その三
さんさんと日差しが降り注いでおります。
花の香と、お茶の香。甘いお菓子の香りに誘われます。
お察しの通り、フラワーガーデンティーパーティ、お茶会でございますわ。
王妃様主催、爵位のない騎士と低位令嬢との出会いの場です。もちろん、爵位ある紳士もそれなりの令嬢らも出席しております。
私も出席するよう王妃様から招待状がきましたの。主催の見学名目とのことです。
その出会いの場から、少し離れた王族専用の高貴な場に向かいました。
「お招きいただきありがとうございます、王妃様」
「いらっしゃい、エルザ。さあ、座って」
着座すると、サッとお茶とお菓子が出されます。流石、王妃様主催のお茶会です。
「ターナーったら、遅いわね。あら、来たみたいよ」
王妃様の視線を辿ると、ターナー様が怒り肩でこちらに迫ってきています。
ターナー様は、砂まみれいえ、土まみれになっておられます。
「エルザ! お前だろう⁉」
ターナー様の専属騎士が、慌ててターナー様を引き止めますが、お耳に届いていないようです。そして……
ボスッ
「うわっぷっ」
ターナー様が一瞬にして消えます。
盛大に落ちていかれました。せっかく、専属騎士が教えようとしていたのに、ターナー様ったらお茶目な方ね。
「エールーザー‼」
落し穴から地を這うような声で私を呼んでいます。
「我が愛しの婚約者様、何でございましょう?」
「見てわからぬか⁉ 何じゃない!」
「なぜ、我が息子は落ちているの?」
落ちたターナー様を覗き込んで、王妃が問われます。
「なぜかと言いますと、その理由は一週間前にさかのぼりますわ」
「まあ。どんな事情が?」
「エールーザー‼」
王妃様に促され、再度テーブルにつきます。お茶とお菓子は新しいものに変わっておりました。
「それでそれで?」
王妃様は興味津々で目を輝かせておられます。
「そう、始まりは一週間前……ジゼッド先生の講義の席でしたわ」
「あのジゼッドね。私も王様と婚約中に講義を受けましたわ。もしかして、間者対策の講義?」
「エールーザー‼」
「はい。ジゼッド先生のあの講義です。ターナー様はあの日、王宮絵師を呼びつけ、まぶたにお目めパッチリを写実的に描いてもらい、目を閉じて講義を受けておられました。ジゼッド先生はもうお年を召してますから……」
「まんまと騙されたのね?」
「エールーザー‼」
ここで、王妃様はお茶をひと口飲まれました。私もそれに倣います。
「そうね、もう年なのね。城の隅々までわかっている生字引だものね」
王妃様は、何やら思うところがあるようで、宙を眺め過去を見ているようです。
「あの日の講義は、落し穴の講義でした。王族エリアの落し穴は間者対策です。限られた者だけが知る密事です。私、しっかり講義を受けました。ジゼッド先生曰く、落し穴の情報がどうやら漏洩したらしく、一週間後までに場所を変えるとのことでした。先生は私たちに、事前に講義で教えてくれたのです」
「ええ、ええ。私たちのところにも秀逸な教本が毎日届いていたわ。……まさか」
「エールーザー‼」
私は曖昧に笑みを浮かべます。
「はい、そのまさかです」
「そんな、ベタな!」
王妃様は、思わず出てしまった王妃らしからぬ発言に、口を押さえて恥ずかしそうにしておられます。
「王妃様、一般客は遠くて誰も耳にできませんわ」
「ええ、そうね。ありがとう、エルザ」
「私を見ろぉぉーー、エールーザー‼」
王妃様は、扇子を口元にあてがいホッホッホッと笑っておられます。
私は自分の頬が赤く染まっているのを自覚しましたわ。
「熱烈ですこと。あんなに熱望していますから、行きましょうか」
「はい、王妃様」
我が愛しの婚約者様と再会です。落し穴を覗きます。
「我が愛しの婚約者様、何でございましょう?」
