352話
そして約束の時間が来た。
正門前で待つという話だったが、まだ誰の姿も無い。
約束を違えるような奴らじゃないので来ないという事は無いはずだが。
「・・・」
「・・・」
まあ、そういう訳で学園長と二人きり。
相手からすればこの沈黙はつらいだろう、立場からしても。
「生徒たちの大部分は寮で生活しておりますので、あちらに帰るのですよ」
「そうか」
流石に沈黙に勝てなかったか、ある建物を指さして話し始めた。
確かに大型の施設が目に見える、平屋で新築のような綺麗な建物が。
丁度何人かの生徒がこちらに挨拶をしながらそっちに歩いていっている。
「遠い子では大陸の端から来ている子もいるので。
実家に帰るとなると数週間かかるような辺境で」
それは遠い、安易に帰れる距離じゃないな。
ホームシックにでもなれば大変そうだ。
「まだ空きがありますので、もう少し生徒を増やして―――」
「ああ、いたいた!ゴメン、皆遅れてて!」
「ん?」
声のする方向へ顔を向ける。
するとセラエーノがこちらへと走ってくるのが見えた。
「はぁー・・・いや、会わせたい子が逃げちゃって。
今皆追ってるんだけど、まだ捕まらなくて」
「逃げた・・・?」
逃げるような奴なのかとも思ったが、それ以上に気になったのは。
あのメンバーから逃げおおせたという事実。
少なくとも八霧やテネス、プリラ辺りからは逃げづらいと思うのだが。
「私も追いかけたんだけどさ、すばしっこくて中々・・・うん」
疲れているのか多少の汗を掻いているセラエーノ。
よく見れば息も多少上がっている、なるほど結構な曲者らしいな。
「ふぅ・・・うん、落ち着いた」
「会わせたい奴っていうのは、そんなに曲者なのか?」
「え?まあ・・・そうね。元気すぎるって言った方がいいかも。
悪い子じゃないけどやんちゃが過ぎるって言った方がいいかな」
やんちゃね。
さっき会ったあいつを思い出すが・・・はてさて。
「八霧君がその子を見つけてね、色々と思うことがあったらしくて。
だから―――」
何かを語ろうとするセラエーノだったが、
それを阻むように何かが俺達の前を高速で通り過ぎていく。
「さっきのおっさん!見つけたぞ!」
「ん?」
通り過ぎた存在、それは先ほどの少年だった。
「あー!!ようやく見つけた!今度は逃がさないよ!」
ああ、やっぱり追っていたのはこいつか。
なら中々捕まらなかったのも納得だ、あの逃げ足の速さなら。
「もう一度戦ってもらうぜ!」
「君!領主様に失礼だぞ!いい加減にしたまえ!」
学園長の言葉を遮るように少年は短剣を振りかぶる。
それは先ほどのものとは違い、切っ先が鋭く光っていた。
どうやら、本物の得物という事らしい。
「き、君・・・!それは!!」
領主に向けて真剣を向ける。
その行動が意味するのは反逆とも、謀反とも取れる。
だが目の前の少年の目は強者を求めるそれだ。
・・・としても、だ。
「それを向ける以上、覚悟の上で挑んでいるんだな?」
久しく感じていない戦いの空気につい身体に力が入る。
あれ以来訓練以外で武器を握る事なんてなかったからな、当然か。
それに、少年の態度には覚悟があまり見えていない。
生き死にを掛けて戦うその場に、足を踏み入れていない気がした。
「覚悟・・・?負ける覚悟ならさっさとしなよ、おっさん。
俺はこの方一回も負けた事なんてないんだぜ」
「なるほど」
自信満々、というよりは驕りに近いその態度。
鼻っ柱を一度へし折らないと後々困る正確になりそうだな・・・。
「りょ、領主様、やんちゃが過ぎるだけなのでどうかこの場は」
「そうは言っても奴は止められないだろ?それとも抑えつけれるのか?」
「ああ、いえ、その・・・」
