42話
トーマに調査を頼まれた、トリスの話になります。
僕の名はトリス、聖堂騎士見習いだ。
実家は農家で、国境沿いの『エレ村』から首都へ出てきた。
昔、ヘルザード帝国に村が襲われた時。
助けてくれた聖堂騎士に憧れて、騎士団に見習いとして2年近く前に入団した。
聖堂騎士は、他の騎士団と違い持って生まれた『格』や『強さ』が必須の騎士団。
僕は戦いの才能も、生まれ持った格も無かった。
聖堂騎士見習いになれたのは、見習いにはその制限が無かったからだ。
聖堂騎士になるためには3つの手段がある。
一つは、世襲。
一つは、他の騎士団からの引き抜き。
もう一つが、騎士見習いから聖堂騎士になる。
しかし、実際に見習いになれるのは志願者のごく一部。
それも、公平を期すためにくじによって、志願者から決められる。
僕は、幸運にもそのくじに当たった一人だ。
だから、騎士見習いには貴族もいれば平民もいる。
名のある戦士の子供から、僕のような子も。
そして、その中から一部の人だけが、『聖堂騎士』になれる。
聖堂騎士になれなかったとしても、他の騎士団からスカウトされる場合が多い。
それだけ、聖堂騎士見習いの訓練は厳しいと他にも知られているという事だ。
僕の場合はリルフェア様の計らいで、イグニス様の従者にはなれたけど・・・。
イグニス様は忙しく、他にも従者を抱えているため僕に割く時間は無い。
一人で訓練するのは、ほぼ慣れっこになってしまった。
イグニス様が悪いわけでは無い。
才の無い・・・僕が悪い。
・・・そう思い日々訓練にいそしんでいたが。
『イグニス様の従者になった』という事実が、一部の人の気に障ったようで。
僕は、誰とも一緒に訓練をしたことが無かった。
――――――――――――――――――――
トーマ様に言われて、団長室前まで来たのはいいけど。
・・・どうしよう、正規の手順を踏まずに入ったら後で怒られる。
何か、書類とか、運ぶものでもあれば・・・。
そう思い周りを見渡すが、そんなものは無い。
だが、頼まれたんだと自身を奮い立たせ、団長室の扉に手を掛けた。
すると、同時に話し声が中から聞こえてくる。
ビクリと身体が跳ねるが、声を押し殺して耳を扉に近づけた。
「―――から、そう言う事です」
「はあ・・・分かった。で、ゼフィラスの様子は?」
団長と、その取り巻きの聖堂騎士の声がした。
ゼフィラス様の名前も聞こえたけど・・・。
「鬼気迫る様子で、戦いを待っています。
・・・近寄るのが、恐ろしい程に」
「そうだろうそうだろう。肉親を人質に取られているんだ。
そうなって当然・・・いや、ならねばおかしいだろうな」
その声の後に、団長の笑い声が響く。
頭に響くほどの音声で。
・・・それにしても、人質?
「しかし、どうしますか?今は薬が効いて寝ていますが・・・。
そこそこのじゃじゃ馬ですよ、暴れられたりしたら・・・」
「所詮は女だ、力では俺等には勝てん」
「・・・そうだといいのですが」
「しかし、念は入れておくか。何か、縛る紐を持ってこい」
「了解しました」
歩く音が聞こえる。
まずい・・・!こっちに来る。
そう思い、耳を離して隠れようとするが。
「何をしている、見習い」
「え!?」
廊下側を見ると、聖堂騎士が立っていた。
この人も、確か・・・団長の取り巻きの。
まずい、逃げなきゃ・・・!
そう直感し、その人の横を通り過ぎるように掛けだす。
「む・・・?」
不審そうに振り返る聖堂騎士。
「なんだ、何事だ?」
ゴルムも、部屋から顔を出した。
そして、小さくなるトリスの後姿を見つけた。
「いえ、見習いが聞き耳を」
「何!?奴を追え!」
ゴルムが唾をまき散らしてそう叫ぶ。
その顔には焦りも見える。
「は、はは!」
慌てて踵を返す聖堂騎士。
「殺しても構わん!見習い騎士など、死んでも痛くもないわ」
聖堂騎士達がトリスを追う。
「好奇心は猫を殺す、俺等の秘密を知ったからには・・・死んでもらうぞ」
忌々し気にトリスの逃げた方を睨むゴルム。
再び自身の部屋に入ると。
「・・・念には念か」
そう呟き、団長室の奥の自室を見る。
――――――――――――――――――――
息が切れる。
いつも、ジョギングや筋トレはしている筈なのに。
大した距離を走ってもいないのに、心臓が高鳴り、息がすぐに上がってしまう。
「はぁ、はぁ・・・!」
後ろから追ってくる足音が聞こえる。
何処か、安全な場所に逃げなきゃ・・・!
そして、僕が聞いた事を、伝えなきゃ!
