54話
ラクリアが勝利宣言を受けて数分。
会場の掃除と、整備が終わった。
「次は僕だね」
「ああ、頑張って来い」
八霧が腰を上げ、頷く。
そして、対戦相手のブロギンを一目見ると、闘技場内に入っていく。
見られたブロギンは、部屋の隅で居眠りをしていた。
対戦時間が近づき、慌ててブロギンを探しに来る審判の一人。
審判の目線が部屋の隅に行くと、ブロギンを発見した。。
「ブロギンさん!」
「お!?おお・・・寝ておったわ」
はっと目を覚ますと、急いで闘技場内に入っていくブロギン。
・・・八霧の対戦相手か。
『錬金術師』VS『病み術士』か。
薬を扱う職と、病気を操る職の戦いか。
面白い戦いになりそうだな。
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八霧は持っている棒の先を地面に付けた。
試合開始直前まで、八霧は身体を動かしていた。
「ほっほっほ、若いの・・・今大会では最年少かもな」
「舐めない方がいいよ、強さに・・・若さは関係ないからね」
「知っておる・・・お主と戦うと思うと、肌も無いのに鳥肌が立つわい」
冗談めかしてそう言うが、無表情な剥き出しの頭蓋骨はカタカタと音を鳴らしていた。
(こやつ、何者じゃ・・・とんでもない強さが滲み出ておる)
自身の握る、黒い杖を握り直す。
汗をかかないというのに、汗をかく感覚がブロギンを襲っていた。
(負ける・・・確実に・・・!)
平静は装っているが、ブロギンは目の前の少年に恐れを抱いていた。
その、小さい身体に眠る技術と実力をブロギンは直感した。
(じゃが、病み術士としての矜持、貫かせてもらうぞ・・・小僧)
そう自分の身体に言い聞かせると、ブロギンの震えが止まる。
「では、本日第2試合『八霧』対『ブロギン』を執り行います。・・・始め!」
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「悪いが、最初から全力で行かせてもらうぞ・・・小僧!」
ブロギンが黒い杖を振りかざす。
一度振るごとに、杖から黒い霧が吹きだす。
何度か杖を振ると、闘技場内を包むほどの黒い霧が完成した。
「へえ・・・あの人と違って、観客は巻き込まないんだ」
感心しつつ、八霧は術士の布を口に巻く。
「この毒は・・・ん?」
調べようとして、異変に気付く。
この霧・・・毒の類じゃない。
「ほっほっほ・・・!何も毒だけが病気ではない」
黒い霧から、何かが生まれだす。
小さい虫のようなものが、数千と生まれ始めた。
「なるほど、ハエだね」
棒を構え、周りを警戒する八霧。
「ハエは病原体の塊・・・しかもわしの意のままに操れるぞ」
ブロギンが杖をかざし、先端を八霧に向ける。
数千の集団となったハエが、八霧に襲い掛かる。
まるで、黒い塊が八霧に襲い掛かるように。
「・・・じゃあ、試作薬の出番だ」
八霧がそう言うと、懐からオレンジ色の薬が入った薬瓶を取り出す。
それを自身の頭の上に投げると、棒で叩き割った。
オレンジ色の煙が辺りを包む。
(無駄なことを・・・魔法で生まれたハエには、薬は効かぬぞ?)
