98話
まったく、今日はなんて日だ。
コンドアの街に行くだけの簡単な依頼のはずだったのに。
気づけばバンシーという強い魔物に追われ、そして今。
メイド服を着た腕の変形する女性が、バンシーと真っ向から睨みあっている。
近寄りがたい、と言うよりは。
動けない程の重圧が場を支配していた。
この重圧の発生源は、間違いなくあのメイドだ。
「私も急ぐ身、あなたに割いている時間はないのですが」
ちらりと私とアセルを見るメイド、オリビア。
「困っている人を助けるのは、当然の事。
もし、あなたが手を引くのなら私も攻撃はしません」
目の前のバンシーは長い黒髪をゆらゆらと揺らしながら赤く腫れた目で、
喋るオリビアを睨んでいた。
「・・・そうですか、ならば仕方がありま―――」
不意に、バンシーの身体が消えた。
「!」
何かを感じ取ったのか、オリビアの手が変形し盾になった。
それを構えて、アセルの前に立つと。
次の瞬間にはその盾にバンシーの爪が食い込んでいた。
「無視はいけないですね、それに話は最後まで聞くべきかと」
「・・・」
バンシーは泣き声も立てずにオリビアを睨んでいる。
「おかしい、バンシーって泣き声を上げながら襲ってくるって聞いたんだが」
「・・・目の前のメイドを警戒しているのよ。
声なんて上げてたら、場所が分かるじゃない」
爪は盾に食い込んでいたが、それ以上は侵入できなかったようで。
盾から離すと再び間合いを取った。
オリビアは、自分の手を変形させた盾をじっと見ていた。
「なるほど、実力のほどは分かりました」
今度は手をワイヤー状の細い鞭のようなものに変形させた。
その先には、小さな重りのようなものが付いている。
「行きますよ」
右腕が動くと同時に、鞭のようにしなるその武器。
そうか、あれは鎖付き分銅のような・・・。
バンシーの首元に接触した分銅は巻き付くように首を絞めた。
「!?!!?」
オリビアが巻き付いた事を確認して右腕で引っ張る。
すると首を締め付けながら、バンシーの身体がオリビアの方向へと引っ張られた。
待ち構えるのは、左手を剣に変形させたオリビア。
その剣を、引っ張られたバンシーの腹目掛けて突き立てた。
「・・・ァアアア」
貫通し、背中から剣が生えるバンシー。
先ほどまで赤く光り、見るもの全てに恐怖を与えていた目は力無く瞑られた。
くたり、と力が抜けてオリビアに覆いかぶさるバンシー。
その身体は空気に溶けていくように消えていった。
「終わりですね」
変形した手を戻すと、オリビアは私とアセルの方に向き直った。
「私は行きますので、道中ご安全に」
そう言って、丁寧に一礼するとオリビアはまた土煙を上げて走っていった。
・・・。
「す、すごいな最近のメイドさんは」
「あの人が特別なのよ・・・って、ほら、コンドアの街に行かないと!」
「ああ!?追いかけられてるうちにこんなとこまで来てたのか!?」
近くの看板を見て驚くアセル。
コンドアの街へ向かう逆方向に逃げていたらしい。
「じゃあ、あの人もコンドアの街へ向かってるのか?」
この道は、アーセ村かコンドアの街へのほぼ直通ルートだ。
途中の三差路で曲がらない限りは、最終地点はコンドアの街になる。
ちなみに、アーセ村を通って、コンドアの街になるため、
首都かコンドアへの物資の輸送路としても重宝されている。
「なんだか、コンドアで一悶着ありそうな気がするわ」
「俺も」
鞄に入った荷物を触るアセル。
「さっさと手紙を届けよう、エミーナ。
予定より少し遅れてる」
「そうね」
それには同意した。
だが、その場から少し歩きだすと先ほどのメイドが看板を確認していた。
「メイドさん、どうしたんだ?」
「あ、いえ・・・頭の中に入れておいた地図と看板が間違っているので」
「え?ちょっと教えて」
私がそう聞くと、オリビアは簡単に地図の内容を説明してくれた。
「・・・ああ、それ古い地図ね。コンドアの街に行くんでしょ?
