312話
全ての残存兵はその時を待っていた。
突撃の号令と共に最後の攻勢が始まる。
「・・・どうなると思うよ、お前」
「さぁな、分かったところで結末は分かり切ってるけどな」
普段扱っている武器ではない、支給された武器を握り直す二人。
まだ違和感があるようで、グリップ具合を調整しているようだ。
「いい武器は貰ったが、果たして通るか」
傭兵風の男は、先の戦いでボロボロになった鎧の裾を千切りながら呟く。
その様子に苦笑で返す兵士。
彼もまた、返り血と自分の血で鎧は赤く汚れていた。
「やるしかないさ、怖いけどな」
二人は意を決した表情で男を睨む。
眠りこけているように見えるそいつは、この世界の敵だ。
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「・・・」
「・・・」
男が起きる気配がない。
兵士達でぐるりと囲んでいる状態になってはいる。
だが、それでも寝ているということは気配に気づいていないか・・・或いは。
「意に介さない、か」
「我々などゴミクズ同然とでも思っているのだろう、八霧君」
「・・・こっちからアクションを起こして、覚醒させてみる?」
「ううむ」
どちらにせよ起きてもらわねば戦えやしない。
ならば、こちらから叩き起こしてやるか。
「分かった、何とか起こしてみよう」
「こっちも準備を進めておくよ」
ゼロームの最終兵器とやらも工夫次第で使えるハズ。
驚かせるくらいはやってやる。
そう思い、行動を起こそうと身体を動かす。
すると近くで片膝をつきながら武器の整備をしていたゼフィラスが目に入った。
「ゼフィラス殿。兵士の士気はいかほどか?」
剣を鞘に納めると、目線をこちらへと向ける。
多少疲れの色が見えるが、未だ光の籠った瞳をしていた。
「芳しくは無い、諦めて逃げ出す兵士がいないのが奇跡に近いな」
「そうか・・・戦わずして終わることになるやも知れん状況だ。
逃げたとしても罰してくれるなよ?」
「罰する前に世界が滅ぶだろう?・・・何も言わんさ」
遠くで重そうな物資を運ぶ兵士を見るゼフィラス。
「しかし、トーマ殿を失った以上奴を倒す方法が無くなった。
・・・このやせ我慢、空元気もいつまで続くか」
「世界を壊す存在、それに反抗する人間。
本来ならば成すすべなく崩壊するはずの世界が別世界のものによって阻まれた。
我々が来た理由は世界の延命の為だったのかも知れんな」
「?」
「いや、何でもない」
首を横に振る。
結果論でしかない事を言っても仕方がない。
今は寝ている奴に起きてもらわねばな。
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準備完了の知らせが来たのは昼を過ぎた頃合い。
丁度最後の食事になるであろう簡易食糧を全員が食べ終わったころだった。
「リルフェア様から、魔法の準備も完了しているとのこと。
この水晶を投げた位置に発動させる仕掛けになっていると聞かされております」
手のひらサイズの水晶、それを兵士が持ってきた。
「ああ、分かった。私が預かっておくぞ」
Gはそれを懐へとしまう。
その様子を見届けた兵士は一礼すると持ち場へ戻っていった。
「よし、作戦通り開始する。まずは奴を起こすためにラッパを慣らす。
それも大音量のものをな」
ラッパを構えた兵士達が一列に並んでいる。
その前には魔法部隊の一部が展開、音を増幅する魔法を唱える手はずになっている。
「覚醒と同時に奴に対して最大火力を見舞う。
出し惜しみは無しだ、各々全力で事にあたってくれ」
既に陣を整えていた魔法部隊、その前に陣取る傭兵と兵士の連合体。
聖堂騎士と選抜された精鋭少数がその対面から攻める。
挟撃に近い形で奴を攻める形となるだろう。
「Gさん、僕たちはどうするの?」
「第二陣だ、攻撃がひとしきり終わった後に波状攻撃として攻めるぞ。
恐らく奴が攻撃を仕掛けるタイミングでの突入になる、気を引き締めてかかろう」
軍配代わりの指揮棒を振り上げる。
「攻撃開始、魔法部隊行動を開始せよ!」
Gの号令と同時に最後の攻撃が始まった。
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夢の中にいた。
そう、それは全てが滅んで平面になった世界。
自分が望んだ世界。
壊した後に残る、全てが全て亡くなった世界。
「・・・」
空しさなどない、虚無などではない。
ただ、達成感だけが心を支配している。
そうだ、これは夢の中の話だ。
さっさと現実にしなくてはいけない。
最後の仕上げ、その為に目を開ける。
目の前にはこちらに迫る数多の魔法と、戦士達。
絶望せずに突き進んで来る、力ない者たちの姿だった。
もう何も思うことは無い。
壊してさっさと終わらせよう。
迫る魔法を腕を振り払ってかき消し、迫る兵士達へと指を向ける。
後方から男の声がする、Gという奴だったか。
未だ生きて噛みついてくるとは・・・。
だが、遅い。
既に攻撃は・・・。
「む・・・?」
上から、何か音が聞こえた。
些細なものだったが、その音にはなにか。
苛立ちを覚える何かを含んでいた。
「貴様、どうやって・・・?」
見知った顔、殺した奴の顔が上空からこちらへと向かってくる。
その手には槍、突き立てながら真っすぐにこっちへと。
身体をその場から逸らすと同時に槍が地面へと深く突き立てられた。
その衝撃で周りの地面を抉りながら。
「生き返ったか、蘇生魔法か?」
飛んでくる土塊を払いながらそう聞く。
降ってきた男、トーマは槍を引き抜きながらその穂先をこちらへと向けてきた。
「違うな、違う。お前ともう一度戦うために上から戻っただけだ」
「上・・・そうか、彼の地へといったか。神は死んでいたか?」
「その答えは自分で見に行け、行けるならな」
槍を構えたその姿からは青白いオーラのようなものが沸き立っていた。
・・・面白い、それでこそ壊しがいがある。
攻撃しようと手を構え、体内の魔力を操る。
そのときだ。
「おっと、悪いがまずはこっちの相手をしてもらうよ?」
「何?」
声の方向へと振り向こうとすると、
目線がとらえる前に身体を一閃する衝撃に襲われる。
胴体を見れば、脇腹が切り裂かれていた。
「宵闇さん、来たのか?」
「ああ、数分しか持たないけどな?
・・・それに、トーマの身体も万全じゃないだろう?」
「・・・」
「それまでは俺が相手しよう、不足ないだろ?」
切り裂かれた腹から血が滴る。
ああ・・・この斬られた感覚と、この男の調子。
奴は。
「宵闇ぃ!!また貴様か!!」
かつて自分を遮った男。
そいつが目の前に立っている。
間違いない、こいつはあの時の男で絶対に間違いがない。
「覚えていてくれて光栄だな、千年以上前に一度戦ったきりだっていうのに」
宵闇は持っている剣を器用に手元でくるくると回して見せる。
「貴様のおかげで長い間眠ることになったのだ、忘れるはずがあるまい」
眠りにつく間、何度この手で引き裂いてやろうと思ったことか。
現実で殺せればどれだけ気が済んだことか。
「ならばこの場で二人共完全に消滅させるだけだ・・・!」
体内をめぐる魔力が唸る。
目の前の存在を消せと何度も、何度も語り掛けるように。
読んで下さり、ありがとうございました。




