319話
自分が何をしているのかが分からない。
ただ、漠然と襲い掛かる不安感を払拭するために腕を動かしていた。
自身は圧倒的な強さを手に入れた。
誰も殺せぬ、滅ぼせぬ存在になった。
だというのに、そうだというのにだ。
なぜ、目の前の女の目はこうも心をざわつかせる。
まるで死神の目、凝視されると死を予感させるようなその目。
心を押しつぶそうとするその不安感を払拭するかのように首を絞める手に力を籠める。
「こいつ!手を放せ!!」
先ほど吹き飛ばしたはずの男はもう立ち上がって攻撃を仕掛けてきていた。
相変わらず、諦めが悪い。
ならばこうすればどうだ。
「近づくな、それ以上近づくならばこの娘の首をへし折るぞ」
「な・・・」
その言葉に歩みが止まった。
やれやれ、本当に人間というのは脆いものだ。
こんなことをした瞬間に何も出来なくなる。
試しによく見えるようにラティリーズの身体を動かし、軽く首を絞めてやった。
「う、ぁ・・・」
僅かな息、そしてそれに乗せられるように呻き声が漏れた。
息が出来ないほど締めているわけではないが、相当に苦しいだろう。
そして、そんな姿を見たら先ほどまでの不安感は嘘の様に吹き飛んだ。
やはり・・・何か気のせいだったのだろう。
こんな脆弱な存在が自分を殺しうるはずがない。
「ふん・・・自分が死ぬかこいつが死ぬか時間の問題だというのに。
見捨てて攻撃するということも出来ぬあたりいかにも人間らしいと言えるな」
さて、どうしてやろうか。
目の前で何も出来ずにこちらを睨んでいるだけの男。
多少そこから離れて様子を静観する生き残り達。
我が子を心配そうに見つめる母親。
そうだな・・・。
「トーマ、貴様だ、貴様。武器を下ろしてこちらまで来い」
そういうと、トーマは一瞬ためらうような表情を見せるが。
武器を少し下げこちらを睨みながら呟くように言葉を放った。
「そうすれば、放すのか?」
「さあな、だが」
一瞬だけ手に力を入れる。
「ぁ・・・!」
窒息はさせない、それでは面白くない。
これから、まだ面白くなるのだからな。
「く・・・!分かった!そちらに行く」
「トーマさん!」
仕方がない、そう吐き捨てながらこちらへと近づいてきた。
さあ、来るがいい。
「これで、いいか?」
目と鼻の先、丁度大人二人分離れた位置といった所か。
槍の穂先は地面を向いている、注文通りに。
「ああ・・・いいぞ」
目の前、丁度二人の間に入るようにラティリーズの身体を動かす。
視線がその身体で完全に隠れると同時に、剣を構えた。
「はははは!!」
そのまま、背中越しに。
ラティリーズごと奴の身体を貫いた。
「え・・・?」
「な!ぐぅ!?」
剣は二人を貫き、感触と共に持ち手に血が滴ってくる。
そのまま力尽くで押し出し、根元まで突き刺した。
「ははははは!助けるとでも思うか?死ぬ順番が変わるだけと言ったろう」
武器を手放し、剣という串に刺された二人の身体を蹴る。
力無く二人の身体は壁まで飛んでいき、壁にもたれるような体勢で安定した。
「ラティ!?」
「リルフェア様いけません!」
テネスと言われた男がリルフェアを手で制止している。
やはり母親、子を傷つけられれば辛抱できないか。
それがいかに愚かしい行為に及ぼうとしても、だ。
今動けば殺されると分かっていても子を守ろうとする。
立場など関係ない、それが親子の絆というものだろう。
実にくだらない感情だ・・・自らを殺すことになるというのに。
「さて、次はリルフェア・・・貴様だ」
もう、行動を抑えられる存在はいない。
観念しろリルフェア。
――――――――――――――――――――
「畜生・・・くそ」
人質ごと攻撃するとは・・・。
奴の性格からしてラティをその手に握ったまま俺を甚振るかと思っていたが。
二人一気に貫かれたため、俺の胸の中にすっぽり嵌るようにラティがいる。