黒い塊が、オレンジ色の煙に侵入していく。
初めは八霧に向かって飛んでいったハエだが、やがて一匹、一匹と、
地面に落ちて死んでいった。
そして、八霧に到達できたハエはたった一匹だった。
その一匹も八霧の服に着地したのが精一杯で、数秒とせずに地面に転がった。
「な・・・魔法で生まれたハエには・・・薬は効かないはず・・・!?」
驚愕で、顎の骨が落ちそうになっているブロギン。
「知ってるよ。『虫使い』の人は、EOSにもいたからね。
この試作品は、虫殺しのために特化させた特別品。
まあ・・・使ったのは今が初めてなんだけどね」
「・・・く、では・・・これならどうじゃ!」
杖で地面を叩く。
すると、黒い霧が更に濃くなる。
「『病風』」
ブロギンがそう発すると、黒い霧に異変が起こる。
まるで、霧が動くように八霧に集まっていく。
「瘴気が濃くなったのか・・・げほっ、んん!」
咳をする八霧。
布を巻いても、防ぎきれないような瘴気が八霧に纏わりついている。
「どうじゃ、その気なら村一つ壊滅させることも容易い魔法じゃぞ」
ブロギンは黒い霧が纏わりつく八霧を見ながらそう言う。
その黒い霧は、八霧の口から少しづつ、身体の内部に入り始めていた。
「げほ・・・でもさ」
青い液体が入った薬瓶を取り出す八霧。
口に巻いた布をずらし、それを飲み干す。
「ん・・・苦いな」
そう呟くと同時に、口に巻いた布を取り外した。
「疾病耐性のポーションか?じゃが」
前のエルフと同様に、疾病耐性だって完璧ではない。
しかも、既に身体の中に病気の種は入っている。
「手遅れじゃな」
「・・・それはどうかな?」
八霧の周りの黒い霧が彼の身体の中に入ろうとするが。
何かに弾かれるように、黒い霧は霧散していく。
「何・・・?」
「疾病耐性のポーションは、製作者の腕次第で質が変わる。
僕の場合は、完全耐性のポーションになるし、既に掛かっている病も治せる」
八霧の周りの黒い霧が、全て霧散した。
「さあ、どうするの?『病み術士』さん」
「ぐう・・・しかし!」
両手で黒い杖を持ち、力を籠めて地面に振り下ろすブロギン。
地面に杖が衝突すると、闘技場の地面が紫に染まっていく。
ブロギンの足元も、八霧の足元も紫色の何かで染まった。
「毒沼・・・かな」
八霧が足を動かすと、粘性のある液体が靴に絡みついてくる。
「それだけではないぞ」
沼と化した地面からは、スライムのようなものが現れ始めた。
見た目からして・・・毒々しいスライムだ。
「疫病運びのスライムじゃ・・・触れられれば、耐性など関係なく病気を運ぶ。
かの英雄、『ラース』を殺した上位のスライムじゃぞ」
「なるほど、病気の塊のスライムか」
八霧の足元近くまで一匹の小さいスライムが這い寄って来る。
その小さいスライムを手で掴むと、持ち上げる八霧。
「ふぅん・・・可愛いね、結構」
「な・・・!?」
手のひらにスライムを乗せると、その容姿を見ている。
スライムが八霧に何か吹きかけるが、意に介さずスライムを調べる八霧。
スライムの中に手を突っ込むと、引き抜き、その指先を見る。
「へぇ・・・なるほど、スライムにも病気を封入できるのか」
「お主には・・・病への恐れは無いのか・・・!?」
「無い訳じゃないよ、ただ・・・『この程度』の毒や病で、僕は倒せないよ?」
一瞬呆然としたブロギンだったが。
「・・・『この程度』か・・・はは、ふふふ」
ブロギンが頭を押さえて、笑う。
「そうか、『この程度』か」
辺りの状況を見渡すブロギン。
毒沼の広がる地面を、ただ、じっと見る。
そして、審判を見た。
「審判、この戦い・・・棄権させてもらうぞ」
そう言うと、ブロギンは持っている杖を地面に転がした。
同時に、地面の様子が変わり・・・元の茶色い地面に戻り始めた。
スライムも同時に消滅した。
「棄権、ですか?」
毒沼を回避するように、外側に避難していた審判がそう言う。
「ああ・・・打つ手なし、じゃ」
そう言って、小さく両手を上げるブロギン。
「ブロギン殿の棄権申し立てのため、勝者・・・八霧!」
審判がそう叫ぶと、歓声が上がった。
同時に、黄色い声も上がる。
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「やれやれ・・・お主、何者じゃ」
「ただの、錬金術師だよ」
「ただの・・・な」
控室に帰ってきた二人は特にいがみ合う事もなく帰ってきた。
仲が良さそうにも見えるが。
「お主は万病を治せる医者になれるぞ、八霧殿」
「言い過ぎだよ・・・誰も、完全に病を克服なんて出来ないからね」
「それを病み術を使うわしに言うか・・・やれやれ、食えぬ奴じゃ」
そう言うと、二人で笑っていた。
ブロギンの目がこちらに向く。
そして、近づいてきた。
「トーマ殿、じゃったか?」
「ああ」
「八霧殿は・・・素晴らしい錬金術師じゃ。
お主の扱い次第で、善にもなれば悪にもなる」
・・・俺の?
「万病を治す医者にもなれば、疫病を振りまく『病み術士』以上の存在にもなり得る。
危険な、しかし途轍もない才能と技術を備えておる」
「そうなのか?」
「ああ・・・しっかりと、彼を導くのじゃぞ?」
ブロギンはそう言うと、少し離れた控室のベンチに座った。
危険な存在にもなり得る、か。
八霧が危険な存在になると、俺はそうは思えない。
八霧は八霧だ・・・どうなろうとそれは変わらないだろう。
読んで下さり、ありがとうございました。




