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その四

 戦場に来ております。

 もちろん、女の戦場ですわ。つまり、相も変わらず夜会というわけです。

 視線の先には我が愛しの元婚約者ターナー様がおられます。『元』婚約者ですの。

 急転直下の政治的婚約がなされたのは、約一カ月前のことでしたわ。

 まさかの、ターナー様に一目惚れで、隣国の姫様がゴリ押し婚約を迫ったのです。

 娘可愛さの親バカで、隣国はやっちゃいましたの。後悔はゆーっくりなさってくださいましね。ウフフフフ……

 さあ、夜会です! いわゆる姫様お披露目の嬉し愉しい夜会ですって。エルザいざ出陣致しますわ。


 私、この日を心待ちにしておりました。

 堂々と真っ直ぐ進みます。


『さあ、気づいてくださいませ』


 元々気づいていたターナー様が、すでに臨戦態勢になっております。

 ええ、私、実行致しますわ。だって、準備万端ですもの。


「あーら、元婚約者さん。ごきげんよう」


 隣国の姫様が居丈高に声を張り上げました。お下品ですこと。

 まるっと完全に応えず、ただただターナー様を見つめます。この日のために、メアリー様に特訓していただいた潤っ潤っの瞳炸裂ですわ。


「……助けてぇ、ターナー様」


 よよと泣き崩れて、ターナー様に寄りかかります。


「だ、大丈夫か、エルザ?」

「ターナー様が、お支えしてくださるならば」


 ターナー様の瞳に私が映っております。もちろん、私の瞳もターナー様で満たされていましょう。

 これぞまさに『二人の世界』というわけですね。ウキウキ致しますわ。


「ちょーとっ‼ 現婚約者は私よ。同盟国である姫を足げにしたら、どうなるかおわかりでないの⁉」


 想定内ですわ。

 ビクンッと体を震わせます。庇護欲そそるビクンッは、メアリー様お墨付きです。


「……ターナー様、怖い。私は単なる令嬢ですから、高貴な方には従わざるをえませんわ。皆様に無視をされても……それはきっと私が悪いのですもの」

「当たり前じゃありませんこと。王族同士の婚約が決まったのよ。あなたは『元婚約者』、現婚約者の私に配慮して、皆声などかけるものですか。立場を十分理解しているなら、夜会などに出ず、修道院に入るのが貴族令嬢としての行いでないのかしら?」


 姫様ったら、言ってくれちゃいましたね。フ、フフフ……さあ、ターナー様、例の言葉ですわよ。


「やはりか! 身分を傘にきて、エルザを無視し一カ月間孤立させていたとはな」


 その台詞まわし、素晴らしいですわ、ターナー様。過去の産物ですが、以前より格段に腕が上がっております。

 もう一人の役者、姫様を見ます。私を睨んでおられますわ。勉強になります。あれが、睨み顔ですのね。あのつり目ってどうやったらできるのかしら?

 ターナー様の胸に顔を隠し、少し練習してみます。うーん、難しいわ、鏡がないと確認できないもの。


「エルザ、怖かったな。そのまま私の胸に隠れていよ。あのような鬼面を見てはならぬぞ」


 了解ですわ、ターナー様。

 次の展開へ移りましょう。震える足作戦を実行致します。


「こんなに震えて……どうしたのだ?」

「はしたなくてすみません」


 また、二人で見つめあいます。


「婚約者のいる者に迫る悪女よ、離れなさい! もうその場は私のものよ‼」


 姫様が、私に掴みかかろうします。思った通りに動いてくれて感謝です、姫様。


「ああぁっ」


 大きく揺れて膝を崩します。


「エルザ、大丈夫か⁉」


 ターナー様の腕にしかと掴み、何とか持ちこたえました。ふりですけれど。崩れる膝で崩れないって、しんどいわね。もう少し特訓が必要かしら?