逃げた先はどこかの倉庫。
埃の被った大きな壺の裏に体を隠す。
・・・どんどん近づいてくる足音。
そして、倉庫の前でその足音が止まった。
「!」
口を押さえ、身を小さくする。
「どこに逃げた?」
「分からん・・・」
「早く見つけなければ・・・ゼフィラスの妹を拉致したなど、漏らされてはかなわん」
「ああ、急ごう」
走り去る音が聞こえる。
・・・やっぱり、人質を取っていたんだ。
だから、ゼフィラス様の様子も・・・。
その場から立ち上がり、倉庫から出る。
廊下の周りを見ても、誰もいない。
今なら・・・トーマ様の場所まで行ける。
そう思い、足を一歩踏み出した時。
背中に衝撃が走った。
同時に、お腹のあたりに覚える違和感。
目線を下げると、お腹からは、剣が生えていた。
「すまんな、お前を・・・生かしてはおけない」
「え、あ・・・ああ」
引き抜かれる剣。
同時に、腹部からは大量の血が噴き出した。
その場に崩れる僕の身体。
血が、床の絨毯を濡らす。
後ろに立っていた男の方から、剣を構え直す音が聞こえる。
止めをさす気だろう。
「何だ・・・誰だ貴様等!」
僕を刺したであろう男の声が聞こえる。
「・・・」
喋らないが、誰かが男と対峙している・・・?
「くそ、お前も始末・・・うぐぁ!」
遠くなる耳に、そう聞こえる。
まるで、何かが戦う音が・・・耳に。
僕は・・・死ぬのだろうか。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
どれくらい経ったのだろう。
身体を運ばれる感覚が僕の意識を呼び覚ました。
「は・・・!?」
周りを見渡す。
誰かに、抱えられているような視線で僕は目を覚ました。
その後ろ姿しか見えなかったが、メイド服姿の誰かだ。
「・・・復活を確認、しかし治療が必要と判断します」
僕を机の上に降ろすと、その顔が見えた。
「え、あ・・・か、神威さん・・・?」
トーマ様の従者の方・・・だ。
確か見習い騎士じゃなく、完全な『従者』としてトーマ様に仕えていると聞いた。
髪は下ろしているけど・・・その顔は神威さんそのものだ。
「違います、私の個体名は『1号』・・・神威様は、私のマスター」
そう言うと、事務的な動きで僕を治療してくれる。
その手際は見事なものだった。
ここは、どうやらトーマ様達の部屋・・・。
元『大図書館』だった場所だ。
その広間にある机に、僕は座らされていた。
でも、あの時僕は・・・大量の血を流して、廊下の床に倒れた。
何故、死ななかったのだろう・・・?
死んでもおかしくない、血の量だったはず。
「もしかして・・・『命の指輪』のお陰で助かったのか・・・?」
ポケットの中にいれていた指輪。
貰った時は、綺麗な赤い宝石だった。
しかし、今は色がくすみ黒ずんでいる。
お腹を触るが、血は一滴も出ていない。
やっぱり、完全に治っている。
「あの、イチゴウさん」
「?」
「どうして、僕は助かったんでしょうか?」
「『命の指輪』の効果かと」
そう一言告げると、治療を再開した。
「あ、あの・・・」
僕がどう聞こうかと、しどろもどろになっていると。
「もう!姉さん!それじゃ伝わらないですよ!?」
隣から声がした。
そちらを向くと、短髪の綺麗な髪をした女性が立っていた。
「あ、トリスさんですよね?」
僕の顔を見てそう言う女性。
「あ、えと・・・はい」
「初めまして?かは分からないですけど。私はセニアと言います」
にっこりと微笑み、一礼するセニアさん。
「セニアさん・・・ですか」
前にここに来たときは同じ人ばかりがいて驚いた。
今は、髪型が変わったせいか、そこまでは驚かなくなった。
「あなたの手に握られている『命の指輪』のお陰で、一命を取り留めたんですよ。
まあ、1号姉さんは蘇生魔法も使えるので、無くても大丈夫でしたけど」
「セニア、それは無理。私の蘇生魔法はドールに限られる」
「あ、そうなんですか?」
・・・二人の会話を聞いて、呆気にとられる僕。
蘇生魔法・・・って。
「え?蘇生魔法!?」
「はい、そうですよ」
蘇生魔法といえば、王宮魔法士でも扱えない、幻の魔法。
それも、おとぎ話なんかに出てくる、奇跡の魔法の一つだ。
それを使えるというのだろうか・・・?
「確か、八霧さんも、蘇生ポーションを持っていましたね」
蘇生できる・・・ポーション?
聞いた事もない、その存在。
だけど、人を生き返せるポーションが存在する・・・?
「終了、どうですか?」
イチゴウさんが、そう呟く。
お腹には、手当ての跡の包帯が巻かれていた。
「ありがとうございます・・・助かりました」
「でも、どうして倒れていたんですか?しかも、カテドラル内で」
話して大丈夫だろうか。
いや・・・話しても大丈夫のはずだ。
彼女達は、トーマ様の身内なんだから。
そう思い、僕は口を開いた。
読んで下さり、ありがとうございました。




