37話
控室から出て行こうとするトリスを呼び止めた。
なにか、嫌な予感を感じたからだ。
彼に近寄り、その腕を掴んだ。
「な、なんでしょうか?」
トリスが少し怖がるように俺を見た。
「これを持っていけ」
掴んでいる腕の方の手に、強引にあるものを持たせた。
それは、赤い宝石が付いた小さな指輪。
「これは?」
「『命の指輪』。一度だけ、死を防ぐ指輪だ。
保険だが、持っていってくれ」
それを彼の手に握らせる。
「いいか、絶対に無理はするなよ?」
そう言って手を放した。
彼は、握らされた指輪を見つめる。
「こんな貴重なものを・・・分かりました、危険なことはしません!約束します」
そう言うと、トリスは一礼し・・・控室から出て行った。
頼むぞ、トリス。
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1回戦の準備が終わり、闘技場内の熱気が高まってくる。
昨日とは違い、観覧席は満員状態。
貴族や裕福そうな騎士、肥えた商人風の男など、様々な人物が集まっていた。
そして・・・観覧席よりも高い場所に備え付けられた独立した席に、
ラティリーズとリルフェアが座っていた。
その横の席には、リーゼニアと彼女の父親らしき国王らしき人物が座っている。
そして、周りを囲む様に聖堂騎士達とイグニスが警備していた。
1回戦の対戦相手のラクリアとランキが控室から出て行く。
闘技場内に二人の姿が見えると、闘技場内はわっ、と一気に盛り上がった。
歓声が上がる場内。
ラクリアとランキはお互いに睨みあいながら、相対する。
ラクリアは長剣とレイピアを腰から引き抜く。
それを見たランキは、巨体にぶら下げていた身の丈ほどある棍棒を右手に持った。
「では・・・1回戦、始め!」
その言葉と共に、歓声は更に高まった。
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ラクリアは長い青髪をポニーテールで纏めた男性。
装備は軽装、それに反比例するように小手と武器が重装だ。
特に小手は独特な形状をしている・・・何か、仕込んでいそうな。
対するランキは、オーガの中でも特筆して体躯が大きい。
オーガ特有のボサボサの白髪に、鬼の面のような顔と2本の細長い角。
筋骨隆々な身体から繰り広げられる一撃は、闘技場の地面をえぐるほどだ。。
戦いが始まると同時に動いたランキ。
棍棒を振りかぶるとラクリアに向けて、叩きつけるように振り下ろした。
彼の腕の長さと、棍棒のリーチを合わせると、
ラクリアからはレンジ外・・・攻撃の届かない場所からの攻撃だ。
「よっ!」
身体を左にずらし、棍棒の一撃をかわすラクリア。
ラクリアを捉えられなかった一撃は闘技場の地面に衝突すると、土煙を巻き上げた。
同時に揺れる場内。
「おっとっと・・・!」
その揺れで体勢を崩しそうになるラクリアだが、
身軽に身体を動かすと、振り下ろされた棍棒に飛び乗る。
そして、棍棒の上を走りだした。
「ムウ・・・」
眼前に迫るラクリアを振り落とそうと、棍棒を振り上げる。
振りあがった棍棒から飛び退くラクリア。
綺麗に地面に着地すると、ランキとの間合いを取った。
「へぇ・・・ただのパワー馬鹿かと思ったけど。意外に賢いじゃないか」
今度は長剣を構え、ラクリアが走りだす。
振り上げた棍棒を短く持ち、ランキは横に棍棒を振る。
迫る棍棒に、長剣を向けるラクリア。
「『衝撃波』!」
彼の小手が光る。
同時に長剣の刀身が光り、棍棒と衝突する。
同時に、衝撃波が長剣の刀身から放出される。
「グォ・・・!」
上体が仰け反るほどに、棍棒が弾かれた。
すかさず、レイピアをランキの胸に突き立てる。
「はぁぁ!」
胸を貫通し、背中にまで飛び出るレイピアの刃先。
レイピアにオーガの流す血が滴る。
しかし、ランキは痛がるどころか、顔をにやつかせて目の前のラクリアを見ていた。
左手を棍棒から離したランキは、その手でラクリアの胴を掴んだ。
その反動で、レイピアが彼の手から離れてしまう。
「く、しまった・・・!」
天高く、ラクリアを持ち上げるランキ。
片腕でも、人間を握りつぶせるオーガだ。
ラクリアの身体から骨のきしむ音が聞こえる。
「おーがノニクタイハ、ハガネトオナジダ」
「ぐぁ・・・!この・・・!」
「コウサンシロ・・・サモナクバ、ツブスゾ」
低い声が闘技場に響く。
