324話
男の顔はとても晴れやかなものだった。
まるで憤怒や憎悪を感じない、達観したようにも見えるその顔。
そしてその中にはこの状況が楽しいのか笑みも見えていた。
「この状況でも楽しそうに笑うのか」
「ああ、もはや悔いなど何もない。
この戦いで全て燃やし尽くせればそれで。
それで・・・いい、良いのだ」
男の身体が動く。
同時に突風のような風が全身を包む。
その風に一瞬怯むと、身体ごと男は背後まで走り抜けていた。
「・・・これは」
気づけば鎧の脇腹に剣で切り裂いた跡が残っている。
瞬時に駆けぬけ一閃したということか。
「まだ身体は動く、さあ来い!」
「言われなくても行くぞ!」
振り返り際に蹴りを放ち、奴の身体を狙う。
回し蹴りの要領のそれを腕で防がれるが強引に蹴りぬく。
「ぬ・・・!ふっふふ!いいぞ!」
体勢を直し、再び攻撃の姿勢に入る男。
ああ、やっぱり最後は真っ向勝負になるよな。
そう思いながらお互いに攻撃を加え合っていった。
――――――――――――――――――――
「・・・皆さん、大丈夫ですか?」
テネスは全員の安否を確認しながら二人の様子を見守っていた。
既に戦いは二人だけの世界、誰も入ることが許されない空気となった。
八霧も初めは何とかして介入しようとしていたが、
それをテネスが止めた形となった。
どうして、その言葉が聞こえてきそうな顔で返されたが、
テネスは毅然とした態度で『邪魔者』になるだけだと諭したのだった。
「我々が見ている戦いは既に別の次元のものですよ」
二人の攻撃がぶつかり合うたびに周りの空気が振動し、木々が倒れんばかりに動く。
回避され空振りした攻撃が空を切るたびに地面の一部が裂ける。
あの戦いを中心に周りのものがどんどん消滅していくのだ。
既に地面以外何も存在していないと言っていい。
「伝説上の竜騎士と・・・かつて存在していた破壊を司るもの。
相容れぬ存在同士、竜の守護者と災竜・・・戦うべくしてここにいる二人、ね」
「どちらが勝つにせよ、恐らくあの男・・・災竜は死ぬでしょう」
「え?」
「・・・既に彼の身体は戦いのみに捧げられている状態です。
この戦いが終わると同時に砕けて消失してもおかしくはありません」
先ほどから注意深く見ていたテネスはそういう。
腐りかけた場所を即座に修復しながら戦う彼の限界はそう遠くないと確信。
動き自体は変わりはないがその限界が近い事は端々から分かる状況になっている。
「もし、もしもトーマさんが負けることがあれば。
その時は私たちが全力で阻止しましょう」
「出来る、かしら?」
「その時にはかなり弱っているはず、勝つ確率は高くなっているかと」
そうは言ってもどれだけのことが出来るかは分からない。
少なくとも今よりは取れる行動が多いことは確かだ。
「駄目だよ、それじゃ」
「八霧君」
「トーマさんを見殺しにするならその時に妨害してでも助けようよ。
例え誰が死ぬことになろうとも、さ」
それはその場の総意でもあった。
全員がその言葉に頷いて返しているのがその証拠だ。
――――――――――――――――――――
「だぁぁぁ!!」
「ぬぅ!!」
何度目かの鍔迫り合いとそれを押し返す行為。
その度にお互いの武器が悲鳴を上げ、掠れた部分の鎧が弾ける。
奴の切り上げを盾で弾き、体当たりを喰らわせて体勢を崩す。
「これで」
槍をぶん回し、横腹に直撃させた。
そのまま身体を弾き飛ばし、地面に転がした。
「げふ・・・はは、ははは」
涎と共に息を大量に吐き出しながら男は立ち上がる。
身体はふらついていたが、その目からはまだ闘志は失われていない。
「はー・・・ふぅん!」
一つ、気合を入れる仕草を見せると両手が光り出した。
魔法か、或いは何かのスキルか。
それは腕を渦巻くようにまとわりつくと、
奴の身体に残っていた僅かばかりの防具を全て弾き飛ばした。
「これから見せるは我が最大最強の魔法。
身体を削いででも貴様を葬ってやろう」
「最強の魔法、か」
盾を構えるが、恐らくこれだけでは無駄だ。
腕にまとわりついているそれはこちらの脳の奥に響くようなものを放っている。
当たったら危険、いや死に直結するほどの威力を持った何か。
直感だが死を予感させる何かをそれは放っているのだ。
それを示すように渦巻いた魔力が辺りの空気を吸収し始める。
強風を巻き起こしながら腕が暴風で見えなくなるほどに。
構えているだけでは危険だ、ここは。
敢えて身を危険にさらし活路を開くだけ。
幸いチャージ中で他の行動は出来ないはずだ。
その行動をとる男に向かって一直線に走り出した。
「ほう、向かってくるか」
予想外でもない、そんな顔だ。
これも予期していた行動ということだ。
だったら対策も・・・!
