321話
身体に滾る力は時間と共に溢れ出すかの如くに体内でうねり始めた。
元が何であれ、これなら奴を倒せるかもしれない。
だが・・・。
(得体のしれないこの力、いつまで続くか分からないな)
把握しきれていないスキルほど怖いものはない。
いざという時に効力が切れてピンチ、などということにだってなりえるのだ。
「トーマ様、今ならば分かります。私と貴方は契約していたと」
「契約?」
ラティが何かを話し始めた。
契約と言ったが一体何を結んだというのか?
だが、契約・・・どこかで聞いた覚えがあるのだが・・・。
「初めてお会いし、触れ合った時に私たちは竜の契約をしていたのです。
私が倒れあの時は何が何だか分からなかったのですが・・・。
こうして血が覚醒した今、はっきりわかりました」
あの時・・・あの時は。
ああ、そうだ。
確かに頭の中に響く声で契約がなんだとか掠れた声が聞こえた。
いや、まさかその時の事が今、ここで?
「そして、血が教えてくれました。
災竜、貴方を完全に消滅させる方法が」
「ぬ・・・なんだと?」
意外な言葉を聞いたとでも言いたいような顔だ。
多少の驚きを見せたが、すぐにいつも通りの余裕そうな不遜な顔を見せる。
「ここまで追いつめられて尚、ハッタリをかます余裕があるとはな」
「ハッタリかどうか、私の目を見ればわかります」
「・・・目」
言われるままにラティの目を見る男。
始めは付き合ってやろう、という余裕を見せていたその顔が次第に曇る。
眉間にしわを寄せ険しい顔を露わにした。
「なんだ、なんだその目は」
と、思えば今度は焦りだした。
まるで天敵に見つかった獲物のように怯えた表情を見せる。
「貴方は、完全な進化を手に入れました。
同時に死も手に入れたのです」
「馬鹿な、この完全な身体に死など存在するはずがない。
死を超越し全てをねじ伏せる力を手に入れた完全体。
欠点など・・・!」
「いえ・・・それは欠点ではありません」
ラティは小さく首を横に振ると、穏やかな表情で話し始める。
「生の後ろには死があります。同時に存在し、そして離すことのできない存在。
貴方は生き残る力を手に入れると同時に死をも身体に取り込んだ存在です」
「何・・・!?いや、そんなはずがあるまい!この身体は」
腕を掲げ、ラティを殴ろうと構える男。
だが上げたその腕が震えている。
「な・・・?」
自身の腕を見る男。
腕は高く掲げたその状態のまま腐り始めていた。
「馬鹿な、再生が」
腕はそのまま砂のように崩れていく。
丁度二の腕が消える形で男の手が無くなっていた。
「く・・・うぉぉぉ!」
だが、力を籠めるように構えると再び手が生えるように再生する。
「貴方の身体は既に死に近づいているのです」
再生が限界にきているのか?いや・・・。
「再生のし過ぎでガタが来ているってことでいいか?」
「大方、その通りだと思いますトーマ様」
なるほど、それなら理解できた。
奴の身体は幾度となく再生を繰り返した。
何度も何度も致死のダメージを乗り越えて再生した。
結果、奴の身体はその再生に耐えきれないほどの反動を背負ったのだろう。
なら、このまま押し切ってしまえば勝てる。
再生の果てまで攻撃を続ければいいだけだ。
そうすれば奴の方から自壊するだけ。
「そうか、これが死に往くということか」
「何?」
一瞬だけだったが男の目が変わった気がした。
だが、ほんの刹那の話で次にはいつもの目線に変わる。
「ならばその前に全てを破壊し尽くせばよい、この世界を崩壊させて死ぬだけのこと」
男の目はこちらを射抜くように睨みつけてきた。
その眼光からは覚悟のようなものが垣間見えるような気がする。
死を覚悟、いや上位に立っていた自分を死地へと落としたのだろう。
俺達はずっとそうだったがあいつはずっと違っていた。
常に上から死を降り注ぐ死神のような存在。
だが、その男は今自分の意志で同じ土俵に降りてきた。
自らの死とやるべきことを抱えて目の前に立っているのだ。
「・・・ラティ、下がっていろ」
「私も戦います、この身体ならばなんとか」
