86話
エリサが記憶喪失だというのは本当らしい。
自分がどこから来たのか、何をしていたのか、一切覚えていないという事だ。
クロンの様子を見ると同時に、エリサの事を聞こうと二人で村の畑まで歩いていた。
クロンは他のゴブリン達と畑を耕していた、働き者だな。
「あのトーマ、さん?」
「今は、ソウマでやってるが・・・まあ、周りにいないから大丈夫か」
見渡しても人の気配はしない。
畑には爺さんが見えるが、こっちの話は聞こえそうにない距離だ。
「それで?」
「えっと、私・・・何者なんでしょうか?
この力も、どうして授かっているのか」
「何か覚えていることは無いか?例えば、友人とか」
「・・・えっと」
顎に指を置くと、うーんと唸り始めた。
「八霧、神威、プリラ、テネス、セラエーノ」
「ううーん・・・」
名前でも引っかからないか。
これは、重症だな。
「八霧・・・は、頭に引っかかる何かがあるんだけど・・・うーん・・・」
駄目か。
直接合わせた方が早そうだな。
そう思い、懐に手を伸ばす。
取り出したのは、小さい結晶のような石。
転移石・・・行った事のある場所なら、即座に移動できる。
こっちに来る時は、場所を知らなかったので使えもしなかったが。
カテドラルに戻るのなら、この石で出来る。
「だが焦る事も無いか。エリサ、今どこに住んでるんだ?」
「え?あ・・・隣村で、拾ってくれたおじさんとおばさんの家に」
そうか、世話になったようだな。
後で、何かしらのお礼をしないと。
「身寄りのない私を、とても親切に迎えてくれたんです。
だから、恩返しのためにこの力を使って冒険者を」
「稼いで、恩を返そうとしたのか」
頷くエリサ。
「はい、5年でBランクまで上がれたんですけど」
「そうか、5年で」
本当に、彼女は俺達よりも前に転移しているようだ。
話も辻褄があっているし、記憶喪失だというのなら俺達を探していないのも頷ける。
だが、そうなると厄介だ。
テネスも、プリラもセラエーノも。
いつ転移して来るか分からないし、既に転移して数百年経っている可能性もある。
・・・あまり、時間的にずれていないことを祈るだけだな。
しかし、5年の歳月は人を育てるものだ。
まだ、少女という感じが抜けなかったエリサも、立派な女性になった。
出るところは出ているし、顔も大人びている。
「あの、トーマさんも冒険者なんですよね?」
「ああ」
「それなら、私の依頼を手伝ってほしいんですけど」
「依頼?」
「はい、その依頼でおじさんの借金はすべて返済できる計算になりますので」
借金。
そうか、それもあって冒険者をやっていたのか。
「だが、俺はEランクだぞ?」
「あの二人を圧倒した実力はEランク以上ですよ」
「二人?ああ、スケルトンか」
「あの二人は、私以上の力を持っているんです。
つまり、Bランク以上の相手を圧倒した、
トーマさんの力はそれだけ強いと言えるでしょう?」
確かに。
「・・・それで、俺に何を手伝わせようって言うんだ?」
エリサの口から語られたのは。
とある魔物の討伐依頼だった。
――――――――――――――――――――
「セニア、神威に連絡は取れるか?」
部屋に戻るなり、セニアにそう尋ねる。
「え?はい、大丈夫ですよ」
「エリサが見つかったと、そう伝えておいてくれ」
「分かりました、伝えておきますね」
そう言うと、こめかみ辺りに手を置いて何か呟いている。
「エリサさん、本当にお仲間だったんですね」
「ああ、記憶は飛んでいるが間違い無いな」
ラティのその問いにそう返した。
「綺麗な方でしたけど、トーマ様とは、その・・・恋人なんですか?」
「恋人?・・・はっはっは、そんなこと言ったら八霧に殺されるな」
八霧とエリサは両思いだ、俺の勘違いでなければ。
横恋慕する気は無いし、俺自身エリサに特別な感情は無い。
「そ、そうなんですか?よかった・・・」
「え?」
「あ、な、なんでもないです!」
顔を赤くして、ブンブンと首を振るラティ。
いつもと様子が違うな。
「どうした、風邪でも引いたか?」
そう言って、ラティのおでこに手を乗せる。
・・・うん、熱はなさそうだ。
「あ、う・・・あ」
更に顔が真っ赤になった。
「大丈夫か?」
「だ、だだ、大丈夫です!」
そう言って、俺から一歩離れるラティ。
本当に大丈夫だろうか?
