30話
12回戦の開始の合図の前。
僕は相手の様子を伺っていた。
前情報だと、そこまで強い人はいない。
ただ、一人・・・気になる人がいる。
今、控室の中で自分の武器を磨いている老人だ。
武器は短刀だが、その身振りが気になる。
茶色のローブで全身を包んだ、盗賊のような恰好。
そして、そのローブの後ろに一瞬見えたもの。
彼も、僕と同じように薬品を使う戦いをするのだろうか?
緑色の液体が入った、瓶を隠すように持っていた。
「12回戦が始まります、入場を!」
審判の一人がそう叫ぶように言う。
僕の番か・・・ちょっと、緊張してきたな。
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先ほどの戦いと同じように、全員が円状に並ぶ。
すると、隣に立っている魔法使いが声を掛けてきた。
「・・・私より、若い子も参加するのか」
顔を見ると、大人の若い女性だ。
情報だと・・・確か、田舎から上京してきたばかりの女性。
王宮お抱えの魔法使い「王宮魔法士」を目指している人だった、はず。
・・・人づての話だから、確証は持てないな。
「年相応とは思わない方がいいよ、お姉さん」
「そう?」
「うん、足元・・・掬われるよ?」
誰でもそうだ。
油断すれば、足元を掬われて痛い目を見る。
それは戦闘職、補助職でも同じ事だ。
「・・・では、12回戦・・・始め!」
審判のその声と共に、闘技場に緊張が走る。
10回戦や11回戦と違い、すぐには戦いが始まらなかった。
お互いがお互いを牽制しあっている。
手を出せば、他の者に出し抜かれる・・・その考えが、場の硬直を生み出した。
しばらく、全員が睨みあうだけの時間が過ぎる。
「・・・ひひ」
だが、その緊張は先ほどの老人によって打ち破られた。
懐から取り出した、瓶を地面に投げる老人。
同時に、緑色の煙が会場を包み始める。
(毒・・・?)
錬金術師の装備の一つ、『術師の布』を口元に巻く。
錬金術で薬品を作製する最中に失敗する時がある。
その時に、毒などにかからない様にするためのマスクのようなものだ。
「げほ・・・!何よこれ・・・!」
隣にいた女性が、それをそのまま吸い込んでしまう。
その瞬間から、女性の様子が変わる。
「・・・な、これ・・・なん・・・?」
全身が痙攣し、身体に力が入らないのか、フラフラしだした。
そして、力なくその場に倒れる女性。
・・・やっぱり、毒だ。
「・・・」
懐から、ある紙を取り出しその煙に触れさせる。
色が変わった紙に、赤い薬品を掛ける。
「効果は・・・神経毒に近いけど、EOSには無い毒だな」
赤い薬品は、鑑定薬というものだ。
これを特定の紙に掛けると、その紙に付着した成分が分かる。
EOSでは、解毒薬を作る際にはその毒に対応した薬が必要になる。
だから、未知の毒に関してはこうやって成分を分析して作る。
それに・・・プレイヤーが独自で毒を作ることも可能だ。
毒消し薬は、それほど万能じゃない。
サソリの毒ならその解毒薬が必要だし、ラミアの毒なら別の解毒薬になる。
まあ、EOSでは毒は自然に回復するのでそこまで厄介な状態異常じゃないけど。
「あの人、観客まで巻き込むつもりで」
煙が風に舞い、観覧席近くまで飛んでいる。
その煙を呆けて皆見ていたが、近づいて来ると話は別。
一人が慌てて逃げだすと、他の人も続くように逃げだした。
・・・観覧席が騒然としだした。
「・・・」
闘技場を見渡すと、僕と老人以外は倒れていた。
神経毒をもろに吸い込んだんだ、当然か。
皆、息をしているので死んだわけじゃなさそうだ。
「ひひ・・・?なんじゃ、掛かっておらんのか」
残念そうに僕を見る老人。
その顔は、とても歪んで見える。
「下衆な毒にやられるほど、僕はやわじゃないよ」
そう言って、老人と相対する。
薬品は使い方を間違えれば毒にしかならない。
それも、大多数を巻き込むほどの。
・・・彼がやったのはそれだ。
考え無しで、こんな毒をばら撒いた。
結果は・・・観覧席に出る被害。
無関係な人を巻き込んでいい訳がない。
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緑色の煙が広がった瞬間に、7号と眠る神威を脇に抱え、
