39話
八霧は、準備運動を澄ますとソフィアと共に闘技場内に入っていく。
その幼い少年の見た目に、一瞬会場がどよめいたが。
八霧が周りに手を振ると、それも歓声に変わった。
・・・主に、女性の声だが。
やはり、女性受けしやすい見た目らしい。
まあ、少年が好きな女性もいると聞く。
・・・深くは考えない様にしよう、今は八霧の戦いを見守るだけだ。
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八霧は持っていた棒の調子を確かめている。
ソフィアも、鞭を取り出すと地面に鞭の先端を落とした。
何度か振って、感触を確認している。
「では・・・3回戦を、始めます!」
審判がそう言うと同時に、ソフィアの鞭が八霧に飛んだ。
「っと」
挨拶代わりの一撃を、首を動かしてかわす八霧。
ソフィアはふっと、笑う。
そして、鞭を手元に戻す。
「さあ、始めましょう」
左手に持った魔法の触媒の杖をかざす。
すると、地面に無数の魔法陣が形成され、光り始める。
「なるほど、設置魔法」
空の瓶を魔法陣に投げる八霧。
魔法陣に空の瓶が触れると同時に、地面から飛び出た尖った岩で串刺しにされる。
空の瓶は砕け散り、地面に破片が落ちた。
「しかも鋭敏か、厄介だね」
身体が触れると同時に、発動してしまうだろう。
そう思った八霧は両手に銀色の瓶を取り出した。
中の見えない、密封された瓶。
それをソフィア目掛けて投げる。
ソフィアは鞭を振るうと、向かってくる瓶を捉え、割った。
割れた瓶の中の赤色の液体が地面に落ちる。
地面に触れると、蒸発するように白い煙を巻き上げた。
「!」
口元を塞ぐソフィア。
煙はもうもうと、二人を包む。
「げほ・・・ただの煙・・・?」
「これで、お互いに魔法陣は見えないよ」
八霧がそう言うと、状況を確認するように周りを見るソフィア。
確かに、下に広がる煙のせいで魔法陣の光も見えない。
たまに、煙の切れ間に魔法陣が見えるが・・・それだけで移動するのは愚策に見える。
「私が、私の魔法にかかるとでも?」
そう、ソフィアが問いかける。
「確かにそうだね、自分を感知しない様に設置魔法を調整することだって出来る」
だけど、と八霧は言葉を繋ぐ。
「前の戦いを見せてもらってたけど、ソフィアさん。
一歩も動いてなかったよね?」
「・・・よく見てるわね」
鞭で相手の動きを制限し、設置魔法に誘い込み・・・勝っていた。
設置魔法は設置するという制限がある分、見かけ以上に威力が高い。
EOSでは設置魔法特化、魔力特化のキャラの場合。
タンク役のHPを半分以上削るのも珍しくない。
言わば、制限のある高火力キャラという事だ。
ゆえに、ソフィアの設置魔法の威力も高いだろう。
そう考えた八霧は策を仕掛けた。
「相手の行動を制限するなら、自分も動いた方が確実。
なのに、一歩も動かなかったのは・・・自分も魔法に感知されるから、違う?」
「・・・」
ソフィアは黙り、八霧を見る。
「だけど、私は自分の魔法の位置を感知できる、何処に何があるかも」
そう言うと鞭をあらぬ方向へしならせた。
魔法が発動する音と、火柱が煙の中から上がった。
火柱が鞭を包むと、鞭に燃え移った。
その、燃え盛る鞭で八霧を狙う。
「ほら!」
「なるほどね・・・っと」
飛び退いて鞭をかわす八霧。
その足先が、魔法陣に触れたのか八霧の傍に水柱が上がる。
八霧は水柱で足を濡らしながらその場に立つ。
すると、ソフィアの鞭が返す刃の要領で再び八霧を狙った。
八霧は、その鞭を濡れた脚で防御した。
八霧の足に巻き付く炎の鞭。
巻き付いた鞭の先端を、そのまま地面に踏みつける。
「これで、鞭は使えないよ」
「水柱罠の位置を覚えて、足を濡らした・・・?いや、だからって」
八霧に巻き付いた鞭は、濡れた脚の影響で炎の勢いは弱まったとはいえ。
未だに残る炎が、八霧の足を焦がしている。
顔色は変わっていないが、足が火傷しているのは素人でも分かる状況だ。
「く・・・!」
ソフィアが鞭を引き戻そうとするが、八霧の足はピクリとも動かない。
何度か力を籠めるが、鞭は彼の足から離れない。
「どうするの?」
八霧がそう聞く。
ソフィアは諦めたかのように手の力を緩め、鞭を手放す。
八霧の足に絡んでいた鞭は、力を失い地面に落ちた。
そして、ソフィアは腰元を触ると、短剣を取り出した。
「・・・左足は火傷でほとんど機能しないはず、今なら」
鞭の戒めが解けたとはいえ、八霧の錬金術師の服のズボンは多少焦げていた。
素足の一部が見え、火傷の跡がある。
