9話
グスタフはヘルザード帝国の若き将軍であり、国でもトップクラスの戦士。
慈悲深く、戦士としての礼儀を重んじる、帝国民に愛される英雄。
そして竜人族の秘宝「竜の大剣」を持つことを許された稀代の戦士である。
そのグスタフが、目の前に立つ自分よりもか弱そうな一人の少女に警戒している。
その顔には冷や汗が流れ、背中から大剣を抜こうとした手は、そのまま止まっている。
一歩でも動けば、死闘になる。
そう直感し、動けずにいた。
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緑色の鱗に汗が垂れる。
初めてだ、こんな・・・戦ってもいないのに身の危険を感じるほどの相手は。
目の前の女は、とても華奢で小さい身体をしている。
そして、帝国でも見ないほどの美女でもある。
だが、そんなことはどうでもいい。
目の前に立っているのは・・・!
「・・・っ」
緊張し、止まった身体に力を入れる。
背中の大剣を引き抜き、少女に向ける。
刃渡り2m近い大剣が、日の光で輝く。
「認証・・・不可、自己防衛のため・・・防御行動に移ります」
無表情のまま、少女はこちらに向けて言葉を放つ。
「警告します。戦闘行動をとった場合、反撃します」
「なに・・・?」
「警告します・・・」
少女がまた同じ内容を呟く。
・・・こいつ、人間じゃないのか?
そう思い、武器を構えなおす。
目の前の少女と睨み合いが続いていたが、不意に声を掛けられる。
「グスタフ様、ここは我々にお任せを」
「・・・我々で十分かと」
部下のリザードマン達が、武器を構えて横に立っていた。
だが、彼らでは・・・。
「よせ、相手は―――」
止めるも空しく、リザードマンの引き絞った矢が放たれた。
ヒュン、という音と、少女に向かう矢。
少女は首を少しだけ動かした。
矢は、顔の真横を通って、森の奥へと消えて行った。
「・・・攻撃確認、敵性勢力と判断します」
少女の両手がこちらに向けられる。
両手が変形する。
片手は剣、片手は鞭に。
「・・・な、なんだこいつは・・!」
嫌な予感が頭をよぎる。
「全員!防御姿勢を取れ!」
リザードマン達はそれを聞くと、盾を構えた。
「排除開始」
鞭になった手を振るう少女。
腕を真横に振ると、しなった鞭が伸びる。
その伸びは、こちらを射程にとらえるほどに・・・伸びた。
「!」
剣を盾のように構え、鞭を防御する。
ヒュンっと音が聞こえる。
同時に走る衝撃と金属音。
「ぬぅぅ!?」
衝撃で、数m後ろへ体ごと引きずられ、地面にはその引きずられた跡が残る。
物凄い威力だ・・・そうだ、部下は・・・!
「お前達・・・!」
ピクリとも動かないリザードマン達。
だが、次の瞬間。
構えた盾の上側が落ちる。
鋭利な刃物で斬られたように、盾はすっぱりと真横に斬れた。
そして、リザードマン達の首も盾と同様に、落ちた。
地面に転がるリザードマン達の首。
血を吹き出し、崩れていく身体。
「・・・!」
盾を貫通・・・いや。
あの鞭で、盾ごと・・・首を切り裂いた。
何という、鋭利な鞭だ。
少女が鞭に付いた血を払うように鞭を動かす。
同時に、鞭を引っ込めると、先ほどの手に戻った。
・・・悪夢でも、見ているのかと俺は思った。
今、地面に転がっているリザードマン達は、魔王様より頂いた精鋭部隊。
人間の戦士と同等以上に戦える、屈強な戦士たちだ。
それが、たった一瞬で全滅した。
やはり・・・!
ミノタウロスを一撃で殺した奴に違いない・・・!
