8話
兵士は自分の身体を起こすと、俺と八霧を交互に見た。
「貴方たちは、ヘルザード帝国の人間なんですか?」
「ヘルザード?いや・・・違うが」
国名なのは分かるが、聞きなれない名前だ。
少なくとも、EOSにそんな国の設定は存在しない。
「そうか・・・それはそうですね、帝国の人間なら俺を助けたりは・・・しないか」
「ヘルザードは、さっき襲ってきたミノタウロスの所属国なのかな?」
八霧は倒れているミノタウロスを見てそう言った。
興味津々に見えるが・・・。
まあ、元々知識欲が高い奴だ、この世界にも興味津々なんだろう。
「ああ、姫様を殺すための追手だ。我々はこの平原でヘルザード帝国との決戦を・・・」
「決戦だと?・・・戦争でもしているのか?」
兵士は顔をこちらに向ける。
「ああ・・・知らないのですか?ここはディン平原。
ヘルザード帝国と我々、ゼローム皇国の中央にまたがる広大な平原ですよ」
「・・・へえ、そうなんだ」
八霧が自身のメモ帳に記入していく。
ヘルザード帝国、ゼローム皇国・・・。
やはり、EOSにはなかった単語だ。
「・・・ヘルザード帝国が侵略を始めて数か月。
ゼローム皇国の総力を結集し、決戦を挑んだ・・・だが結果は」
「敗北・・・かな?」
顎に手を当てていた八霧がそう聞く。
男は頷き、力のない声で
「ああ、その通り・・・」
苦虫を噛み潰したような顔をする。
・・・彼も、その戦場に立っていたのだろう。
「・・・我々は、ろくに戦うことも出来ずに・・・壊滅した」
そう言って、拳を強く握った。
すると、何かに気づいたように、顔を上げた。
「そうだ・・・!姫様を!」
「さっきも言ったけど、神威が迎えに行ってるよ」
神威という名を聞いた兵士は、八霧と俺に向かって。
「貴方がたの仲間か・・・?」
頷く俺と八霧。
それを聞いた兵士は安心したように、その場に座り込んだ。
「・・・これで、我が国は安泰―――」
「放せ・・・!どこまで連れて行く気だ!」
後ろから怒号が聞こえてきた。
振り返り、森の方を見る。
森の奥から現れたのは・・・。
拘束された3人と、大量の神威だった。
「な・・・!何が!?」
声を上げる兵士。
「あー・・・神威、ドールを使っちゃったんだ」
「・・・やれやれ」
――――――――――――――――――――
「トーマ、連れてきた」
得意げに胸を張っている。
「ああ、偉いぞ・・・」
そう言って頭を撫でる。
気持ちよさそうに、目を細めて撫でられ続けている。
「だが、ドールを使うなら、自分と違う人形を使ってくれ。
そうしないと、みんな驚くからな?」
「んぅ・・・ん、分かった」
いい子だ。
「ほら、自由にしてやってくれ」
「ん」
頷くと、ドールに指示を出す。
3人の拘束が解けた。
「・・・この!」
騎士が剣を構え、こちらを睨む。
「貴様・・・!ヘルザード帝国の回し者だな!」
やはり、怒っている。
・・・まあ、羽交い絞めされて、強引に連れてこられたんだ、当然か。
「・・・こうやって、勘違いされるからな?」
そういって、神威の頭をポンと叩く。
「・・・反省、する」
神威がしょんぼりとすると、周りのドールたちが急に臨戦態勢に入る。
全員の腕が変形すると、剣の形になったり、鞭が飛び出したりしている。
というより、何体かの腕がガトリングの形になっているんだが・・・。
そして、全ての矛先は騎士の男を狙っていた。
「・・・あ、駄目」
神威が手を上げると、全員の動きが一斉に止まり、機能を停止するように動かなくなった。
「・・・おかしい、こんな挙動・・・はじめて」
そう言って、停止した一体を調べ始めた。
・・・一瞬、場に沈黙が流れる。
口を開いたのは、俺だった。
「・・・ま、まあ・・・とにかく俺たちは敵じゃない」
騎士の男にそう言うが、目は不審な者を見るような目をしていた。
しかし、その不審を取り払ってくれたのは、先ほど助けた兵士だった。
「・・・アレン様、彼らは敵ではありません」
「バン・・・!?生きていたのか」
「ええ、手当もしてもらいました」
それを聞いた男は、辺りを見渡す。
ミノタウロスの死体、兵士の死体。
そして、今の状況。
「そうか・・・部下が世話になったようだな」
「いや、偶然通りがかって・・・助けただけだ」
男が剣を鞘にしまう。
そして、俺に手を伸ばしてくる。
「アレンだ。アレン・ハイゼルバーグ」
「・・・トーマだ」
その手を取って握手する。
すると、後ろでその様子を見ていた・・・姫?