一緒に行かない?」
軽い気持ちで私は誘ったのだが。
後々その移動法を考えると、ちょっぴり後悔した。
――――――――――――――――――――
その頃、セラエーノとカロ。
コンドアの街で武器を手渡していた。
セラエーノへ武器の作製を依頼したのは・・・。
「はい、どうぞ」
「わぁ!ありがとう!!」
10歳にも満たない、男の子だった。
セラエーノから渡された木刀を、嬉しそうに振っている。
「セラエーノ殿」
「何?」
「この子が、依頼主なのか?」
孤児院に来ていた二人は、元気な子供たちに囲まれていた。
その脇では、初老のシスターが子供たちに読み聞かせをしている。
「ああ、そうだよ。前に村に来た時に依頼されたんだよ。
『シスターを守る武器を作って!』ってね」
少年の握る木刀を見るカロ。
「まだ子供に刃物は危ないからね。
でも、あの木刀にも色んな機能が備わってるんだよ」
「機能?ただの木刀に見えるが」
「所持者への魔法を無効化、周辺の味方への魔法を引きつける誘引効果。
遠距離攻撃の無効化なんかが主な効果かな」
「・・・それは、本当か?」
本当だとすれば、とんでもない武器だ。
つまり、遠距離攻撃が全く効かない武器という事になる。
「ああ、本当だよ。ほら」
少年に気づかれないように、小石を少年に向けて投げるセラエーノ。
その小石は何かに弾かれるように上空で軌道を変え、地面に落ちた。
「凄いな・・・セラエーノ殿」
「凄くはないよ、あれだって完全に無効化できるわけじゃない。
まあ、この世界ならあれでも十分身を守れるはずだけどね」
カロがセラエーノを見る。
「何故、彼に作ったのだ?」
「気に入ったからかな。
彼は自分の為じゃなく他人のために武器を作ってくれと頼んだ。
殺しではなく活人のために彼は武器を作ってくれって私に頼んだの」
「それで、作ったと?」
「ええ、他人のために振るう剣は、何よりも強いものよ」
腰に手を置いて、木刀を満足気に振るう男の子を見るセラエーノ。
その姿を見て、カロは微笑んだ。
「なるほど、彼は気にいられたという事か」
「武器は凶器にもなれば盾にもなる。
殺し合いの道具にもなれば、相手を威嚇して制する道具にだってなる」
「・・・」
「そういう意味では、鍛冶屋は大量殺人者にだってなる。
だから、私は客を選ぶんだ」
ニカっと笑って見せるセラエーノ。
それを見たカロは、納得したように頷いた。
「信念を持ち仕事をするのは素晴らしいことだ。
しかし、どうやって生活費を稼いでいるのだ?」
先ほどの男の子からもセラエーノは代金を貰っていなかった。
「普段は農具や工具を直して稼いでるんだよ。
武器以外でも金属なら直せるからね」
「なるほど」
シスターに一礼すると、セラエーノは孤児院を後にした。
カロもそれに続いて、孤児院の外へと出た。
「これからどうするんだ?」
「首都にある、カテドラルに向かうけど」
空を見上げるセラエーノ。
「雨が降りそうね、何日か滞在するかも知れないわ」
カロもつられて空を見るが。
快晴だ、雲一つない。
「本当か?」
「鍛冶屋っていうのは、その日の気候で熱や水の温度を調整するの。
間違いなく夕方には土砂降りになるわ」
訝し気にその話をカロは聞いていたが。
セラエーノが発する言葉に嘘のようなものは感じられなかったので、
信じることにした。
その日の夕方。
セラエーノの言う通り・・・土砂降りがコンドアの街を襲った。
「本当に降ってきたな」
宿の窓から外を見るカロ。
目の前が見えない程の大粒の雨がコンドアの街を覆っていた。
急に降ってきたからか、街中を歩く人たちは急ぎ足や駆け足で雨宿りする場所を探している。
「やれやれ、この様子だと数日は動けないね」
「夕立では?」
「だといいんだけど」
セラエーノの予想通り、数日にわたって雨が降ることになった。
読んで下さり、ありがとうございました。




