50話
ミミックから吐き出された金塊と宝石を、ある程度纏め袋の中にいれた。
これを、宝石商かどこかに売れば金に出来るだろう。
その袋を眺める八霧の横顔を見る。
八霧の顔を見て、ある疑問が浮かんだ。
母親を置いて・・・不安じゃないのだろうか、と。
その視線に気づいたのか、八霧が俺の顔を見た。
「母親は・・・気になるか?」
「・・・そんなに、かな?むしろ、僕がこんな状況になって・・・喜んでたりして?」
「喜ぶ?」
「現実の身体は、恐らく・・・意識不明になってると思うからね」
意識不明・・・。
そうか、俺達が意識だけ飛ばされたとしたら。
身体は・・・意識の無い肉体のみの存在になる。
EOSの管理会社は大企業。
家族に対し、見舞金としてかなりの額を送っているとも考えられる。
「それに、ダイブ型VRシステムの保険もあるし・・・
僕がこっちにいる間は、月にかなりの額が入ると思うよ?」
VR用のヘルメットを購入した時点で加入することになる保険だ。
だから、ヘルメット購入の際には、色々とサインすることになるが。
なんでも、初期のVRシステムで起こった事故のせいで、昏睡状態の人間が出たらしい。
それに対応するかのようにできたのが『VR保険』だ。
まさか、俺達にもそれが適用されている日が来るとはな・・・。
「生々しい話だな・・・しかし、俺の身体もそうなっているのか」
受け取り先は両親のはずだが・・・。
「まあ、そう言う訳で・・・僕はあまり帰ろうとは思わないかな。
僕も母親も得をするって事で」
「得って言うな・・・母親も心配しているかもしれないんだぞ?」
そう言って、八霧の頭を少し強めに叩く。
「いたっ・・・うん、分かってるよ。
でもさ、そう言った方がトーマさんも楽なんじゃないかって」
楽・・・?
「僕達を元の世界に帰そうとか、そういう義務感に捕らわれないでさ。
もっと、自分のために行動してよ」
意外な言葉だった。
自分のための、行動か。
八霧のその言葉に、神威も頷いていた。
「私も・・・賛成。トーマはトーマの為に動くべき」
「うん、僕達も帰りたいと思ったら自分で行動するから。
だから、トーマさんは・・・トーマさんのしたいことをすればいい、そう思うよ」
・・・そうか。
少し、涙腺が緩んだ。
出会った頃に比べれば、八霧は大分成長した。
涙を隠すように明後日の方向を向き、目元を拭う。
そして、話題を変えようと神威に話しかけた。
このままだと本当に泣きそうになったからだ。
「八霧ばかりだったな・・・神威は、何か夢があるか?」
「・・・夢」
そう一言呟くと、セニアを見た。
そして、セニアの作業を手伝っている1号も。
「ん・・・今、大満足してる」
「大満足、か」
俺は苦笑した。
そうか、神威の夢は・・・目の前の二人の存在か。
ずっと作りたいと思っていた、自分で考え自分で行動するドール。
ここは・・・神威の夢が叶う場所なのだろう。
「戻れない・・・ううん、戻りたくない。セニアと、『オリビア』の為にも」
「オリビア・・・って、そうか『1号』の名前か」
「うん」
頷く神威。
二人を眺める目は、とても優しいものだ。
そうか・・・。
二人が、この世界以外であの状態だとは限らないし。
現実世界に、あの二人を連れて行けるとも思えない。
そうなれば神威は、あの二人を見捨てる形で戻ることになる。
俺でも・・・その選択肢は出来ないだろう。
八霧と神威を置いては、帰れない。
まだ見つかっていない、あいつらを見捨てることも出来ない。
「そうか」
俺は笑ってそう言った。
まあ・・・まだ若いとはいえ、芯の太い二人だ。
こんな状況でも、泣き叫んだりはしないとは思っていたが。
それに二人とも、自分の意見を言ってくれた。
俺も大満足だ、二人とも・・・出会った頃に比べれば、大人になったと実感した。
そして、更に話を続けようと口を開きかけた瞬間。
「トーマ様!麺が伸びちゃいますよ!」
セニアの声が響く。
「あ、ああ・・・食べるよ」
ラーメンの麺が伸びる前に、食べてしまおう。
――――――――――――――――――――
「何?トーマが?」
「は、はい」
トリスは、イグニスに現状を報告していた。
イグニスは自室の椅子に座り、御前試合の警備に関する報告書を纏めていた最中。
事務仕事が苦手なのか手にはインクが付き、
その手で顔を触ったため、顔にもインクが付いていた。
「・・・なるほど、団長が捕まったという報告は入っていたが・・・そう言う事か」
イグニスが聞いていたのは団長が捕まったという事だけ。
詳細な事柄は何も聞かされていなかった。
リルフェアからも、ほとんど何も聞かされていなかったようだ。
「どう、なるんでしょう?」
「ゴルム団長の罷免は確実だ、自分の部屋に女を拉致していたんだ。
・・・それよりも、気になるのはゼフィラスの妹の安否だ」
「は、はい・・・僕たちも必死に探したんですけど」
インクの付いた手でこめかみを触るイグニス。
「それで、リルフェア様も知っているのか?」
「トーマ様が、連絡をしたようですけど・・・あまり、派手に動くなと」
なるほど、と呟くイグニス。
「そうだな、聖堂騎士団内に裏切り者・・・いや、ゴルムの息のかかった者がいる。
その可能性は否定できない以上、下手に動くのは止めた方がいい、か」
そうは言うイグニスだったが。
身体は正直なもので、無意識に壁に立てかけた剣を掴もうとしていた。
「な、何をするんですか?」
「おっと・・・」