「この状況がお前はわからぬのか⁉」
充分にわかっておりますわ。私、照れてしまいます。
「これ、息子よ。そう、何度もエルザの名前を連呼して、『私を見ろ』との殺し文句。母でも恥ずかしいですよ」
「きゃっ、王妃様、私も恥ずかしいですわ。ターナー様の熱烈な台詞にきっと、あちらの出会いの場も熱く盛り上がっているかと思います」
本日の主役は、私たちではありませんもの。
「ちっがぁーう! 断じて違うぞ! 誰がお前なぞに熱烈に迫るものか! この私の状況がおかしいことに気づかぬか? 私を落ちたままにして、のんびり茶など飲みおって。さっさと引き上げよ」
「まあ! それならそうと言ってくだされば良いのに。専属騎士らも、ターナー様が私ばかりを呼ぶので手出しできなかったようですわ。私ばかりを呼ぶので……きゃっ」
私が照れている間に、専属騎士らがターナー様の引き上げを完了しておりました。
「お前、わざと私に教えなかったな!」
ターナー様が私をビシッと指差します。
ええターナー様。私エルザ、この時を待っておりました。
「講義の翌日から毎日、落し穴の場所をお知らせするお手紙をお出ししましたわ」
「本にも匹敵する分厚さの手紙など、嫌がらせ以外になにがあると思うぅぅ!」
「待って、エルザ。もしかしてあの教本はエルザが?」
「はい、王妃様。私エルザ、『新米騎士の王城ダンジョン物語』として、落し穴を物語に込めました」
「は、母上?」
「あれは、素晴らしい教本よ。私も王様も、近衛もお付きの侍女も皆、毎日教本が届けられるのを楽しみに待っていたわ」
照れますわ。そんなにご熟読されていたなんて。
「あのぉ、母上?」
「主人公の新米騎士エルザンは、本当に素晴らしいわ。ダンジョンを次々にクリアしていく爽快感!」
ええ、エルザンが出世していき、王城ダンジョンを網羅していく物語です。
「……聞こえてますか、母上?」
「そして、ラストステージで、悪者ペテン師をたくみに落し穴に誘導し落とした時には、スカッと胸がすきましたわ。確か、ペテン師の名は……タナーだったわね」
間者対策の落し穴の場所は、全て物語に込めましたし、その他の隠し通路とか、騙し扉とか色々盛りに盛りました。どれもジゼッド先生の講義の内容ですの。
「やっぱり、お前かぁぁエールーザーン‼」
「ええ、タナー様。私ですわ。だって『婚約者であるなら、つまらぬ講義を面白おかしく私に伝えろ』とおっしゃったではないですか。できぬなら、婚約者に相応しくないから婚約破棄すると! ……ああ、タナー様、タナー様。タナー様の文学的琴線に触れなかったのですわね」
これで婚約破棄できましょう。これならば、あの醜悪を公表せずにすみますわ。我が愛しの婚約者タナー様、どうかお幸せに……
「こんな屈辱に耐えられぬ。エルザン、お前との婚約は破棄」
「了解でっ」
「できるわけないでしょう‼ このペテン師め! さっさとタナーを捕らえよ! 暗躍し婚約破棄をたくらむペテン師め!」
あーなんということでしょう。秘技被り発言を、王妃様に横取りされてしまいました。
加えて王妃様、現実と物語を混同しておりますわ。原因は私とターナー様の会話のせいですが。
「えっ? 母上、落ち着いてください。私はペテン師ではありません! ……と言うか、私はタナーじゃない、ターナーです!」
「我が息子を語る不届き者よ! ペテン師の間者め、はよお、はよお捕らえよ!」
「あのぉ、王妃様」
私の声は王妃様に届いていないようで……
「我が息子ならば、エルザの手紙を読んでいるはず。落し穴にはまることはあり得まい!」
「い、いや、だから……読んでないし」
ターナー様、オロオロと追いつめられております。
「エルザを溺愛している我が息子が婚約破棄など口にはすまい!」
