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その二

 相も変わらず、夜会です。

 視線の先に、ターナー様と側近たちがたむろっております。

 私、この時を心待ちにしておりました。

 ソソソッと横歩きで近づきます。


『さあ、早く気づいてくださいませ!』


 念を送ります。

 その甲斐あって、ターナー様たちは気づいてくれました。

 ニヤニヤと小者顔で近づいてきます。


「エルザ! 話があ」

「お待ちしておりましたわ、ターナー様!」


 ああん、今日も被せてしまいました。エルザったら、フライングね。ウフフ。


「今日はその手にはのらぬぞ」

「もうっ、ターナー様ったらどれだけご自身が小さいとお思いで? 私の可憐な手にターナー様はのりませんわ。……まあ、器は小者ですけど」


「言葉をそのまま捉えるな! 加えて、仮にも婚約者を小者呼ばわりするな!」

「ええ、そうですわね。手にのれるのは小者でなく、小人ですわね」


 手を広げます。その上で、小人の黒子がタッタラッタ踊っておりますわ。いい子ね。


「な、何だぁぁ、それは⁉」

「小人ですけど?」


 我が公爵家が誇る黒子に隙はございませんのよ。

 ソッと手を閉じます。その手をターナー様の目前で開きました。


「な、なぜ、消えた⁉」


 目を大きく見開くターナー様のお顔の面白いこと面白いこと。子供のようですわね。


「ターナー様、また悪女のペースに飲み込まれておりますよ」


 そう言ったのは、ターナー様の幼馴染みサフォン様です。類い稀なる頭脳を持ちながら、ターナー様の竹馬の友となっているのが仇となり、無駄な頭脳の使い方しかできない方ですの。


「脳内でディスってしまったわ」

「奇妙な言葉を使って、私を混乱させる気でしょうがそうはいきません」


「流石、サフォン様ですわ。ターナー様のように、思ったことを口にする開けスッカラカンでなく、能ある鷹の爪のひけらかしっぷり、類友レベルアップバージョンですわね。私でしたら、ちゃあんと爪を隠して研ぎ澄まし、ここぞというところで鋭意に使用しますのに、この場で明かすその短絡さ、先々よりも今を生きる潔さが窺えますわ。私にできない芸当に、頭を下げて含み笑いを隠すばかりです。こういうのを脱帽って言うのね。だって頭を下げちゃって、帽子は脱げちゃいますし。あら、ごめんあそばせ。黒子、早う帽子を!」


 流石、公爵家が誇る黒子です。サササッと現れて、帽子を渡してくれました。

 しっかり、被ってサフォン様を見ます。


「さあ! その頭脳をひけらかしてくださいませ! 『俺ってば公爵家令嬢の思惑に惑わされねえ。すっげえよな、俺。どうだよ、令嬢さんよぉ、上手くペースにのってくれなくて、地団駄踏む思いだろぉ? ハンッ、口ほどでもねえなあ!』的な顔つきをさあ! 思いっきりひけらかしてくださいませ!」


 あら? サフォン様、どうしちゃったのかしら? 微動だにせず固まっておいでだわ。


「エルザめ! サフォンの思考を停止させるほど、意味不明な言葉を羅列しおって、その口は呪われているな。その悪魔の口に、神に仕えし聖なる神官が天罰を下してくれよう。ローニエル!」


 ターナー様にしては、長文をよく口にできましたものね。でも、あの言葉が意味不明とお感じなら……少々、いえ大いに勉学のし直しが必要ですわ。


「意味不明な言葉なんて、ありましたの?」


 手を開いて、タッタラッタ黒子小人に訊いてみます。

 タッタラッタちゃんは、肩をすくめましたわ。


『情報量が多いと、言語理解を放棄する者もいるかと』


 タッタラッタちゃんは、チラッと……本当にチラッとターナー様を見ましたわ。


「たかが小人の分際で、私を愚弄するのか⁉」


 ターナー様の手がタッタラッタちゃんに向かいます。

 もちろん、手を閉じますけど?

 ターナー様の手が私の拳を掴みます。


「熱烈ですね、ターナー様」

「ちっがぁーう‼ お、お前の手など触れたくもないわっ、たわけが‼」


 ポイッと手を捨てられますが、ターナー様ったら、耳まで真っ赤にして何を焦っておられるのかしら?