「エルザともあろう者がどうしたというのだ?」

「……会場に入る前に、ヒールを失ってしまったのです」


「何だと⁉ 何があったのだ?」

「『元婚約者』の私が、姫様に危害を加えるかもしれないからと、身体検査を……」


 ターナー様は膝をつき、私の足下を確認致しました。

 ポキリと折れたヒールの足下は、見るだけで痛々しく私の小鹿のような震えに繋がっております。ふりですけれど。

 そして、追い込みます。


「隣国の騎士の方々らに……一室に押し込まれ……『検分するから脱げ』……そう言われ……」


 ポロポロポロポロポロポロ

 涙って、雫のように流せば美しいと、メアリー様に教わりましたのよ。ツーッと流すのは初心者の技らしいのです。瞬きしなければいとも簡単だと。


「必死に抵抗しましたの。靴が脱げ、ヒールが折れて……そしたら、姫様の専属侍女はハサミを持って現れ……脱げぬなら、ドレスを切って確認すると言うのです」

「な、なんてことを‼」


 ターナー様こそ、鬼のような表情になって姫様を睨み付けました。姫様に侍る騎士や侍女らにも射殺さんばかりに見ております。迫真の演技痛み入りますわ、ターナー様。


「ターナー様、危害を加える可能性のある者を検分するのは当たり前ですわ。特に、その女は『元婚約者』よ。逆恨みして刃物でも持ち込む可能性がありま」

「私が悪いのですわ!」


 必殺被せ発言です。姫様に舞台は渡しません。私エルザ、ズッタズタを披露しましょう。


「だって、姫様と丸かぶりのドレスで来てしまったのです。まさか、姫様が貴族令嬢ごときが着るドレスと同じ程度の物をお召しになるとは思っていませんでしたの。全く同じ格のドレスをお召しになるなんて……デザインが同じだけじゃなく、生地まで同じ物なんて……考えてもみませんでした」


 姫様の頬がヒクヒクとひきつっておられます。この程度で余裕をなくすなど、まだまだひよっこですわね。

 第一、ドレスの様相を事前に通達していなかった姫様が未熟ですのに。もちろん、あえての丸かぶりですわよ。ウフフフフ……情報を掌握するなんて簡単ですのよ。

 小鹿のような震える足で毅然に立ってみせます。そして、ドレープを持ち上げます。ドレープで隠れていたフリルがズッタズタに切り裂かれています。


「エルザ!」


 ターナー様が私を抱きすくめます。

 これぞ、ヒーロー。これぞ、逆境のヒロイン。ターナー様の好物ですね。


「な、なんということだ! この悪行、見過ごせはしない! 悪姫よ、言い逃れはできぬぞ。覚悟せよ‼」


 ターナー様、ビシッと姫様を指差し、高らかに宣言しました。


「元より、言い逃れなど致しませんわ。身体検査を否定するおつもり? ターナー様、目を覚ましてください。私だけでなく、ターナー様への危害を考えたのですわ。逆恨みは、ターナー様に向けられるかもしれませんもの」


 姫様、なかなかやるわね。でも、まだまだ青二才ですよ。


「ええ、そうですわ!」


 私エルザ、姫様にのってあげましょう。


「姫様はもうターナー様の婚約者ですもの。この国での騎士や侍女の立場は、もう確固たるものにございましょう。我が国の警備態勢に口をはさむ権利だってありますわ。婚姻はしていないので、我が国の王族ではありませんけれど。他国の警備態勢に口を出すのは許されるのです。我が国在籍公爵家令嬢たる私に、難癖……いえ無礼に振る舞う……いえ、妨げることは、私だけでなく、他の貴族の方々にも同じですわ。きっと身体検査をなさったのでしょう。だから……抵抗した私が悪いのですわ!」