「風よ!」
身体に纏わりつくように風がこちらへと吹く。
移動しようとした身体を阻むように突風が身体を襲ってきた。
「く、だがこの程度は」
風だけでは阻害にはなりはしない。
少なくても今のこの身体ならば。
纏わりつく風を強引に押しのけ、一歩力強く前進すると同時に身体を加速させる。
「喰らうがいい、我が全身全霊の奥義を!」
腕を最大まで伸ばし、男が構える。
同時に腕に纏っていた魔力が剥がれ、空間全体へと拡散した。
まるで蛇が空を泳いでいるように空間を移動しながらその魔力の塊は、
標的を見つけたようにこちらへと向かってきた。
「!」
触れたらマズイ、直感的にそう思った時には回避していた。
頬ギリギリを通っていたそれは、背後の空間を丸ごと消し去った。
「触れたもの全てを異空間へと持っていく、かつて存在した禁忌の魔法。
神すらも葬るその威力、身体で確かめるがいい!!」
近づくどころではなくなった。
これは頭を回避に切り替えなければ。
蛇は蛇行するもの、直進してくるものと様々な軌道を描いてこちらへ向かってくる。
「く・・・ならば」
向かってくる一匹に向かって盾を投げる。
読み通り盾を飲み込むように蛇ごと消滅した。
やはり、何かにぶつかれば消滅するようだ。
だが数が多い。
回避できるものは回避し、当たるものは対処せねば。
「ははは、その程度で我が奥義が終わりだと思うな」
男が再び構えて見せる。
両手に魔力を宿しながら。
「まずいな・・・!」
こちらは回避で忙しい、次の行動への対処が難しい状態だ。
何とかして蛇共を突破しながら妨害しなければ。
恐らく次が本命だろうからな。
「はぁぁぁ」
息を大きく吸って見せる男。
その瞬間周りの空気が急激に重くなるようなプレッシャーに襲われる。
何とか耐え、最後の蛇をナイフでかき消しながら体勢を整える。
だが、少し遅かったようだ。
男の周りには既に大量の魔力が集積されていた。
それこそ、奴を中心に世界の景色が歪むほどの量を。
びりびりとした空気を肌で感じる。
あれほどの量、真正面から貰えばひとたまりも無いだろう。
だが・・・同時に思うこともある。
それはあれだけの魔力を溜めた奴の身体の腐りが急速に進んでいる。
身を削って撃つ、その通りの行動ということか・・・。
「さあ、消えてなくなるがいい」
お互いを中心としてドーム状に紫色の膜のようなものが現れた。
「逃げ場はない、さあ喰らえ」
その言葉と共に男は両腕をクロスさせて構える。
来る、奴の攻撃が。
どうする、どう耐える?
多少たじろぎ足が地面を擦る。
すると、そこが段差になっていたのか体勢が崩れた。
「こんなところに穴・・・?」
どうやら今立っている部分は土が乾いて脆くなっているらしい。
・・・脆い?
そうだ、これなら何とかなるかも知れない。
そう思い立つと同時に行動を開始した。
読んで下さり、ありがとうございました。