「またも、悪女のペースに飲み込まれておりますよ、ターナー様」


 サフォン様と全く同じ台詞で登場したのは、若き神官ローニエル様です。神官の出世コースを躓くことなく昇り、ターナー様のお側神官として側近に任命された若きエース。

 本来、俗世にまみれることなどない神官が、ターナー様に侍ったなら、どうなるかわからなかったのかしら? 若いゆえに速効で染まってしまって、今やその神力が疑われるまでに。

 ベテラン神官が仕え、血気盛んな王子の耳に痛い忠言をするのが慣例でしたのに……きっと妬まれたのね。神殿の古狸たちは、出世するローニエル様を羨んで妬んで、陥れたんだわ。


「ドンマイ」

「私にその手は通用しませんよ」


 手を開きます。この手が通用しないというのね。では、確認しましょう。

 ローニエル様に手を伸ばします。その髪をするりと触れ、手を返して耳に触れぬ程度ですり抜け、ソッと頬を包んでみました。


「な、な、な、何をしてるんだぁぁ‼」


 ターナー様が、ローニエル様をグイッと押します。顔まで真っ赤にして何を怒っておられるのかしら?

 あら? ローニエル様も真っ赤だわ。


「ああぁぁ、何と何と魅惑にして堕落、神官である私がそこに足を踏み入れてはならぬのに! ああぁぁ、何と何と溺れてはならぬその領域に、浸かってしまいたい衝動にかられるなど、聖職者たる神官がぁぁ」


 意味不明。うん、これぞ意味不明。

 手の上のタッタラッタちゃんに問うように小首を傾げました。教えていただけるかしら?


『お任せを』


 タッタラッタしながら、ローニエル様の肩に飛び乗って、何やら囁いているわ。


『ユー、溺れちゃいなよ』

「……いいのだろうか」

「ローニエル、そやつの口車にのるんじゃない!」


『ユー、もう一度お願いしちゃいなよ』

「あれをもう一度! なんと甘美な……」

「ローニエル、ならんぞ、ならん! 俺だってしてもらいたい!」


『ユーたち、お願いしちゃいなよ』

「ぜひとも!」

「ぜひとも!」


 タッタラッタちゃんが戻ってきます。背後のターナー様とローニエル様がとってもギラギラしておりますね。


『お二人のご要望ですが、ヒソヒソコソコソ』


 タッタラッタちゃんが、コッソリ教えてくれます。了解よ、タッタラッタちゃん。いいえ、お二方。


「仕方ありませんわね。お二人とも目を閉じてくださいませ」


 そのギラギラした目は気持ちいいものではありませんから。

 何でしょうか、お二人とも目を閉じているのに、鼻息荒くてさらに鬱陶しいですね。

 さて、控えの黒子に合図します。足音なく、二名の黒子が自身の額の汗を手の平で拭って、配置につきました。

 私のゴーサイン待ちです。コクリと頷きましたわ。

 二名の黒子の手が、ターナー様とローニエル様の髪を撫で、その手を耳に触れぬ程度ですり抜け、ソッと頬を包みました。


「少ししっとりしているのだな、エルザの手は」


 ターナー様がうっとり言われておりますが、何を勘違いしているのかしら?