 貴族たちが眉をひそめ、姫様を見つめます。婚約者ではありますが、まだ籍は隣国の王族のまま。この王城にて、身体検査を主導するなどもっての他です。


「おだまり! この私を陥れるおつもり⁉ 王族に楯突くとどうなるか……フフ、覚悟はできておりましょう?」


 姫様、悪魔のような笑みですわね。舞台であるならば、悪役降臨ね。ですが、まだ鼻垂れ小僧程度の悪ガキにしか見えませんわ。

 さて、悪役の真髄お見せ致しましょうか。その役乗っ取らせていただきます! 真の悪役は、じわーりじわりと攻めるのですよ。気づかぬようにじわーりじわりとね。


「黙っておられませんわ、姫様。身を滅ぼすのを避けるには、黙ってなどおられませんの。せめて謝罪の機会を!」

「オーッホッホ、そうでしょう! さっさと謝りなさい! これまでの不敬からすれば極刑でしょうが、平民に落とすとしま」


「そうですの‼ 父上は『王族から平民に落とせばいい』とおっしゃって、すでに足ってしまわれました。あの『皆殺しの戦士』が、もう向かっているのです。隣国は、もう……」


 気づいた貴族の方々は、血相を変え夜会場から飛び出していかれました。時流を見る目をお持ちのようね。追随して父上に認めてもらうのでしょう。


「何を訳のわからぬことを言っているのです? 恐ろしさのあまり気が触れたの?」


 姫様、『皆殺しの戦士』もわからず、我が国へいらっしゃったのですか? 不勉強にも程がありますわ。


「エルザ、まさかと思うが……」

「そのまさかです。私の父上も親バカですの。身分を傘にされたことなら、その身分をなくしてしまえばいいと、隣国の王族を潰しに行かれました。イカレタフル装備で」


 貴族の方々が、悲鳴を上げました。父上のイカレタフル装備の怖さを知っているからですわ。それはもう恐ろしいでしょう。

 全身を覆う鎧の大きさ人の十倍。起動席コックピットと呼ばれる中央部で、自身の手足のようのプレートアーマーを動かすのです。

 関節に配置された黒子との息も乱れぬ動きは、もはや巨人兵と言われています。

 もちろん、剣も通常の十倍。槍に至っては十五倍。弓矢は千本を背に負い、連射は一度に五十本。

 父上が『皆殺しの戦士』と呼ばれるゆえんですわ。


「ま、待てエルザ。もう出立していると?」


 ターナー様が青ざめております。


「ええ。父上だって、当初は『やったぜ、婚約破棄。これでバカ王子の面を見ずにすっむぅー。バカ王子にワガママ姫、お似合いじゃないかー。オッフゥ』などと申しておりましたのに、この一カ月もの私の不遇で、カンカンに怒ってしまわれて『国を広くしちゃおうー。隣国貰っちゃおうー。久しぶりにフルで行こう、そうしよう』などと恐ろしいことを告げ……。私は、これをお伝えしなければと、いそしんで夜会場に来ましたの」

「何気に私をなじっていないか、エルザ?」


「いーえー、なじっていたのは父上ですわ」


 騒然となる夜会場で、私とターナー様だけが悠長に会話していますわ。


「何で、こんなに騒がしいのよ⁉ 高々公爵家の暴挙でしょ。頭おかしいの、この国の公爵家って。一国相手に宣戦したって、一瞬で一握りに潰されて終わりでしょうに! 私が、婚約者としてここに居りますから、皆さん落ち着いてください。責など負わせませんわ」


 しっらー……夜会場は白けております。

 一瞬で一握りに潰されるのは、姫様の国ですわ。

 貴族の方々は、細目で姫様を凝視した後、ハンッと鼻で笑って会場を出ていきました。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 姫様は現状をご理解できていないのね。残念な方だわ。