その言葉に学園長は言葉を濁す。
ああ、そうだろうさ。
この子はこの世界の人間じゃ止められないほどの素質を秘めている。
それこそ・・・特異なほどに。
「よそ見なんてしてる暇・・・!」
その場から跳躍し、一気に距離を詰めて来る。
彼の速さは目を見張るほどのもので傍にいた学園長の行動が遅れるほどの速さ。
だが・・・やっぱり経験のなさが出ている。
ただ、身体の動くままに攻撃しているだけの単調で直線的。
故にその行動は非常に読みやすい。
こちらの目の前で一歩足を踏みしめるような動作を取った瞬間、
それに合わせて小手で剣の切っ先を受け止める。
儀礼用で戦闘に耐えうるほどの強度は持ち合わせてはいないが、
一度か二度なら受け流すことは可能だ。
「く・・・!」
小手に一瞬刺さるが、受け流す動作によって刃先をずらしていなす。
それによって少年の体勢が崩れるのを見計らい、肩を当てて吹っ飛ばした。
「お、おお・・・?今のは」
「あー・・・やっぱり始まっちゃった」
セラエーノは呆れたように声を漏らした。
いや、やっぱりって戦いになるような気はしてたのか?
「こうなるってわかってたのか?」
「いや、やけに好戦的な子だったからさ、って、あ」
目線を戻すと少年の姿がない。
いや、これは。
「ふん!」
足を垂直に蹴り上げる。
同時に靴に短剣が突き刺さっていた。
そして投げた当人の身体につま先を押し当てる。
「う・・・!?」
力は加減しているので痛くは無いはず。
「まだ、まだ負けてない!」
靴に刺さったそれを抜きながら、大きく飛び跳ねた。
ああ・・・元気な奴だなぁ。
「君、もうやめたまえ!力の差は歴然だろう!?
これ以上暴力行為を働くのであれば学園からの追放も考え―――」
「そこまでの事じゃない、やらせてやれ」
こっちも久しぶりに動けて、いや。
戦えて楽しい。
この感覚はかなり久しぶりだ。
訓練などとは違う、相手からの攻撃の意思と闘志。
これを浴びるのは何年ぶりの事か。
「しかし、領主様」
「子供の頃は何かと血気にはやるもの。
事を荒立てないのも大人のやり方というものだろ?」
ナイフを逆手に握りしめ、少年が体を起こす。
やる気は全然削げていないようだ。
「俺は、負けない・・・負けたくない!」
「む・・・?」
姿勢を低くしたかと思えば、その恰好のまま走り出した。
これは勢いに任せて一気に切りつける気だ。
逆手に構えたナイフを回転させ、指の間に挟むと殴るように拳を突き立ててきた。
「おっと」
先ほども言ったが直線的な行動はそれだけ読み易い。
特に急制動が駆けられない場合はそれが顕著になる。
身体を少し捻るだけでもその一撃は空を切っていた。
「・・・貰った!」
何も持っていない手を開く少年。
そこには淡く光る球体が握られていた。
「それは・・・」
見覚えが無いものだが、嫌な予感がした。
そしてその予感は直ぐに当った。
「うぉ!?」
急に唸りだしたかと思えば眩いばかりの光と共に轟音を立てて炸裂した。
これは、まさか。
「ぬぉぉぉ!?これは一体!」
「きゃ・・・!何よこれ!」
その場にいた全員がそれに巻き込まれた。
これはやはり目くらましの類の何かだ。
「へへへ、何も考えてないで突っ込むかよ」
「・・・なるほどな」
お陰で目が眩んだ、耳も多少遠く感じる。
二つの感覚を一時的に奪われることになった。
それに、何も無しに行動していない点に多少感心した。
若いながらも考えて行動したという事だ。
「こっからは一方的にやらせてもらうぜ」
「出来るなら、な」
目が潰れようが耳が遠かろうが関係ない。
経験の差は搦め手程度じゃ何ともならないという事を見せてやろう。
読んで下さり、ありがとうございました。