「で、溺愛など、誰がそのような戯れ言を⁉」
ああん、ターナー様、そこで反論したら火に油。オムライスにデミグラソース。アールグレイにミルクですわ。
「やはり、間者であったか!」
「母上、どうしたら信じてもらえるのです⁉」
「我が息子であるなら、エルザに愛の告白をするはずぞ。さあ、本物と言うなら聞かせなさい。『愛の告白』を!」
「クッ、『愛の告白』で信じてくれるのですね?」
王妃様劇場は続いております。何やら、きな臭い感じが……
「エ、エルジャ!」
「噛んでますね?」
思わず突っ込みました。ターナー様は、お顔を真っ赤にしております。噛んだときって皆そうよね。
「聞き間違いだ。い、いいか、よく聞け!」
「ええ」
「一度しか言わぬぞ!」
「ええ」
「二度と口にせぬぞ!」
「はぁ」
「貴重だからな!」
「はぁ」
「あ、あと本気に思うなよ」
「……グゥ、ハッ」
「し、仕方なく言うだけだからな」
「……グゥグゥ」
「心して聞けよ」
「……グゥグゥグゥ」
「エルザが……す、す、きだぁぁ」
ハッ、ヤバイ。寝ていましたわ。謝らなくては!
「ごめんなさい‼」
「なぜ、私が振られるぅぅ!」
あら? そんなわけないわ。私を振るのはターナー様です。だって、私……証拠を握っていますもの。
この醜態が表に出てはならぬと思っておりましたが、仕方ありません。
「いいのですわ、ターナー様。ターナー様に嘘は似合いません」
「わ、わかっているではないか、エルザ。本気に思うたか?」
「ターナー様は嘘がつけぬお方です! わかっております、わかっておりますわ。だから、ターナー様の『浮気の告白』、しかとエルザは承りました」
「はあぁっ⁉ 『浮気の告白』だとぉぉ?」
私は、胸の谷間から文を出します。あら? ターナー様ガン見ですわね。そりゃあ、証拠品ですから仕方のないことでしょう。
「それが、『浮気の告白』だと言うの?」
王妃様が手の平を出し、渡すように促しております。
「はい、衝撃の証拠です。私、昨夜はこの醜態が表に出てはならぬと、思考を巡らせましたが……」
ガクリと肩が落ちます。エルザ、泣いてはいけないわ。この事実に昨夜は打ちのめされましたが、毅然とするのです。
ドクドクと胸打ちながら、文を王妃様に手渡しました。
「何が書いてあるの?」
「私の口からは言えません」
「そう……見るわよ」
「はい……」
『お前の母ちゃん出べそ‼』
王妃様がわなわなと震えております。昨夜の私を見ているようですわ。
「歯を食いしばれぇぇーー」
バッチンッバッチン
まさかの手首返しの二連発がターナー様の頬を揺らしました。
「は、母上なぜ……」
「まさか、我が息子がこのような浮気をするなど思ってもいませんでした!」
「ちょ、ちょっと待ってください。私が何をしたと? その文に何が書かれてあるのです?」
ターナー様は、リスのように頬が腫れ上がってしまっております。王妃様の平手打ちの威力、相当ですわ。
「その文は、昨夜ターナー様から届いた文ですわ……もう、観念してくださいまし、ターナー様」
「は? 昨日送った文のどこが浮気の証拠だと?」
ターナー様、しらばっくれですか? そんなこと通用いたしませんわよ。あれほどの浮気の証拠をしらばっくれなどできません。
「……私の母上のへそを目にできる告白、まさか婚約者である私の母上と、そのような関係になっていようとは、思いもよりませんでした‼」
「ちっがぁーう‼」
ターナー様は証拠の文に手を伸ばします。しかし、王妃様はすかさず文を取りました。
「何が違うと言うのです⁉ 公爵夫人のへそを見たのですね、ターナー?」
「見ていません! そんなの、言葉のあやでしょう。嫌がらせの手紙に返答しただけです!」
「ターナー様は嘘がつけぬお方です。先ほどそう認めておりましたよ?」