そう確信した。
防御した大剣を見る。
・・・鞭の鋭さを物語る、一本の傷が出来ていた。
防御していなければ・・・俺の首も刎ねられていただろう。
「・・・ひ・・・!」
後ろを振り向くと、惨状を理解したエルフの部下、
ケリュアが腰を抜かして倒れていた。
その顔は青ざめ、目の前の少女を凝視している。
「攻撃継続・・・」
ゆっくりとこちらに歩いてくる少女。
・・・ここで退くわけにはいかない。
ケリュアを逃がすためにも、部下の仇を取るためにも。
「・・・むぅん!」
大剣を肩に担ぎ、両手で持ち手を握る。
そして少女に向けて走り出す。
数歩走り、地面を蹴り跳躍する。
「『竜の牙』!!」
振りかぶった剣を、真下へと振り下ろす。
身体も落下を始め、その速度が増す。
「不明なスキル・・・情報確認」
少女はこちらの様子をじっと見ている。
防御もせずに。
「舐めているのか・・・貴様ぁ!!」
振り下ろした大剣が少女に直撃した。
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リーゼニア姫達を連れた俺達は、森を抜けて川の前にまで出ていた。
皆、疲れが見えるが、ここを超えれば安全圏・・・なんだろう。
「八霧、先行して川の向こうを調べてきてくれ」
「わかった」
八霧が頷くと、川を渡り始めた。
数m程度しかない川幅だ、川自体は問題じゃないが。
・・・その先にも森が続いている、敵の罠が無いとも言い切れない。
「・・・遅い」
そう呟く神威。
・・・八霧はさっき、行ったばかりだ。
それで遅いはないだろう。
「神威、八霧はさっき」
「違う、八霧じゃない・・・7号が、遅い」
心配そうに、さっき抜けてきた森の方を見る。
川岸に到着するなり、神威は自身のドールを回収していたが。
1体、戻ってきていないという事か?
「・・・何があった?」
「分からない・・・こっちに、来てから・・・ドールとの通信が、しにくい」
・・・神威にとって、ドールは自身の家族と語るほどに大事にしていた。
それが今、帰ってきていない。
「神威」
肩を叩く。
俺を見上げる神威。
「俺が見てくる。お前は・・・俺が行った事を八霧に知らせて、指示を仰げ」
「・・・トーマ?」
「家族同然なんだろ?なら、連れてこないとな」
森の方へ踵を返す。
向かおうとした時。
「あの、トーマ様?」
リーゼニアが声を掛けてきた。
声の方向に振り替えると、リーゼニアがこちらを見ていた。
「どうして、戻られるのですか?」
「神威のドールが戻ってこない。・・・連れて帰る」
それを聞いたリーゼニアは心配そうに俺を見た。
「・・・しかし、追手が森の中まで」
だからこそ、放ってはおけない。
危険な目に遭っている可能性もある。
「神威にとって、自分で作ったドールは家族同然だ。放ってはおけない」
そう言い残し、俺は森の中へ入っていった。
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「損傷、甚大・・・稼働率低下」
目の前の少女の肩口に入った大剣は、そのまま体を貫通し、下腹部まで切り裂いた。
・・・そして、俺は理解した。
こいつは・・・生き物じゃない。
血は、青い血のようなものを流しているが、断面は人工物。
人形のような・・・。
「緊急回避、『衝撃波』」
少女を中心に放たれる衝撃波が俺を襲う。
大剣が引き抜け、身体は後方へ吹っ飛ばされた。
片膝をつく少女。
左腕が切られたバターのように体から離れていく。
それを阻止しようと、右手で左肩を押さえ自分の身体に寄せる。
「・・・戦闘継続、不能・・・撤退・・・」
「逃すと・・・思うか!」
大剣を脇に構え、走る。
次の一撃で確実に仕留める。
部下の仇を・・・取る!
「・・・魔法起動『バインドトラップ』」
地中から無数のツタが生え、俺の身体に絡んでくる。
「く・・・『竜の闘気』!」
体中から炎のような闘気を発する。
身体にまとわりつくツタを引きちぎりながら、少女へと向かう。
「くたばれ・・・!化け物!『竜の牙』!」
大剣を振り下ろそうと、力を籠めた時。
目の前を何かが通りすぎた。
「!」
慣性で大剣を振り下ろす。
地面と大剣が衝突すると、土と石を巻き上げ、土煙を作った。
振り下ろした場所をじっと見ていたが、はっと気づく。
辺りを見渡し、何処に行ったかを探す。
すると、数m離れた右側に、少女と・・・男を見つけた。
白銀の騎士が、少女を庇うように、心配するように眺めている。
・・・この男・・・尋常じゃない。
そう感じる俺の手は、震えていた。
読んで下さり、ありがとうございました。




