75話
ゴルムの顛末です。
捨てるものあれば・・・。
バルク国はゼローム皇国南方に広がる国家である。
元はゼローム皇国から離反、分裂した国家でありゼローム皇国とも敵対関係にある。
現在は和平条約を結んでおり、貿易も再開している。
そんな、バルク国境沿いの村でのある日。
ボロボロになった騎士服を着て、顔が汚れた男が村の酒場で酒を飲んでいた。
(くそ、なんでこの俺がこんな目に・・・!!)
それは、先日国外追放処分を受けた『ゴルム』当人だった。
酒場で憂さを晴らすように、安酒を呷り、一人嘆いていた。
「お客さん、飲み過ぎですよ?まだ昼間だっていうのに」
「五月蠅い!金は払っただろ!」
国外追放の際に爵位と領地は没収された。
しかし、衣服と財布だけは手を付けられず、『情け』として彼に残された。
元団長だった彼の財布にはそこそこの金が入っていた。
3か月ほどならバルクでも暮らせるくらいの金額が入っていたのだが。
追放された憂さを晴らすように、高い酒安い酒構わずに飲みまくっていたため。
・・・彼の手元には小銭数枚しか残っていなかった。
「お客さん、その一杯が最後ですよ?」
「くそが・・・酒も自由に飲めないのか、俺は!」
この前までが嘘のようだ。
好きなものを食べ、好きなものを飲み。
好きな時に女を抱いていた。
なのに、今じゃ・・・安酒を買う金すらなくなった。
「お客さんねぇ・・・騎士団の格好してるけど、なんかあったのか?」
ボロボロになった騎士服を見て、店の主人はそう言った。
「五月蠅い!黙れ!!」
「はいはい・・・」
店の主人がはぁ、とため息を一つつく。
その様子を見たゴルムは顔を真っ赤にして、腰に手を回した。
だが、その手は空振りに終わる。
剣すら、没収されていた。
腐っても、彼は騎士。
騎士は剣に、誇りを賭ける。
クズ同然の彼にも、その騎士の誇りがどこかに残っていた。
今、目の前で自分を、騎士の自分を馬鹿にするようにため息をついた店の主人。
その主人を切ろうとした手をカウンターに戻した。
「くそ・・・何も面白くねえ!!」
最後に残った酒を一気飲みし、店を飛び出した。
――――――――――――――――――――
先ほどの安酒のせいで酔いが回ってきたゴルムは、村の外れの廃屋で寝ていた。
酒で全額使い果たし、宿にすら泊まれないという事実を知らないままに、ぐっすりと。
「ぐがぁぁぁ・・・!」
いびきをかいて、大の字で石床に眠っているゴルム。
しばらくして、夕方。
未だにいびきをかきながら寝ているゴルムに近づく影があった。
「ほんとに、この人なのぉ?」
「は、はい・・・その、筈でございます」
「嘘じゃないでしょうねぇ?」
「う、嘘などと・・・御冗談を」
「冗談?私がぁ・・・?」
「へ・・・あ、あの、ティアマ・・・様?」
「・・・冗談を言うと思うのぉ?」
ヒュパっと、風を切る音が響く。
「そんな、ティアマ様・・・私、ばわぁあ!?」
廃屋に、赤い液体が飛び散る。
その液体が、ゴルムの頬にまで飛び散った。
「ん・・・ぁ?」
頬に違和感を覚え、僅かに覚醒するゴルム。
手で頬を触る。
ぬめりのある液体が、手にこびり付いた。
それは、真っ赤な血だった。
「!?」
一瞬で、意識が覚醒する。
そして、自分の身体を調べる。
自分が血の流したんじゃないかと勘違いし、
身体を触っていた彼だったが、杞憂だと分かるとホッとしていた。
しかし、その安堵は一瞬で打ち破られる。
「あらぁ、起きたのね?」
目の前に立つ女性、その顔を見る。
青白い髪を伸ばし、黒いドレスに赤い装飾が付いていた。
そして、その顔には見覚えがあった。
「り、リルフェア・・・さ、ま?」
思わず、その名前を呼ぶ。
女性の眉がピクリと動いた。
「誰がぁ、リルフェアなのかしらぁ?」
ゆらゆらと、ゴルムに近寄る女性。
「ひぃぃ!?」
その姿を見て、後ろに後ずさるゴルム。
「誰がぁ!!出来の悪い姉なのかしらぁ!?」
「ひぇぇぇ!?」
その女性の形相に驚き、ゴルムは更に後ずさる。
そして、彼の手に何かが触れる。
見るとそれは・・・生首だった。
「あ、ああ!?」
よく見れば、女性の後ろに倒れている兵士の姿が見える。
自分に付いた血は、彼の血だと瞬時に分かった。
そして、目の前の女性が、男性を殺したのだともゴルムは理解した。
殺される、そう思った瞬間。
「ティアマ様、本来の目的を忘れておいでか?」
「ふふふ、忘れてないわよぉ・・・?」
ティアマと呼ばれた女性の後ろから歩いてくる、黒いローブを来た老人。
ゴルムは、その人物に見覚えがあった。
「こ、コーサー殿!?」
「いかにも」
白く蓄えた髭を触りながら答えるコーサー。
彼は、バルク国の国王補佐であり。
そして、ゴルムとは面識があった。
バルク国とゼローム皇国は、和平条約を結んでいる。
故に、貿易も多少ながら行っているのだが。
東に領土を持っていたゴルムは、バルク国とも貿易を行っていた。
もちろん、表の貿易も、裏の貿易も。
その『裏の貿易』相手こそ、目の前にいるコーサーだった。
「な、なな、何が起きて・・・!?」
「ねえ、コーサー。本当にぃ、この人間が『団長』だったのぉ?」
「その筈です、そうですな、『ゴルム』殿」
「・・・い、いかにも、俺が聖堂騎士団の団長だ!」
顔を見合わせるティアマと呼ばれた女性と、コーサー。
「当たりねぇ・・・ふふ、お姉ちゃぁん!