「えっとぉ、私ではありませんよ」

「……ん?」

「……え?」


 ターナー様とローニエル様の目が開きました。すっごく開きました。開き続けております。そして、固まってしまいました。


『お二人はまだ満足していない。もう一度!』


 タッタラッタちゃんが激をとばします。

 二名の黒子が額の汗を拭うところから、再演しています。


「ぎゃー、やめろぉぉ」

「うえっ、離れてくれぇぇ」


 ターナー様とローニエル様、とってもうるさいですわ。


「お二人のご要望を実行致しましたのに、何をそんなに拒む必要があるのでしょうか?」


 そう問うても、お二人は私の言葉が聞こえないようで、控える給仕係の雑巾を奪い取り頬を拭いておられます。


「悪事はそこまでにしろ! ターナー様、ローニエル、正気をお戻しください」


 サフォン様、再登場です。

 ええ、舞台は整いましたわ。今日この日この時をどんなに待ちわびておりましたことか。

 ターナー様筆頭、側近サフォン様とローニエル様。皆様が私に罵詈雑言の虚言を並べ立て、私の膝を崩そうとする計画。

 私エルザ、必ずやその内容を実行してみせましょう。


「ハッ、私としたことがまんまと悪女のペースに飲まれていた」


 ローニエル様がサフォン様の横に並びました。


「そうとも、エルザめ! 今日こそギャフンと言わせてやろう」

「ギャフン‼」


 ふぅ、まずはギャフンとの言葉を発しました。相変わらず、ターナー様はおかしな方ね。


「そう簡単に言うなぁぁ‼」

「ターナー様、ここは私にお任せを」


 悔しがるターナー様をソッと労って、サフォン様が前に出ます。


「悪事はここまでです」

「その台詞、二度目です。もう言ったことをお忘れに?」


「ハッハッ、ええ認めましょう。ただし、忘れたわけでなく、あなたに言い聞かせるためです」


 サフォン様は優雅に髪をかきあげました。余裕演出ですわね。もしくは自分に酔っていらっしゃるんだわ。


「あなたには、失望しました。仮にもターナー王子様の婚約者たる方が、華美な格好で身分を誇張するなど愚行と言えましょう。清楚な出立ちができぬなら、いっそズタボロでも召した方がお似合いなのでは?」


 言い切ったことに悦に入ったのか、サフォン様の嘲笑いは、下衆の極みに達していますわ。

 そして、なぜかクルンとターンして元の位置に戻られました。

 代わりにその位置に足を進めたのは、ローニエル様。どうやら、次はローニエル様の出番のようね。


「あなたには自覚がないようですね。その平凡な容姿。ターナー王子様の横に立つには普通過ぎて恥ずかしくないのですか? 特にその茶色の瞳。その辺にゴロゴロいますよね。稀なる者こそ、王族の横に尊き者として並べるのです。いっそ邪眼のような毒々しい赤なら、あなたに相応しいでしょう」


 こちらも悦に入り、悪徳神官なみの誹謗中傷ぶり。聖職者が悪に手を染める……ゾクゾク致しますわ。

 そして、やはりクルンとターンして元の位置に戻られました。よくよく床を見ますと、そこにテープでしょうか、×の印があります。

 その印に、きらびやかな靴が進みました。

 もちろん、ターナー様です。


「図星過ぎて何も言えないのだろう、エルザよ。だが、まだだ! お前のその野暮ったい飴色の髪を見ると、甘ったるくヘドが出る。見た目だけで周りの気分を悪くさせるとは、私の婚約者に相応しくない! ここに婚約破棄を宣言する‼」


 ターナー様は、私を指差して居丈高に見下ろしております。そして、左右のサフォン様とローニエル様はそのターナー様に背を向けた格好で、何やら決めポーズをとっておられます。

 こういうのを、三馬鹿トリオというのよね。


 では、ここからは私のターンですわね。


「了解ですわ。公爵家の威信をかけて、皆様のご要望にお応え致しますわ! 出よ、桃黒!」


 女性の黒子は、桃色の衣装でサッと姿を現しましたわ。ええ、そうです。桃黒とは桃色の衣装の女性の黒子ですの。

 向こうが三人なら、こちらも三人ですわ。桃黒たちが、決めポーズのトリオと対峙して、こちらも決めポーズをかまします。

 決めポーズ組体操『扇』。見事に決まっておりますわ!


「ズタボロドレス、赤の邪眼、水飴髪のご要望ですわ。さあ、私を変身させて!」


 桃黒たちが例の物を運んできます。

 大きなフラフープに垂れ布。エルザ、女は度胸よ!


「そ、それは何だ⁉」


 決めポーズを解かれたターナー様は、例の物に怪訝な顔をしておられます。


「私エルザ、どんなご要望にもお応えできるよう、『生着替え』を実行致しますわ‼」


 私、フープに入ります。桃黒一名も一緒ですわ。残り二名がフープを持ち上げます。

 桃黒ちゃんと、日々練習した早着替え。この日のために、大衆演劇座に通いつめ習得した技をご覧いただきましょう!