胸を貫いている剣は俺の脇腹に刺さり、鎧を貫通して背中まで抜けきっていた。
こっちは大丈夫だが、ラティは心配だ。
「大丈夫か、ラティ?」
「・・・だ、大丈夫です・・・痛みはそこまでではない、です」
だが、顔は苦しそうだ。
さっさと抜いてやりたいところだが、出血がひどくなる可能性もある。
「どうにかして、剣を」
刺さっている剣に手を掛けどうにか動かないと思案していると、
触っている部分がぐにゃりと曲がり、かと思えば消滅した。
「ああ、そうかこの剣は確か」
奴が作り出した剣だ。
手から離れれば自然に消滅してもおかしくは無い。
「あう・・・!」
支えられていたものが無くなり、完全にラティの身体は胸に寄り掛かる。
塞いでいた剣という物が消失し、傷口から出血を増えていく。
その血が身体にかかり、まずい状況だということを知らせてきた。
「大丈夫か!?」
「・・・身体が熱くて、焼けそうで・・・」
確かにラティの身体は熱くなっていた、燃えるかのように。
尋常ではないほどの熱さだった。
出血して一時的に体温が上昇することはあるだろう。
身体が傷口を塞ごうと新陳代謝を高める結果での事だが。
・・・だが、そう考えてもこの温度は異常だ。
まさか剣に毒でも塗っていたか?奴の事ならあり得る。
そうならば、毒消しの薬を使った方がいいだろう。
道具袋に手を伸ばして薬を取ろうとするが、
その行動を制止するようにラティの手が伸びる。
「トーマ様、私」
「何だ?今薬を使ってやるから」
「違います、血が・・・血が」
「傷口もポーションで何とかなる、安心し―――」
強引に道具袋に手を突っ込んだ瞬間、
腕を掴んでいたラティの手から熱気を感じた。
それも、火傷するくらいの温度。
実際、掴まれたその腕からは湯気のようなものが立っている。
先ほど感じた熱以上の温度が身体へと伝わってきた。
同時に風のようなものが周りに吹き始めた。
ラティの身体全体から熱風が吹き荒れるように巻き起こっている。
「ぬ・・・?」
異変に気付いたか、男がこちらに目を向けてくる。
その様子に一瞬目を見開き、瞬時にこちらへ駆けてきた。
「貴様、まだ生きて・・・!いや、その力は!!」
手刀の形を作り、その手で串刺しにせんと構える男。
それを阻止するために痛む身体を押して立ち上がるが、それは無意味に終わった。
背後から爆炎を乗せた衝撃波が身体を吹き飛ばす。
男もそれに巻き込まれる形で体勢を崩していた。
「何・・・!?」
「リルフェアさん!伏せて!」
八霧の声が聞こえる。
だが、それも一瞬で轟音と共に全ての音が消失していった。
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身体がとても熱い、焼けるようなその感覚は全身を包んでいく。
まるで全てを溶かすような熱。
肌を焦がし、精神を焦がすような。
だが、なぜか。
それを痛いとは思わなかった。
燃やされているのに、何も感じない。
いや・・・。
内に眠る何かが起きようとしている。
それを開放する時が、来た。
「・・・貴様、貴様は」
「ラティ、貴方・・・そんな、まさか。
我々は既に竜になることが不可能なはずなのに。
なのに・・・それは」
母が何かを言っている。
そうだ、竜になれない、私たちは。
何世にも渡る血の引継ぎで竜の血は薄れて久しい。
変身する能力など何代前に途絶えたのか、それも分からない。
それは、教わっていた。
私もなる力は既に失っていると。
「ちぃ・・・!最後の最後まで竜が邪魔をするか!!
この不安はそこから来ていたのだな!」
竜・・・私が?
私は、竜に成れない。
血を継いでいるだけの存在のはず。
「?」
おもむろに手を見た。
五本の指が見える、いつも通りの形。
だが、その皮膚には鱗のようなものが生えていた。
まるで爬虫類のような、緑色の鱗が。
「私、一体・・・?」
読んで下さり、ありがとうございました。