「姫、さっさとエルザに謝って、謝り倒して、国を守らなければ、本当に平民になってしまうぞ」


 ターナー様ったら、なげやりな言い方ですのね。もう、無理だとわかっていらっしゃるからでしょう。

 この国は、王様が創った国。そして、領土を広げたのは父上よ。


「もう、無理でしょう。だって、嬉々として王様まで出立しましたのよ」

「何⁉ 父上までもか……そりゃあ、もう隣国は消滅したな」


 二人で遠くを見つめます。夜の帳しか見えませんが、思い浮かぶのはヤンチャな王様と父上の姿ですわ。


「え、え、え、えぇぇーー⁉ 王様もなの? 私、私の立場はどうなるのぉぉ」


「王様曰く、玉座を預ける者が居るから、やっと暴れられるとおっしゃって、マントを翻し行かれましたわ。それはもう嬉しそうに」

「そうか……そうなのか……私か?」


 言葉にはしませんわ。ただ、微笑みます。単純なターナー様なら、きっと玉座を預ける者はご自身だと思われましょう。


「逃げ、逃げ、逃げなきゃぁぁ!」


「残念だ……公爵のイカレタフル装備も、父上の陣頭指揮も間近で見たかった」

「凱旋時に見られますわ」


 シュッ


 首筋をヒヤリとさせるのは、剣ですわね。


「人質になってもらおうか」


 姫様の腰ぎんちゃくの騎士が、私に剣をあてております。


「は、離せ!」


 ターナー様も捕獲されたようですね。相変わらずのターナー様ですわ。簡単に背後を取られるあたり、剣の訓練を怠っていた証拠です。


「アハッ、アッハッハッハッハ! 形勢逆転ね」


 姫様は息を吹き返しました。まあ、藁を掴んだことに気づいていないのでしょう。それでは、助からないのに。

 こういう展開って、なかなか経験できないものですが、ええ……もう台詞が喉まで出かかっていますわ。

 ですが、もう少しこの場面を楽しみたいと思うのは、私の悪い癖ですね。

 姫様の後ろに三人、左右に一人ずつ、騎士の方が確認できないけれど、たぶん四人程度、侍女らにはもう『桃黒』たちが、遊び相手になっていることでしょう。

 観客なら、さあクライマックス逆転劇をとの期待で、ボルテージが上がっているに違いありません。

 夜会場を瞳だけで見回すと、残っていた貴族の方々がワクワクした表情を隠しきれておりませんから。


「助けでも乞うたらいかが?」


 鼻高々で姫様がおっしゃいました。

 来ましたわ、この瞬間! 私エルザ、待ちに待ったあの台詞を言います。


「その言葉そっくりそのままお返し致しますわ!」


 エルザ、快感!

 何と甘美な台詞なの。何度でも言いたいわ。そんな機会にはもう巡り会わないでしょうが。

 姫様の首筋に、黒子の短剣が四本があてられています。いいえ、首筋でなくて首回り全部だわ。流石、我が公爵家の黒子たちね。

 腰ぎんちゃく騎士らの首筋も同じように短剣の首輪状態だわ。

 なぜか、ターナー様の膝がガクブルなのは、見なかったことにしておきましょう。


「ひぃゃっ」


 姫様はおまぬけな声を出しました。もっと、可愛らしく発すればいいのに。メアリー様に教えを乞うべきね。あら? でもメアリー様も無様な悲鳴を上げていらしたかしら。


「あっ、あっ、あぅ、あの、ほ、本の冗談ですわ。私たちは人質、もしくは捕虜になりましょ。命は保障されますわよね」

「いーえー、人質や捕虜などと言えませんわ。だって、まだ亡国の知らせは受けておりませんので、まだ姫様はターナー様の婚約者ではありませんかー。どうぞ、ターナー様のお横に行かれてはー」


「エルザ! その棒読みの台詞はよせ。ついでに、婚約など破棄するに決まっておろう‼」


 ムフフフフ、そうはいきませんわよ、ターナー様。


「婚約破棄は、そんなに簡単にできませんわー。それに、亡国の姫様……悲劇のヒロイン、いいじゃないですかー。いばらの道を歩む姫様ですのよ、きっと庇護欲そそられましょ? ターナー様の大好物じゃないですかー。針のむしろの姫様を庇う、ヒーローになれましてよ? 悲劇の姫様を守る俺って、カッコいいーみたいな?」