「とぉ!!」
「って、うぉ!?」
後ろからセニアに抱きつかれた。
「トーマさん、女の子のおでこに勝手に触っちゃだめですよ!」
「お、おお・・・それは悪かった」
顔を真っ赤にして俯いているラティ。
いきなりの事で驚かせたみたいだな。
「悪い」
「い、いえ!・・・その、嫌では、ないですから」
「そ、そうか」
「・・・むー」
セニアの顔が真横にあるのだが。
その顔は見事に不機嫌そうな顔をしていた。
「・・・とにかく、今回の依頼を手伝った後エリサをカテドラルに連れて行く。
二人共、そのつもりでいてくれ」
「いいですけど、トーマさん」
ぐいぐいと顔を近づけてくるセニア。
「う・・・な、なんだ?」
セニアの顔が目の前に迫る。
女性特有のいい香りが、鼻をくすぐってくる。
まつ毛も長く、整った顔立ちのセニアの顔が目と鼻の先にある。
思わず、そっぽを向いた。
「あー!逃げましたね、トーマさん!」
「何から逃げたんだよ・・・」
頭を掻く俺。
「それで、何か話があったんじゃないのか?」
「ああ、そうでした。カテドラルに戻るんですか?」
「エリサだけ、転移石を使って送っていこうと思う。
後は・・・八霧に全部任せようかと思う」
「八霧さんに?」
「俺よりも適任だろう、少なくともあいつの方が距離が近い」
記憶喪失状態なら、より近しい人間にいてもらった方がいい。
それに、八霧なら何か記憶を戻す薬を作れそうだと、そう思ったからだ。
「なるほど、分かりました。じゃあ、その依頼・・・行きましょう?」
「準備をしてからな」
手伝ってほしいと言われたのは、トロールの群れの討伐だ。
トロール自体はCランク程度の魔物らしいが、群れを為すと難易度が上がるとの事。
故に、手伝ってほしいと頼まれたのだ。
トロールはオークに似た、豚のような見た目の二足歩行の魔物だが。
肥大化した脂肪と、再生力の高い皮膚に覆われたオーガ以上の強さの魔物に分類される。
エリサのLvを考えると、多少辛い相手だろうな。
(エリサもこの世界で5年過ごしている。Lvが上がっていてもおかしくないよな)
Lvアップ、成長か。
俺も、魔法を覚えようと思えば出来るのだろうか?
多少興味がわいたが・・・まあ、それは後ででもいいか。
――――――――――――――――――――
荷物を纏めて、宿を後にする。
「お?ソウマじゃないか!」
すると、道を歩くクロンと目が合った。
肩に鍬を担ぎ、後ろに付いてきているゴブリン達は肥料袋を両手に持っていた。
「クロン、精が出るな」
「まあね、若者が少ない以上、アタイ達が頑張らないとさ!」
やる気があるのは結構なことだ。
「じゃあね!」
片手で軽く手を振ると、クロンは道なりに歩いていった。
「馴染んでいるようで、良かったです」
「あの調子なら大丈夫だろうな」
麦わら帽子を被り、タオルを首に掛けたクロンを見送る。
「すみません、ギルドによってたら遅れました!」
エリサがクロン達の来た方向から走ってくる。
その後ろにはスケルトンの二人。
「よし、じゃあ・・・行くか」
トロール討伐へ。
読んで下さり、ありがとうございました。