手を引っ込める。
「ゴルムを尋問するのは・・・憲兵の仕事だな」
そう言って、苦笑した。
「ゼフィラスにも話はしたのか?」
「いえ・・・聞いてくれるような状態じゃないです」
「あいつも真面目だからな・・・妹が見つかれば話も変わるのだが」
そう言って、事務作業に戻るイグニス。
「トリス、すまないが何か、眠気覚ましを持ってきてくれ」
「は、はい!」
トリスが、部屋から出て行くのを確認したイグニスは、一人ため息をつく。
「さて、どうするか・・・」
リルフェア様の命令とあれば動くわけにはいかないが。
だが、何もせずにもいられない。
イグニスは立ち上がると、部屋の壁に掛けてあるカテドラル内の見取り図を見る。
そして、団長室を中心に丸を描く。
「・・・ふむ」
あのゴルムの事。
簡単に見つかる場所には隠さない。
なら、関係者しか入れない・・・そう、秘密の保管場所とか。
「ああ・・・もう、こういう時に、なんで私は頭が回らないんだ・・・!」
頭を押さえ、その手で髪をボサボサになるまでかき乱すイグニス。
手に付いたインクのせいで、綺麗な赤い髪に黒い染みが出来た。
「・・・風呂にでも入って、考えをさっぱりさせよう」
――――――――――――――――――――
食事を終え、ゆったりとしていたが。
自分の鎧でも磨こうと、手元に寄せた時だ。
「・・・少し、臭うな」
鎧ではなく、自分の着ている服、というより身体だ。
こっちに来てから風呂に入ってなかったな・・・。
聖堂騎士団の共用シャワーがあるそうだが。
・・・どうせなら、湯船に浸かりたいものだ。
拠点内に、風呂場を作っておいた方がよさそうだな。
こんな時にテネスがいれば、一瞬で作ってくれるとは思うが。
テネス・・・?
そうだ、あれがあった。
道具袋に手を入れ、あれを探す。
そして、見つけた。
取り出した物は、手のひらサイズの白いボックス。
「トーマさん、それは?」
「テネス謹製、『浴室セット』だ」
「つまり、お風呂?」
「昔、ギルド拠点内に風呂場を作ろうとしたんだ。
・・・その時に没になった作品の一つを預かってたんだ」
テネスの話だと、これを部屋に置いて踏むと・・・一瞬で浴室になるらしい。
ただ、結構広いので場所に注意して下さいとも言っていた。
「場所は・・・何処がいいか」
水回りだ、本の近くに置くわけにもいかないし。
そうなると、奥の使っていない個室の何処かを使うしかないが。
他のメンバーが合流することを考えると、あの場所は取っておきたい。
「本棚の一部をどかして、場所を作るか・・・」
「お任せください!」
そう答えたセニアが広間の左隅の本棚に向かった。
本棚を片手で持ち上げると、運ぼうとするが。
「セニア、バランスが悪いから両手で持ちなさい」
「はーい」
オリビアにそう答えたセニアは、両手で本棚を動かし始めた。
二人がテキパキと働いてくれたので、拠点に入ってから左隅に見える場所は、
何もない空間が出来上がった。
「その浴室って、壁とかも付いてるの?」
「さあな・・・開けてみないと」
何も無くなった広い床の真ん中あたりに白いボックスを置く。
そして、全員に離れるように言ってからそれを踏んだ。
ぐしゃりという音と共に、潰れたボックスが震え始める。
・・・まずいな、離れた方がいい。
そう思った瞬間には、潰れたボックスが膨張を始め、俺の足元近くにまで広がった。
「おっと」
飛び退き、その様子を八霧の横で見守る。
床に這うようにボックスが膨張したと思えば、今度は縦方向に膨張し始めた。
目の前では白い塊が、どんどん大きくなっているように見える。
そして、膨張が終わると・・・左隅にピッタリとはまる様な白い塊が出来た。
俺達の目の前には、浴室のドアのようなものが見える。
「調べてみるぞ、八霧」
「あ、うん」
俺の後ろで扉を開けるのを見守る八霧。
手を掛け、ゆっくりと扉を開けると。
・・・中には、温泉宿の内湯のような光景が広がっていた。
しかも、脱衣所まで完備しているようで、入って右側に脱衣所と書かれた扉もあった。
「おお、すごいな・・・」
「うん、というより・・・さ」
八霧が湯を入れておく湯船や壁を触る。
「これ、見た目より広くない?」
「だな・・・」
見かけ以上に広い・・・というより。
本当に広くなっている。
「テネスめ、とんでもないものを渡したな」
有難いが。
八霧が湯船に備え付けてある湯のバルブを捻ると、湯気を立てて湯船に溜まっていく。
「どうなってるんだろ・・・何処からお湯が・・・」
気になっているようだが。
まあ、テネスの事だ何か仕込んでいるのだろう。
「今は気にしても仕方ないな。それより、先に神威達を入れようと思うが」
「うん、賛成だよ。男は後でもいいからね」
風呂場から出ると、少し違和感が襲う。
やはり、外側に比べて中が広いようだ。
「神威と、セニア、オリビア。先に風呂に入ってくれ」
「・・・いいの?」
「うん、僕らは後でいいから」
「・・・覗く?」
そう言って、俺と八霧を見る。
顔を見合わせる俺達。
「覗くと思うか?」
「ううん」
そう言って首を振る神威。
即答だな、まあ・・・覗く気は無い。
「タオルと、着替える場所は・・・?」
「入ってすぐ右側が脱衣所だ・・・タオルはさっき確認できたから、それを使ってくれ」
頷いた神威は、浴室に入っていった。
それに続くようにセニアとオリビアも入っていく。
その顔は嬉しそうだった。
読んで下さり、ありがとうございました。