格好はドレスと鎧が融合しているものを着ているが・・・姫騎士というものか?
その人が、アレンの隣まで来ると、
「私は、リーゼニア・ドラクネン。ゼローム皇国の第1王女です」
そう言って、丁寧に頭を下げられた。
長い紫の髪を、ハーフアップで纏めた綺麗な子だ。
一つ一つの動作から、育ちの良さが見える。
「トーマだ、よろしく」
そう言って、手を差し出す。
「ええ、よろしくお願いします、トーマ様」
差し出した手を握り返してくれた。
「あと、私の後ろにいるのが・・・妹のセシルになります」
自分の名前を呼ばれた少女が近くまで走ってくる。
「あ、あの・・・セシル・ドラクネンです」
「ああ・・・よろしく」
引っ込み思案な子のようで、挨拶が終わるなり、リーゼニア姫の後ろに隠れた。
しかし、王族を助けることになるとは・・・。
俺たちは情報が欲しかったんだが・・・まあ、助けられたのは幸いだろう。
――――――――――――――――――――
追手があれですべてだとは思えない。
移動して安全な場所まで行くのが先決だ。
・・・乗り掛かった舟だ、最後まで面倒を見よう。
そう思い、彼女らとともに歩き出す。
しばらく、森の中を歩く。
先頭はアレンと八霧。
中央に神威とリーゼニアとセシル。
そして最後尾に俺と先ほど助けた兵士。
追手が来るとすれば、後ろからだ。
俺が警戒しておいた方がいいだろう。
「追手は完全に撒けたの?」
「・・・いや、先行した奴に追い付かれた。・・・本隊はまだ後ろのはずだ」
「そっか、なら・・・急いで移動した方がいいね」
前で八霧とアレンが喋っている。
・・・ミノタウロスは先行部隊という訳か。
「この森を抜けて、川を越えれば・・・安全圏に入る」
「そうなんだ・・・この森も、帝国の領地なんだね?」
「ああ・・・だから、奇襲される可能性もある」
森の中は鬱蒼と茂る草が広がっていた。
・・・隠れて襲うなら、丁度いい場所だろう。
しかし、こっちには神威がいる。
さっきから大量の神威・・・もとい、神威のドールが先行して周りを探索してくれている。
神威の場合、同時に30以上のドールを操ることも可能だ。
ただ、数が増える度に、ドール個々の戦闘力が下がる。
一体増えるごとに平均Lvが2ずつ下がっていき、
30体出すとドールの平均Lvは(プレイヤーLv-60)となる。
神威のドールの1体が偵察を終えて戻ってくる。
「・・・ん、そう・・・え?・・・んぅ・・・?」
偵察結果を聞くと、こちらに向かってきた。
「どうだった?」
「・・・川までは、誰もいない。・・・ただ、後ろから・・・何か来てる」
「そうか・・・わかった、このまま進むぞ」
前方を塞がれていないのなら、このまま真っすぐに進んだ方がいい。
・・・追いつかれる前に、安全圏まで逃げる方がいい。
――――――――――――――――――――
その頃、ヘルザード帝国 追撃部隊陣営。
追撃をしていたはずのミノタウロスが3体とも死亡したとあり、警戒を高めていた。
森の中に入っていく、竜の頭の重装鎧の男。
「グスタフ様、何もあなたが追撃しなくとも・・・」
彼を止める、部下の女性のエルフ。
グスタフと呼ばれた竜人は、エルフを一目見ると、すぐに視線を森に戻した。
「・・・あのミノタウロスの死体・・・貴様は何も思わなかったのか?」
「いえ・・・殺し方は見事だと、感じましたが」
「そうだ、見事だ」
森の中に入っていくグスタフ。
彼に続くように、エルフの部下とリザードマンの兵士が森へと入る。
「見事すぎる・・・1体はナイフで、1体は胸を貫かれた。
そして、逃げた痕跡があるものは、背後からの一撃で殺されている」
「それが・・・?」
「ミノタウロスを一撃で殺せる者が・・・奴らと合流した、という事だ」
「・・・!」
エルフはその事実に気づくと、グスタフに頭を下げた。
「流石、『エル・カリングの牙』の異名を持つ、グスタフ様・・・慧眼が鋭い」
「・・・褒めてもなにも出んぞ、それより、部下に警戒をさせろ」
「は!」
エルフがリザードマンに指示を出そうとした時。
グスタフは目の前を通る、少女を見つけた。
「何かいる・・・戦闘準備!」
その一言で、部隊に緊張が走る。
「?」
そして、少女も部隊に気づいた。
ゆっくりと部隊の方に体を向けると。
「戦闘行動、許可を願います」
と、一言呟いた。
その姿は、ゴシックロリータ姿の金髪ツインテール。
神威の、ドールであった。
読んで下さり、ありがとうございました。