今すぐにでも、食べに行くからねぇぇ!!!」
狂ったように笑うティアマ。
その様子は、心底嬉しそうだ。
その隣に立つコーサーも嬉しそうに顔を歪めていた。
「さあ、ゴルム殿、立って下され」
コーサーが手を伸ばすと、ゴルムはその手を取った。
「国へ復讐するチャンスを、貴方に与えましょうぞ」
「復讐・・・?」
「ええ、貴方の協力があれば、ゼロームを滅ぼせます。
どうですかな、『元』団長殿」
元、と聞いてゴルムの眉が動く。
自分を追放した奴らの顔が頭に浮かぶ。
ゴルムは強く拳を握った。
「そうだ・・・あいつら!俺を、この俺を!!馬鹿にしやがって!!
いいぜ、なんだって協力してやる!だから!」
コーサーに掴みかかるように、ゴルムが顔を近づける。
そして思い浮かべる、自分をこんな目に追いやった二人の顔を。
「女と男を殺してくれ!!」
「トーマ?誰かしらぁ・・・知ってる?」
「いえ、存じませんな・・・」
白く蓄えた髭を触りながら、コーサーが答える。
「あの『竜騎士』野郎!俺のすることを嗅ぎつけやがって・・・許さねえ、絶対に!!」
「竜、騎士・・・竜騎士、りゅうきしぃ!?」
その言葉を聞き、ティアマの顔が先ほどと比べ物にならない程に歪んだ。
とても嬉しそうに、とても楽しそうに。
「いいわねぇ・・・いいわぁ!!ふふ、竜騎士、竜騎士ぃ!」
「て、ティアマ様・・・?」
コーサーも驚いていた。
自分の肩を抱き、くねくねと動いているティアマ。
顔は恍惚に染まり、恋する乙女のような瞳をしていた。
「ねえ!コーサー!最初に竜騎士に会いに行きましょうよぉ!」
「は、いや・・・しか―――」
反論しようとしたコーサー。
その瞬間に、コーサーの体が宙に舞っていた。
「誰が、反論を許したのかしらぁ?」
蹴り上げたティアマの足が、天に向いていた。
「ごふ・・・!?」
地面に衝突し、コーサーが呻く。
「も、申し訳ございません、ティアマ様」
地面から体を起こすと、打った腰をさすっていた。
「ふふふふ!いいわぁ、いいわぁ!さあ、会いに行きましょう!」
「居場所が分かり次第、お伝えますので。まずは、ゴルム殿を」
「そうね・・・おいでなさい、ゴルム。
このバルク国国王『ティアマ』が歓迎するわぁ!」
バルク国国王『ティアマ』。
リルフェアの実妹にして、竜の塔に幽閉されていた人物。
だが、幽閉されていた本当の理由を姉は知らない。
彼女の狂気は、母親がその将来を危惧するほどのものだった。
気に入った人間を誘拐しては玩具のように扱い、殺していた。
そして、何より。
力のある自分を差し置いて、姉が跡を継いだ。
その事実が、姉を殺したいほどに憎む彼女を作り出した。
「て、ティアマ様・・・それで、俺・・・いや、私は何をすれば・・・?」
恐る恐る、ゴルムが訪ねる。
「ふふふ・・・それはねえ」
ティアマが告げるその内容は。
ゼローム皇国を揺るがすほどの『宣戦布告』だった。
読んで下さり、ありがとうございました。