 先ほど、私を庇ったように。


「いやいやいやいや、それはない! 断じてない! 私にこの女を押しつけるなー‼」

「えー、私だって嫌ですー。高飛車勘違い姫様ですのよ。どう更生させろというのです? きっと骨が折れますし、不可能ですわ」


「そう言うな! この傲慢な女をコテンパンにできるのはエルザぐらいだろうに!」

「まあ! 更生でなく、コテンパンでいいのですね? それならそうと言ってくださればいいのに」


 グインと顔を姫様に向けますわ。

 姫様はちょーっとばかり涙目で、こちらを睨んでおります。もしや、ご自身のイタイ状態を、客観的に言われて心が折れたりなんてしていませんよね?


「こんな婚約、破棄してやるわよ‼ それでいいんでしょ⁉ さっさと私を解放しなさい! そうすれば、今まで通り同盟国として扱ってあげるわ!」


 この期に及んで、上から目線痛み入りますわ。両手を天に向け、首を横に振ります。


「イタイな」

「イタイですね」


 珍しくターナー様と意見が合致しまして、思わず顔を見合わせ笑ってしまいましたわ。


「姫様、ついでにターナー様。先ほども言いましたが、婚約破棄は簡単にはできませんのよ?」


 二人して、『え? 何で⁉』な顔で私を見ておりますわ。私こそ、そっくりそのまま『何でわからないの?』と返したいのですけれど。


「婚約は双方の両家で了承したものです。それを反故にするなら、両家の証人が要りますわ」

「証人ぐらいいくらだって見繕うわ! 私の騎士は遠縁の者よ。証人に問題ないわ」

「ああ、そうだ! こっちは母上を呼ぼう」


 ターナー様と姫様、息もピッタリな返しに感服致します。似通った者の特性なのかしら?


「ターナー様、王妃様も『久しぶりの遠出、楽しいわー』と王様と一緒に行かれましたよ。『後のことはよろしくー』と私に任されておりますの」


「それを早く言えぇぇ」


 ターナー様が、私をビシリと指さされました。


「では、私が現王城の責任者なのだな。私自ら、この婚約の破棄を宣言しようではないか! アーッハッハッハ」


 ついぞやの、姫様の高笑いと同じですわ。

 では、エルザ、ターナー様の鼻っ柱を折らせていただきます。


「そうは問屋が卸しませんわ! 王様の玉座を預かりし者は、ターナー様ではございませんから‼」


 エルザ、二度目の快感!

 今日の夜会は楽しいですわ。


「な、何だと⁉ まさか、任されているとの言質で、自分が玉座に座る気かぁぁ⁉ 逆心を抱くとは、エルザよ、血迷ったか⁉」


 ターナー様、相変わらずの誇大被害妄想ですわね。そして、その妄想に酔っておいでです。

 どこぞの物語でございましょうか? 確か、ターナー様が最近読んでいる本は、『Lv無限追放王子、覇王となる』だったかしら?

 全く、懲りない面倒な我が愛しの方ですわね。


「いいえー、王様が唯一玉座を預けた者は一人だけですわ」

「誰だと言うのだ⁉」


 黒子たちに目配せし、壇上を整えさせます。


「では、ご登場いただきましょう」


 奥の重厚なカーテンが開きます。

 玉座がスーッと前に出てきました。


『私、ピチィ。王様から玉座を預かりし者』


 そうです。王様が玉座を預けた者は、後にも先にもこのピチィのみ。


「ふざけるなぁぁ!」

「ぬいぐるみが証人になれるわけないじゃない!」


 ターナー様だけならまだしも、姫様のお相手もしなければならないなんて、二重苦です。


「そうですか。ならば、王様のご帰還を待つということですね。つまり、亡国の姫様……悲劇のヒロイン……単なる平民確定での婚約破棄。いいえー、平民どころか敵国の出身の元姫様。我が国への不敬と相まって、即牢屋行きといったところでしょうか。また、ターナー様におかれましては、そんな者の婚約者であることから……廃嫡の可能性もありましょう」