「ウグッ」
さあ、これで婚約破棄できましょう。
「婚約破棄ですわ。ターナー様、母上とお幸せに……」
私エルザ、この場を退きましょう。あとを濁してはなりませんものね。破棄され者は、去り際が大事。
「エ、エルザ、誤解だ。行ってはならぬ」
「大丈夫ですわ、ターナー様。あなたの大事な大事な私の母上が、もう少しで現れましょう。お二人の逃避行の邪魔は致しません」
「公爵夫人が来る?」
「ええ、父上とご一緒に」
ターナー様の顔色が一気に青ざめます。
「真実の愛はきっと何事にも勝りましょう。ターナー様、私の父上『皆殺しの戦士』を倒して、母上を勝ち取ってくださいませ」
「エルザ、私を殺す気かぁぁ!」
「いいえー、たぶんヤル気なのは、父上になりましょう。ターナー様ガンバ」
精一杯の声援ですわ。
もういいでしょう、この場に居る必要は。不敬ですが、挨拶なしに下がらせていただきますわ。
昨夜は、この瞬間のために練習した『別れの微笑』をご披露して。さあ、エルザ笑うのですよ。ここは、愛を無くした者の矜持の場。それに相応しい笑みを……
「エルザ、行くなぁぁ。誤解だって言ってるだろぉぉ! 私はおばさんになど興味はないわっ」
ガシャン
「ヒィィ」
ターナー様の悲鳴は、『皆殺しの戦士』の異名を持つ父上の剣が喉元にあてがわれたからですわ。
「まあ、父上お早いのね」
「当たり前だろう、レーネの尊厳に関わることだからな」
レーネというのは、私の母上の名です。
「さて、我が娘の婚約者殿。この度は『告白』の手紙ありがとうございます。私からは『返礼品』として、剣を贈りましょう。はい? なになに……ほぉ、そうですか。その剣の味わいを直に感じてみたいと? 流石は我が国の王子様でございます」
「そんなことぉ、私はひっとことも言ってなーい‼」
ターナー様はその視線を私と王妃様と交互にさ迷わせ、必死に訴えてきます。
「我が息子よ。出べそをかけた決闘です。その心のままに、熱き想いを胸に、存分に闘いなさい」
「母上、だから誤解です!」
ターナー様は必死に言い繕っておりますが、あのような『告白』の手紙があっては、言い逃れできませんわ。
ですが、非をターナー様ばかりに押し付けるなど、私エルザにはできませんの。
「私が! 私が悪いのです。縦に綺麗なへその私が悪いのですわ。ターナー様が出べそ好きならば、そうあらねばならぬのに……私エルザの落ち度です」
「ちっがぁーう! 私は出べそが好きではなーい。皆、私の話を冷静に聞きやがれぇぇ」
バシンッ
「言葉遣いがなっておりません」
荒い言葉に、王妃様がターナー様の頭を扇子でどつきました。
あら、大変。その拍子で、ターナー様の喉に赤く筋が……
「公爵ぅぅ! いい加減剣を下ろせぇぇ」
ターナー様ったら、涙目です。
「父上、剣をお納めください。出べそをこよなく愛する変態に、父上の剣は勿体ないですわ」
「私は変態じゃない。出べそのおばさんになど興味はないわっ。私が好きなのは、エル……」
エル?
「ま、まさか……Lサイズ女性が好みとは!」
「この状況でそっちに曲解するお前の頭はどうかしているぞ!」
ターナー様はガックリと肩を落としましたわ。どういうことかしら? 王妃様も専属騎士らも、父上までもがターナー様を労っておりますわ。
そして、私にはなぜか残念な視線が注がれております。
こういうときって、逃げるが勝ち、もしくは戦線離脱がよろしくってね。
「私エルザン、王城ダンジョン最終ステージに挑みますゆえ、失礼致します」
スタッタタタタタ……逃げ足は早くってよ。
ボスッ
……何が起きたかは想像にお任せしますわ。
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