痛々しい火傷の跡が。
短剣を構えるソフィア。
そして、自身の足元を手で触り。
「『衝撃波』!」
足元に衝撃波が巻き起こる。
八霧の起こした白い煙を吹き飛ばしながら、自らの身体も斜め上に吹き飛ばす。
そして、その落下点には八霧。
その様子を見た八霧。
向かってくるソフィアに怖じる様子も無く、懐に手を入れた。
「なるほど、設置魔法の中を歩くわけにもいかない・・・だから飛んだ」
魔法の使い方としては、面白いやり方だと、八霧は思った。
そして、同時に・・・こうも思い、口に出す。
「人は、鳥にはなれないよ・・・ソフィアさん!」
飛んでくるソフィアを捉え、懐の瓶を投げつけた。
飛んだ鳥は空中でも自在に動ける。
だが、人間はそうはいかない。
目の前の彼女のように、一方向にしか飛べない場合は特に。
「!」
勢いの付いた身体で、回避行動が出来る訳もなく。
瓶の中身を正面から引っ被るソフィア。
どろどろの茶色い液体が、ソフィアのローブ全体を濡らす。
「な・・・なにこれ・・・!?」
「油、とても揮発性の高い、ね」
現実で言えば、タールに近いガソリン。
要は・・・火元があると、一瞬で引火する。
そして、その粘性は・・・戦士といえど行動を阻害されるほどだ。
本来の使い道は、炎系の威力向上のための薬品。
粘性を向上させて、行動阻害と持続性を強化させたものだ。
乾燥後は更に燃えるようになるオマケ付きだ。
「く・・・」
濡れて重くなったせいか、八霧にたどり着く前にソフィアの身体は地面に落ちた。
八霧の少し手前で立ち上がるソフィアだったが。
足元まで液体が回ると、ソフィアの身体はほとんど動かなくなった。
ローブ自体が重くなり始め、片膝をつくソフィア。
「無理はしない方がいいよ、動くほど乾燥が早くなる。
乾燥すると、紙粘土のように硬化するからね」
「・・・降参しろ、とでも言いたいの?」
「出来ればね」
ソフィアは目線を地面に落とすと、クスリと笑った。
「まだ、出来るわ・・・!」
そう言うとソフィアは立ち上がり、魔力を体中に纏う。
青白い光が、ソフィアを包む。
その様子を見た八霧は焦っていた。
「ソフィアさん、それはまずい!」
「何よ?私の本気の魔法・・・それに怖気―――」
魔力に反応した液体が、青い炎を吹き上げた。
ソフィアの身体から小さな青い炎が現れる。
「え?」
その小さな青い炎は全身に引火し、ソフィアの身体を燃やした。
「あ・・・え!ああ・・・きゃあぁ!」
身体を燃やし尽くす勢いで、青い炎は天高く巻き上がる。
八霧は咄嗟に、懐の青白い薬を投げた。
ソフィアに瓶が当たると、瓶が砕ける。
青白い薬が大気に触れると同時に、物凄い冷風が辺りに吹き荒れた。
白い煙をすべて吹き飛ばし、ソフィアの青い炎も冷風によって鎮火した。
ソフィアの身体がその場に倒れる。
「・・・魔法にも反応するんだよ、その液体」
「先に・・・言ってよ」
そう一言呟くと、ソフィアはフラフラと身体を立ち上がらせた。
顔は、炎のせいで少し黒ずんでいた。
立ち上がったはいいが、すぐにへたり込んでしまった。
そして、自身の隣を見る。
「・・・私の負けよ、戦闘継続は無理だわ」
彼女の目線の先には、武器である杖が転がっていた。
青い炎を纏いながらソフィアの傍に落ちている杖。
燃えカスになる杖。
杖という触媒を無くした設置魔法の魔法陣は、順々に消えて行った。
「はぁー・・・助けられたし、降参しないと往生際が悪いわ」
そう言うと、近くの審判を呼ぶソフィア。
その声を聴いた審判が近づいてくる。
「降参するわ」
審判は頷くと。
「勝者、八霧!」
そう一言、高らかに叫んだ。
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八霧はソフィアに自身の予備のローブを渡した。
「・・・これは?」
「その、服がボロボロになっちゃってるから」
自分の着ているローブを見る。
炎で焦げ、冷風で傷んだローブは所々虫食いのような穴が開いていた。
そこから、彼女の下着が見え隠れしている。
ゆったりとしたローブの上からは見えづらい、見事なものが見え隠れしている。
「あら・・・ありがとう」
そう言って、八霧からローブを受け取ると、それを羽織った。
「・・・紳士ね」
「ん?」
「な、何でもないわ」
首を振るソフィア。
「八霧君か・・・」
八霧を見るソフィアの顔は、少し赤くなっていた。
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