「いや、これは俺と奴の最後の戦いだ。
文字通り命を懸けた最後の、な」
その言葉を汲んだのか、ラティは素直に下がってくれた。
さあ、こいつとの最後の決戦だ。
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お互い、交わす言葉はない。
いつもなら不遜な顔を見せる奴も、真剣な目線をこちらへ向けている。
「・・・」
「・・・」
ゆっくりと、足を地面に擦りながらお互いに近づいていく。
そして腕を伸ばせば当たる距離にまで接近した。
「我は全てを滅ぼす為に生まれた」
「・・・そうか」
「お前はなぜ戦う」
「約束した、それに・・・仲間のいる場所を守りたいだけだ」
「そうか」
馬鹿にしたような顔はしていない。
むしろ、穏やかにも見える顔だ。
今までにない反応に少し面食らう。
てっきり子馬鹿にして鼻で笑うと思っていたのに。
だが、相変わらず態度自体は不遜に見える。
「ならば、その考えごと叩き砕く」
「やれるものならな」
お互いの拳が一瞬だけ触れる。
それが開始の合図となった。
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二人の戦いが繰り広げられている最中、戦場の外縁では傭兵達が動いていた。
無事であるものの救助や、残る魔物の討伐を行い部隊を再編している。
「・・・ドノヴァ、お互いに生き残ってしまったな」
「今度こそ死ねるかと思ったが」
片腕に深い傷を負ったジーラスはその手を庇いながら切り株に座っていた。
その横にはヘルムを取り、負傷した右目の治療をしているドノヴァもいる。
「まあ、まだ終わっていない。死ぬかもしれないが、死なないかもしれない」
「それはどっちだ」
腕に添え木を付けながらジーラスはその顔に苦笑を見せた。
ギチギチと音を立て、しっかりとそれを付けると立ち上がる。
「他の奴を助けに行くのか」
「ああ・・・まだ生きている兵士もいる。
動ける奴を集めていざという時に備えるのさ」
「・・・」
ドノヴァもその言葉に頷き怪我をした目に白い布を巻く。
眼帯のようにすると具合を確かめてジーラスの隣に立った。
「レンドガは既に使い物にならないからな。フェイは?」
「見てないな・・・死体も確認してないからどこかにいると思うが」
御前試合出場者は今のところ死者は出ていない。
幸運というべきか、それとも悪運が強いのか。
或いは確認が出来てないだけで死んだ者もいるかもしれないが。
とは言っても、レンドガは既に戦闘不能。
命に別状はないが戦うことは既に不可能な状態だ。
「今までで一番死に近い戦場だったが、こうしてまだ生きている。
前は戦場で死ぬことが本望だと思っていたが」
「ドノヴァ?」
「・・・今は違う、化け物という本当の恐怖にあってしまった。
まだ生きていたい、そう思うようになったな」
「ははは・・・戦闘狂ような君でもそうなるか。
まあ、あの化け物を前にすれば誰だって」
ふと思い出し、手が震える。
よく、あの中でこんな些細な怪我だけで済んだものだ。
骨折はしているだろうが、それも小さく見えるほどの死が迫る戦闘だった。
数多の戦場を駆け抜けてきたはずが、今になって震えが来る。
「ジーラス」
「あ、ああ・・・大丈夫だ、使い物になるようにする。
こんなところで何も出来ずに朽ちるのは嫌だからね」
震える手を叩き、更に頬を叩く。
大丈夫と自身に言い聞かせ、ジーラスは胸に手を置いた。
「ふう・・・大丈夫だ、さあ準備を―――」
武器を手に取ろうと屈んだ瞬間、何か気配のようなものが頭によぎる。
持とうとしたその動作を中断し、気配を探るように辺りを探るよう見回すジーラス。
それは隣にいたドノヴァもそうだったようで首を傾げて周りを見ていた。
「ドノヴァ」
「ああ・・・何だろうか」
分からない。
が・・・この気配は悪いものではない。
状況が好転しているような、そんな予感なのだ。
読んで下さり、ありがとうございました。
次回更新は2週間後になります。




