353話
予定の時間よりも少し遅れてしまっていた。
講義は時間通りに終えたのだが、
生徒たちの質問に答えている内にかなりの時間が過ぎてしまっていたようで。
思った以上に過ぎていたことに気づいたのはさっきの事。
そしてこうやって急いで移動しているわけだ。
「まずいなぁ、約束しておいて遅れるのは」
急ぎ足で目的地へと向かう。
流石に全力疾走で校内を掛けるわけには行かない。
一応は講師としてここに来ているのだ、規則を破る訳には・・・。
「って、ん?」
音が聞こえた、甲高い金属音のような音が耳に。
これは・・・。
「誰かが戦っている・・・?」
「八霧君」
「え?あ・・・エリサ、そっちも終わったの?」
音に気を取られたせいで、目の前のエリサに気が付かなかった。
手に持っている本から察するに魔術の講義をしていたことがわかる。
それに反対の手に持っているテストらしき束からその講義が終わったことも分かった。
「うん・・・一応プリラさんと一緒に行こうって話をしてたんだけど」
「ああ、そうなん―――」
今度ははっきりと聞こえた。
確かに金属音、それも鋭利な刃物と何かがこすれる音だ。
間違いない、これは戦闘がどこかで起こっている。
「八霧君」
「喧嘩かあるいは、訓練か・・・」
訓練の時間はとっくに過ぎている、つまり。
どこかで争いが起きていることは確実、それもこの内部で。
「行こうエリサ、生徒同士だったら止めないと」
――――――――――――――――――――
音のした方向へと走っていくと、そこは正面の門の近く。
既に生徒は帰ったものがほとんどだったのか、人通りこそ少なかったが。
「あれは・・・」
「トーマさんと、あの子は」
ナイフを構えて戦おうとする少年と、トーマさんが見えた。
ああ、間違いない争っていたのはこの二人だ。
いや・・・争うというよりは一方的に戦いを挑んだに近い状態か。
「八霧君、ようやく来たのね」
「セラエーノさん」
「ある程度予想は付いたけど、勝手に始めちゃってさ」
軽くステップを踏みながらジグザグに動いている少年。
その行動のまま間合いを詰めていっている。
「あ、あの・・・止めなくてよろしいので?」
「学園長もいたんだ」
「い、いえ、それは。いや、止めなくて良いのですか?」
止めたって無駄だろう。
僕の予想が正しければあの少年の闘争本能自体は相当のもの。
それに・・・これは因縁のようなものだから。
誰が止めようとまた起こる、そういうものなんだ。
――――――――――――――――――――
確かに少年の力は大したものだ。
年齢から考えてもこの技術と身体能力は驚異的と言っていい。
例えるならばゼフィラス辺りと切り結んたとしても、
善戦できるほどの実力を持っていると思える。
惜しむらくはその未熟さゆえの真っすぐさ。
搦め手を入れたとしても保険を打たない巧妙さが無い事。
「くそ、これもダメか」
懐から数本のナイフが零れ落ちた。
一本のナイフで切り結んでいると見せかけて無数のナイフでの攻撃を繰り出す。
技量が伴っていれば相手を惑わし必殺の一撃を繰り出すことが出来るだろうが、
その場の思い付きでとった行動ではこちらに隙は出来ない。
「その程度か?」
「何・・・!?」
「お前の力はその程度か?もっと本気で掛かって来てみろ。
その命を賭けて倒す、その心持ちじゃなければ相手は倒せないぞ」
その言葉に顔を歪ませて悔しさを見せた少年だったが、
ふっと一つ笑って見せると体中に仕込んでいただろう武器を全てその場に落とした。
残るはその手に握られた一振りのナイフだけ。
それを強く握り、体中に力を籠めている。
・・・強者特有のオーラのようなものを身に纏いながら。
「それでいい」
こちらも多少本気で挑めるというもの。
防御の構えを取り、来るであろうその重い一撃へと体勢を整えた。
・・・しかし、あのオーラどこかで感じたことがあるような気がするんだが。
あれはもう、十年以上も前の話だが・・・まさかな。
今はそれを思っている場合じゃない。
本気になったこいつの力、どれほどのものか見せてもらおう。
ナイフを構えるまでは先ほどまでと同じ。
だが、決定的に違うのはその姿勢と目。
決意とそして身を攻撃に捧げるその覚悟が見えた。
間違いない、次の一撃は身体を張ったものになる。
「!」
一歩、踏み出すと同時にその身体が消える。
速いな、一瞬にして視界外に飛びのいた。
「だが、読める動きだ」
小手を構えて左へと目線を向けるが、そこには見当たらない。
「こっちだ、おっさん!」
あいつからして右に動いたと見せかけて、フェイントをかけた。
その身体は左へと動いておりナイフを構えたその身体は既に射程内に入っている。
「ああ、知っている」
力を籠めた一撃は決まって大振りになる。
フェイントをかけることも読んでいたし、間合いを一気に詰めることも読んだ。
だからあえて乗ってやった、全力の一撃をこの身で受けるために。
「はあああ!!」
切っ先を夕日に浴びせ、輝く刀身が振り下ろされた。
小手に響く一撃、それは確かに破壊するほどの威力を見せる。
砕け行く小手が見えると同時に。
もう一つ砕け散っていくものがあった。
――――――――――――――――――――
「あー!くそ、ダメだ!」
小手を破壊したまでは良かったが、同時に攻撃に使ったナイフまで砕けた。
当然の結果だ、儀礼用とは言えそこそこ頑丈な小手なのだ。
一般に売られているナイフ如きでは砕けてもおかしくはない。
しかし・・・仮にも儀礼とは言えこの世界の一級品。
それを市販品で破壊したこいつの腕前は中々のものだと言っていいだろう。
「もしここが戦場ならお前は命を取られていてもおかしくはない。
・・・自分の都合や考えで人を襲うのはやめることだな」
壊れた小手を外し、道具袋から適当な小手を見繕って付け直した。
やれやれ、壊れた分は書記長に怒られそうだな。
いっそセラエーノに直してもらっておくか。
「二人共、ええとご苦労様?かな」
「八霧、見てたのなら止めたらどうだ?
こいつも生徒の一人なんだろ」
教職についている者として制止した方がいいんじゃないか。
そう思って聞いたが、帰ってきたのは苦笑いだった。
「まあ、でもさ。会わせたい人がいるってこれでだれか分かったんじゃないかな?」
・・・ああ、まあ、そうだな。
何となくそうなんじゃないかなとは思っていたが、やはりこいつか。
「誰なんだ?いや、聞かなくとももう何となく分かるが」
「・・・この子の名前はリギラ、背格好や見た目からは判断しづらいだろうけど。
この子は多分ギルダーさんの」
生まれ変わり、だな。
この歳でこの力は間違いない。
ギルダーの力をもって生まれたのだとしたら頷ける。
「おっさん!もう一回勝負だ!」
「またか・・・後にしてくれ」
元気な事だ・・・流石に何度もやるとなると疲れる。
しかし、ギルダーに性格はどこか似ている気もするな。
不遜な部分や遠慮がない部分は特に。
・・・まあ、そうだとしても。
今度は上手い付き合いをしていきたいものだ。
お互いに後悔の無いように、良好な関係を築いていきたいものだな。
読んで下さり、ありがとうございました。