煙の無い場所まで跳躍した。
ほぼ、真反対の観覧席に飛び込んだ。
「わ!」
着地と同時に7号が声を上げた。
許可も取らずに抱えたんだ、びっくりしたか。
二人を下ろし、神威を席に寝かせる。
7号は、煙を見て驚いていた。
「一体、これって・・・」
「毒の煙だな・・・まさか、観覧席にまで届くとは」
お陰で、会場は騒然となっている。
逃げ惑う人や、それを鎮めようとする人で、ギャーギャー騒いでいる。
闘技場内の八霧と、毒を撒いた老人を見る。
あの二人以外は、毒で倒れたようだ。
・・・審判も、救護班も避難している。
倒れた奴らが心配になるが・・・今はそれどころじゃないな。
「八霧さん、大丈夫なんですか?」
「錬金術師には状態耐性がある。
あの程度の毒なら大丈夫のはずだが・・・」
闘技場内の八霧にも、余裕が見える。
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目の前の老人はニヤニヤと笑いながら、懐から大量の瓶を取り出す。
「毒師の末裔、『パラウ』の毒を下衆とは」
そう言った老人が瓶をこちらに投げてくる。
放物線を描くが、僕に届く前に全て地面にぶつかり、割れる。
割れた位置から、灰色の煙が立ち上がった。
煙が目の前の視界を遮る。
「毒・・・違う、これは」
煙幕だ。
そう感じた瞬間に、その場から飛び退いた。
同時に、先ほどまで体のあった場所に飛んでくる瓶。
僕の遥か後ろで割れる音が聞こえると、誰かの悲鳴が響いた。
「あ、ぐぁ・・・これ、なんだ!」
後ろに振り向くと、審判に瓶がぶつかり、液体を被っていた。
その身体からは白い煙が上がっている。
よろよろと数歩、足が動くとその場に倒れ込んだ。
「溶解液・・・?」
彼の皮膚を溶かしながら、液体が全体に広がっている。
持っていた棒に中和剤を取り付け、彼に向かって噴霧する。
効くといいけど・・・。
彼の身体を濡らすように、噴霧される中和剤。
溶解液の反応を見るに、中和はされているようだ。
倒れている男性の皮膚は赤くなっているが、溶解液の溶かす反応は消えている。
良かった、助けられたみたいだ。
「ほう、『沼の毒』を中和するとは・・・わしの知らない薬があるようじゃ」
晴れた煙幕から、パラウの姿が見える。
・・・顔はにやけていた。
「知らない・・・?」
彼は、解毒法も分からない毒を・・・他人に使ったのか?
じゃあ、僕が中和剤を使わなかったら彼は、そのまま死んでいた。
・・・。
「毒使い・・・なら、その毒がどれだけ苦しいかわかるはず。
なのに、解毒法も知らずに・・・お前は・・・!」
握った拳に力が入る。
錬金術師として、薬を扱うものとして。
こんな、下衆な奴は・・・許せない。
棒から中和剤の瓶を外し、ある瓶を装着させる。
装着すると同時に、逆端から白い靄のような煙が出始める。
白い煙は、液体窒素を外気に晒した時の白煙のように地面を這い始める。
「この煙は・・・致死毒だよ」
「ひひひ・・・毒師のわしに、毒で挑むか」
パラウはそう笑うが。
白煙が彼を包み始めると、その表情が徐々に変わる。
「ひ・・・ひひ?あ・・・が、げほ・・・!」
せき込み、その場に膝を落とした。
そして、地面に手を突き、何度も咳をする。
「な、何故・・・毒師のわしが・・・!」
「未知の毒には、いくら耐性を上げても抗えないものだよ?
新種の毒に既存の薬品が効かないのと同じで、ね」
「な、何・・・?」
僕の放った毒で、彼の全身からは汗が噴き出ている。
口からは涎が垂れ、苦しそうに見える。
「解毒薬はあるよ、どうする?」
「・・・貴様、ふざけるな・・・毒師のわしを・・・このパラウを」
こっちに手を伸ばすが、その手は僕に届く前に・・・地面に伏した。
気絶したようだ。
杖から瓶を外す。
「ごめん、嘘ついたよ。それは・・・死なない毒なんだ」
相手を体調不良にして、失神させるだけの毒。
僕のオリジナルで作った毒の一つだ。
パラウが気絶すると同時に、撒いた毒の煙も晴れ始める。
「・・・審判さん、早く皆の治療を!」
「え、あ・・・勝者、八霧!救護班!早く治療を!」
勝利宣言と共に、救護班へそう叫ぶ審判。
僕の勝ち・・・か。
なんだか、納得のいかない試合だった。
読んで下さり、ありがとうございました。