『ジャジャジャジャジャジャー……ジャン!』


 タッタラッタちゃんの掛け声。

 ジャンとの発声とともに落ちたフープ。

 膝を崩し、私は登場しました。


「王様のおなぁりぃー」


 同時に夜会場に王様が入られましたわ。

 いつもなら、華やかなざわめきと音楽が広がるのに、シーンと静まっております。

 なぜなら、皆の視線は王様ではなくて、私に集まっておりますから。

 それに気づかぬ王様ではありません。

 人混みが分かれ、足音が近づいてきます。


「なっ! どうしたというのだ⁉」


 王様の焦った声は、私を見たからでしょう。そこでやっと私は顔をあげました。


「えっ⁉ エルザなのか?」


 そこでツーッと赤い涙を流します。特注赤い目薬が私の瞳を茶色から赤色に変えています。髪はボッサボサに水飴をかけてひどい髪型、そしてゾンビも真っ青なズタボロドレスです。


「お、王様……こんな私を、どうかどうかお見捨てに。どうか、どうか婚約破棄を!」

「誰がエルザにこのような仕打ちを⁉」


 チラッとトリオを見ますわ。

 ターナー様は焦ったように、首を横に振っております。サフォン様とローニエル様は真っ青になっておられますわ。

 おかしいわ、皆様のご要望にお応え致しましたのに。


「エルザ、ひどいめにあったな」


 王様がマントを羽織らせてくれました。それから、椅子に優しく座らせてくれます。ダンディーですわ、王様。


「ち、父上、これには深い訳が」


 ターナー様は、ゴニョゴニョと小さく言っております。せっかく、婚約破棄のチャンスなのに何をゴニョゴニョしておられるのかしら?


「ほぉ、どんな『言い訳』だ?」

「サ、サフォン説明してくれ!」


 ターナー様、説明丸投げですわね。


「ロ、ローニエルよ。任せた」


 まあ! 頭脳明晰サフォン様もお逃げに?


「え、あ、だから、その……」


 何ですの、そのモジモジ感。


「王様! 皆様をお責めにならないでくださいませ」

「エルザ、何と心根の優しい。こんなひどいめに合いながら庇うとは」


「いいえ、いいえ、私が悪いのですわ。ターナー様の横に立つには、ズタボロドレスであっても、邪眼であっても、水飴髪であっても、人々を魅了できるほどの神々しさが必要なのですわ。ですが、見たの通り私にそれはないようですの。夜会に参加の皆様が証人ですわ。どうか、婚約破棄を!」


 立ち上がり、高らかに言いあげましたわ。


 ほぉ

 パチパチパチパチ

 ヒューヒューヒューヒュー


 感嘆の後に沸き起こる拍手喝采。


「え、なぜ?」

「エルザ、今の君は充分に皆を魅了しているよ」


 王様が、私の肩をポンポンと叩きます。

 ……はぁ、もうヤケっぱちですわ。ここは大衆演劇場。主役は幕下に下がりますわ。


「ありがとう、皆様ありがとう!」


 大きく手を振り、夜会劇場を退場しましたわ。


「上手くいかないものね」


 ドゴッ、ボスッ、バッチーン


 夜会劇場から奇妙な音が聞こえてきます。ソッと幕間から覗きましたわ。


「サフォン、お前は激戦地国境警備隊へ移動を命じる!」


 ドゴッ……腹部に一発くらってます。いいえ、二発目かしら? 山賊隊と呼ばれるあの猛者たちの隊に配属なのね。


「ローニエル、お前は孤島の懺悔部屋に一カ月だ!」


 ボスッ……回し蹴りされてます。きっと、こちらも二発目でしょう。治療はもちろん、神殿の男衆になりますね。


「ターナー、お前は説教部屋一カ月、衣服はズタボロの着用を命じる! もちろん、目が真っ赤に充血するまで勉学に励め! また、洗髪は我の許しを得るまで禁ずる。毎日水飴で固めよ。さあ、歯を食いしばれ……バッチーン」


 ええ、見なかったことにしましょう。

次話1月2日更新予定

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