラしているのが理想だから汗とか筋肉とかは似合わない。
と言うかその本絶対インチキだろ。
「ほかにはどんな本読むの?」
「どんな本……って言うかタイトルが面白そうなやつ読んでるからジャンルはあんまり固定じゃないかな」
「これとか絶対読んだでしょ」
丁度目に入った『学園怪奇譚〜グレイ星人は見た〜』と言う小説を取り出してみる。どんな話かはわからないけれどタイトルだけはちょっとインパクトがある。
「読んだ。なかなか面白かったよ。特に最初は学園恋愛モノだったのに伏線もなしに急に宇宙を巻き込んだSFになったあたりが」
「へー、じゃあその本は?」
王子が片手に持っている新書を指差す。
「これ?……シンデレラコンプレックス拗らせた馬鹿な女の話」
「シンデレラコンプレックス?なにそれ」
「……ききたい?」
「ん?うん」
俺は知らないふりをしてうなづいた。
「女の子の依存願望の名称。童話のシンデレラみたいに外から来る誰か……所謂王子様が自分の人生を変えてくれるのを待ち続けてる、ってところからこの名前がついたんだって」
「…………」
「馬鹿だよね。誰かに環境を変えてもらおうと待ってるだけなんて。自分で動いた方が早いのに」
「……自分じゃなんとかできないから待ってるのかもしれないよ。大人のことはわからないけど……少なくとも子供なら自分でも嫌になる程非力で、持ってるものは何の役にも立たない」
「確かにそうかもしれないけど、それでも助けを求めれば誰かしらは力になってくれる。うわべだけの同情が殆どだから数打ちゃ当たる方式かもしれないけど、それでも手を差し伸べてくれる人はいるよ」
「……だったら王子は?」
それは周りに恵まれている人間のセリフだ。人間の大多数が困ってる人間なんかには手を差し伸べない。
「王子は、どっち側の人間?」
彼は、それが解っていて聞いているんだろうか。
「……僕は、」
彼が口を開く前に俺は声を上げた。俺の”王子様”になりうる人から答えなんて聞きたくなかった。
だってもしその答えが求めていたものと違っていたら、俺にはそれが怖い。
この人以外に王子様なんて考えられないのに、もしこの人が”そう”でなかったら、俺は誰にすがって生きていけばいい?
「なーんて!冗談冗談!あんまりイジワルしないでよ女の子はみんなお姫様願望があるってのは夢があっていいことだよ。俺は女の子じゃないけど。てか俺も久しぶりに本読みたくなってきたな。なんかおすすめとかあったら何冊か教えてよ」
「……いいけど、いくら許可されてるったって流石にそろそろ授業戻らないとまずくないの」
「え……?うわっ!もうこんな時間?!ちょっとヤバいかな……」
時計を見ると授業が始まってから30分も経っている。これはどこで油を売ってたんだと、どやされてしまうことが確定したと言っても過言ではない。
「本のタイトルはあとでメールで送るよ。もう全部戻し終わったんだから授業行ってきな」
「待って!メールじゃなくて手紙にして」
「めんどくさい……なんで?」
「ひ、筆跡が欲しいの!」
「……………………………キモ」
「自分でも思った!ごめんって!」
でも好きな人の手書きの手紙が欲しいと言う乙女心をわかって欲しい。こうデータとは違う良さがあるのだ。アナログには。主に指紋とか。
「いいよ。今日は放課後行けないから空いてる時間に渡す」
「ありがと!じゃあまた後でね!」
名残惜しいけど仕方の無いことなのだ。俺は手を振って別れを告げると図書室を出た。
「…………王子様、か」