 顔色が悪いですね、お二人ともに。


「いやいやいやいや、おかしいだろ? なぜ私が廃嫡なのだ?」

「ええ、ターナー様も微妙なお立場ですね。勝手に破棄できぬ婚約でありながら、帰還まで待っていたら、敵国の姫様と婚約状態。遅ればせながらの婚約破棄をしたところで、外聞も悪く、また婚約続行ならなおのこと。どっちにしてもお先真っ暗です」


 ターナー様が虚ろな瞳でピチィを見上げました。


「ピチィ証人の元、婚約破棄できるのだな?」

「ええ、私に王妃様は夜会を任されましたし、ピチィに王様は玉座を預けたのですもの」


「わかった。仕方あるまい」


 ターナー様は姫様に無言の圧力をかけております。


「わかったわよ。さっさと破棄して、私はここを出ていくわ。私と婚約破棄したことを後で後悔しても遅いん」

「よくぞ、ご決断くださいましたわ。では、婚約破棄の正式な儀式を行いましょう」


 減らず口には被せ発言ですわ。だいたい後で悔やむから後悔なのよ。後で後悔……妙な言葉遣いね。後々悔やんでも遅いなら、通じますが。隣国の教育が知れますってよ。

 私の合図で黒子が、宣誓台を持ってきます。設置を確認して、ピチィを見つめます。さあ、大きく息を吸いまして……


「ピチィ、お願いします」

『了解ですわ。ターニャー、並びに姫よ。私の前に立ちなさい。婚約破棄の宣誓並びに宣誓書へのサイン、宣誓儀式を執り行います。証人は我がエル…ゴッホン、我がピチィ。立会人は、そこの騎士とエルザとする』


「……エルザ、バレているぞ」


 いえいえ、ターナー様。ピチィ初登場時にわかっていたことではなくて? 今さら感はありましてよ。……ええ、でももう少し腹話術の練習をしなければなりませんわね。


『ターニャー、私語は厳禁です』

「……フッ」


 クッ、ターナー様に鼻で笑われてしまうとは、エルザ一生の不覚ですわ。

 ええ、でも甘んじて受け入れましょう。私エルザの未熟ゆえですもの。


『ゴッホン、さて、婚約破棄の宣誓を行います! 私の言葉に続きなさい』


 ターナー様、姫様共に頷きました。

 まずは、ターナー様に宣誓していただきましょう。


『健やかなるときもぉ、病めるときもぉ、雨にも負けずぅ、風にも負けずぅ、ぽんぽこなぁの、ターニャーよ。この者との婚約を破棄することを誓うか?』

「おいっ、おかしくないか⁉」


『誓わぬのか、では』

「誓う誓う誓う‼」


 全く世話のかかるお方ですわ。


『では、姫よ。……以下同文』

「ちょっとっ、おざなり過ぎですわ!」


 姫様ったら、なぜ私に向かって言っているのかしら。いやあね、ピチィにおっしゃってくださいってぇ。ウフフ……


『誓わぬのか、両者誓わぬかなら婚約破棄は破棄せぬ』


 あらいやだ、婚約は破棄せぬよね。


「私は誓う誓う誓う‼ 誓っているぞ!」

「誓うったら‼」


 気づかない二人で良かったわ。おいしい突っこみどころなのに。


『では、こちらの宣誓書にサインを』


 二人とも猛スピードでサインをしておられます。書類に目を通さずサインされる、その肝の座りように、エルザ感服し目眩がしそうですわ。流石、王族と言うべきでしょうか? 決して貶しておりませんわよ。豪快だと思っておりますの。