観覧席の女性からも、悲鳴が聞こえ始めた。
目の前で起きている戦いに、目を背ける者もいた。
「・・・馬鹿か?ここまで来て、降参する奴が・・・!」
一層、ランキの左手に力が籠る。
「ぐぁぁ!」
ラクリアは左手に握った長剣で、自身を握りつぶそうとするランキの左手を斬る。
しかし、傷がついても、血が流れても握ることを止めないランキの手。
止めを刺そうと、右手から棍棒を手放し両手で握ろうとする。
しかし、その一瞬・・・ランキの左手の力が緩んだ。
「・・・!」
長剣を逆手に握り両手を合わせて、ランキの指に剣を突き刺す。
「グゥ!」
痛みに耐え、ラクリアを放すまいとする。
「・・・放した方が良かったな、オーガさんよ!」
両手で握る長剣に力を籠めるラクリア。
そして、先ほどと同様に小手が光り始める。
「『広がる電撃』!」
長剣から稲妻が迸り、ランキの身体に電撃が走る。
ランキに握られていたラクリアの身体にも感電しているように見える。
しかし・・・痛がり、悲鳴を上げたのはランキだった。
「ゴァァァ!!」
胸を押さえて、地面にもんどりを打つランキ。
「へへ・・・レイピアを、甘く見るからだ」
身体の痛みを我慢し、立ち上がるラクリア。
そして、目の前でもんどりを打っていたランキは気絶した。
口からは泡を吹き、白目をむいていた。
「っ・・・しかし、効いたぁ」
ラクリアはその場に座り込んでしまった。
その様子を確認し、ランキとラクリアに近づく審判たち。
そして、ランキの気絶を確認した審判。
「勝者、ラクリア!」
そう叫ぶ審判。
手を上げて観客に手を振るラクリア。
足を引きずりながら、控室へと向かっていった。
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「どうして、ランキが倒れたんだろう?」
八霧がそう、俺に聞いてくる。
確かに、見た感じではランキよりもラクリアが不利に見えただろう。
だが、電撃で倒れたのはランキだ。
理由は・・・単純だ。
「少し考えれば分かるぞ、八霧」
「?」
「ランキの心臓付近にレイピアが突き刺さった。
あれだけだと、オーガの鍛えられた身体の前には、致命傷にはならなかった」
恐らく、心臓付近を狙ったのだろうが。
的が外れたか、あるいは筋肉で心臓が守られたのだろう。
あの筋骨隆々な肉体だ、心臓付近の筋肉も相当なものだろう。
だがレイピアを刺したままだったのは、いただけなかった。
「・・・そうか。金属は電撃をよく通す。それが、心臓付近にあったとしたら」
「ああ、直に心臓付近に電撃が走る。想像を超える激痛だ」
それによって、ランキは気絶した、泡を吹いて。
・・・オーガでも気絶するくらいの痛みか。
「えぐいね」
「それも試合だ・・・現に彼は勝利した」
ラクリアが控室に戻ってきた。
その身体はフラフラしている。
「はは・・・勝者の帰還・・・って、か」
おどけて見せるラクリアだったが、フラフラと椅子に座る。
その顔は痛みを耐えるように、しかめていた。
彼を追ってきた救護班のプリーストの女性が、彼を手当てする。
すると、その女性がこちらを見た。
正確には、八霧を見ていた。
「あの、ヤギリさん。ポーションを分けてくれませんか?」
「僕の?いいけど・・・」
懐から、赤いポーションを取り出す八霧。
そのポーションを受け取ると、女性は頭を下げて、ラクリアに走っていった。
「・・・対戦相手のポーションを貰うとはな」
そう、愚痴に近いものを吐きながら、ラクリアはポーションを飲んでいた。
彼の傷が一瞬で癒えていく。
体調も元に戻ったのか、自分の身体を見て驚いていた。
「な、なんだこのポーション!?なんか、悪いもの使ってるんじゃないだろうな!?」
その効果に驚いたラクリアが声を上げた。
一瞬、八霧は反応に遅れたが。
その言葉を理解すると、ラクリアの顔を見て。
「失礼な!僕が調合した、れっきとした回復ポーションだよ!」
薬の事で怒られたからか、凄い剣幕で怒る八霧。
その剣幕に驚いたのか、ラクリアは頭を下げた。
「悪い、危険な薬かと思ってな」
「・・・大体、危険な薬っていうのはね―――」
八霧が何か語りだそうとしたが。
「2回戦の方は、準備を始めてください!」
審判の、その言葉にかき消された八霧の言葉。
そして、2回戦の二人が目の前を歩いていく。
読んで下さり、ありがとうございました。