『立会人エルザと……そこの騎士。確認を』


 宣誓台の宣誓書を確認します。もちろん、中身もきちんと読みますわ。内容は知っておりますが。


「確認致しましたわ!」

「ちょっと、これは……」


 騎士が狼狽え、困惑しています。助けを求むように、見つめないでくださいませ。


「儀式ですから」

「これを?」


「ええ、儀式ですから」

「これが?」


「さっさと、終わらせて逃げた方がよろしいのでは?」


 エルザ、渾身の黒い笑みを騎士に向けました。


「了承した」


 ピチィよろしく。ゴッホン。


『両者立会人の確認はできた! これより、婚約破棄の儀式をもってして、この婚約は破棄される! 両者、相手への罵倒台詞とともに、渾身の平手打ちを速やかに実行せよ‼』


「はぁっ?」

「はっ?」


『せぬのか、ならばこの婚約破棄は成立しない』


「わかったわよ、やるわ!」


 姫様ったら、何か吹っ切れたようですわね。すっごく大きく手を振りかぶっております。あの位置からの降り下ろしの平手は、きっと目がチカチカするほどの威力になりましょう。


「ま、待て、はやまるな! そんなは本気の振りかぶりでなくていいだろうにぃぃ」

「うるさいっ! こんのインチキ王子めぇぇ」


 バッチーン


 完璧なクリーンヒットですわ。見本のような平手打ちに、思わず拍手してしまいました。

 床に飛ばされたターナー様は、頬にくっきりの平手痕。白目でヒクヒクとされています。気を失っているようです。


「ターナー様ったら気絶してしまいましたわ。とんだ怪力姫様ですわね。さて、ターナー様はこのように使い物になりませんから、立会人たる私エルザが、代役を務めさせていただきますわ」


 姫様の前へ進みます。


『では、速やかにイッパーッツ!』

「ちょっちょっとぉーー、なぜにぃぃーー」


 大きく振りかぶりましてーの、ターナー様の仇を打ちましょう。


 バッチーン……とはなりませんでした。姫様の前に立会人の騎士が身を呈しております。


「そちらが代役なら、こちらも代役であってよかろう。さあ、打ってくれ」

「愛ね」


 きっと、姫様に秘めた想いがあるのでしょう。


「……違う。さあ、破棄の儀式を」


 この状況で否定するなんて、愚かね。


「愛の逃避行をなさるなら、平手打ちより格上だわ。さっさとお行きなさい!」

『姫よ、その者の手を取るか、エルザの平手打ちかを選ぶのです』


 ピチィったら、やるわね。

 姫様は、遠慮がちに騎士の服を引っ張ります。なんて、ズッキューンな光景なの!


「いいの?」

「この命に代えても、姫様をお守り致します」


 夜会場に残った者から、拍手が巻き起こります。

 そう、これは『愛の逃避行』。

 この舞台に皆が酔いしれます。


『皆の者! この芽生えし愛を見送ろうではないか』


 会場のボルテージが上がります。大きな歓声と、もてはやす口笛。それらに見送られながら、姫様と騎士が手に手を取り合い駆け出しました。


「お幸せに」


 私も見送らせていただきましたわ。

 その姿が消え、夜会場に静けさが戻ってきました。さあ、今宵はお開きと致しましょう。


「ん……うっ、痛い……」


 忘れておりましたわ、ターナー様。


「ん、あれ……あれ……」


 頬を擦りながら、ターナー様立ち上がりました。


「き、君は⁉」


 そして、なぜか私も手を取っております。すっごく間近です。


「なんて、美しい方なのだ! どうか私……あれ、私の名は何だったか……。いや、私は誰だ⁉」

「ぽんぽこなぁの、ターニャーです」


「そうか! ああ、しっくりくる。で改めて、美しい方、私ぽんぽこなぁの、ターニャーと結婚してください!」


 一難去ってまた一難って、こういうことを言うのね……

次話6日更新予定

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