289話
「そう、集めたのね」
「は・・・方々の伝手を使って集めたと。
掛った金額は、目を背けたくなるくらいですが」
蘇生魔法に関して言えば僅か一日で材料が集まった。
正確に言えば数点足りないものもあったが、時間を考えれば贅沢な悩みだ。
準備も昼までにはほぼ完璧に終わり、後は発動させるだけ。
リルフェアにそれを報告した兵士は大きく一礼するとその場を後にした。
「リルフェア様・・・いかがなさいますか?」
「ここまでしてキャンセルは無いでしょう?やるだけよ」
皆が一丸となり準備したのだ。
「正午過ぎ、一番に始めるわ。
・・・魔物が動き出す可能性もあるから出来るだけ早く準備をしなさい」
「はは!」
複数の側近たちがその場を小走りで後にした。
「どうなりますかな・・・」
「不安そうな顔をしないで頂戴、私たちは自信満々の顔をしていればいいの。
兵も不安がるし何もいい事なんてないわよ」
そう言って、リルフェアは軽く首を横に振った。
自分もまた不安は抱えている。
だが、それを顔に出せば軍全体に悪い影響となり現れるだろう。
だからトップは余裕の顔をした方がいい。
そう思って顔を少し緩ませた。
「大丈夫、大丈夫よ。何とかなるわ」
――――――――――――――――――――
大方の予想通り魔物が暴れながらこちらの陣へと攻め込んできた。
恐らく後方の魔法陣から洩れる魔力に惹かれてきたのだろう。
だが、それは予想済み。
既に魔物とこちらの陣営の間に罠を仕掛けていた。
「それでは・・・やるかのぉ」
敵との間の地面に埋没させた壺、数にして数百。
蓋をされているそれは口を上にして地面の中にあった。
中身はブロギン手製と言えば分かるだろう。
敵の一団が第一ラインを抜けて突っ込んで来る。
その数は数千に及んでおり、最前線で盾を構えている一般兵達を怯えさせていた。
「下がるのはまだだよ、まだ」
八霧がそう兵士に言い放つ。
その声色は冷静そのもので、言われた兵士も恐慌状態を脱する。
「だ、大丈夫なんですよね?ね?」
「策はなってるから、後は」
第二ラインに魔物が足を踏み入れる。
敵後方の半数以上が第一ラインを踏破していた。
「そろそろかな」
第三ライン、はこちらから数十メートルのところにひかれている。
つまり・・・目と鼻の先。
ラインのひかれたそこに、一番槍を決め込もうとする魔物の足が置かれた。
「では、御覧じろ」
ブロギンが杖を高く掲げる。
すると、地面に埋まる全ての壺の蓋が外れた。
いかにも身体に悪そうな、紫色の煙を放ちながら。
「・・・!」
戦闘に立っていた魔物がそれを吸い込むと、はじめはむせ返っていたが。
やがて膝を折るように倒れると、目から血を流しながら吐血し倒れ伏した。
致死性の毒、それも即効性が高い。
ブロギンが覚えていた範囲は広いが弱毒性の毒に対して、
八霧が手を加えて作った強毒性を持ったもの。
それが今、目の前で魔物たちを包んでいた。
強引に霧状になった毒の中を突破する者もあらわれるが、
今にも倒れそうな顔色をしている。
それが示すとおりに数歩歩いただけで膝から身体を崩して倒れた。
「おおぅ・・・これは予想以上じゃな」
頭に思い描いた以上の惨状にブロギンはそう呟いていた。
確かに、と予想以上の威力を見せた毒に対して八霧も思案顔を見せる。
(確かに・・・強い毒にしたわけだけど、それにしても強すぎる。
魔物は人間以上に毒に対する耐性は強いしその分強力にしたけど、これは)
だとしても効きすぎだ。
予想なら死にまでに数分と掛かるはず。
それが吸い込んだ瞬間に吐血する魔物がちらほらと見えた。
「元は人間を使った魔物、耐性も人間程度なのかもしれぬな」
「なるほど」
確かにそう考えれば合点は行く。
既にこちらから攻撃を加えずとも全滅に近い状態になっている魔物の群れ。
その有様を見ながら、八霧は次の策の準備を始めた。
既に蘇生魔法は始まっている。
後は・・・彼らに任せるだけだ。
――――――――――――――――――――
「急げ!魔物の部隊が壊滅したからと言って時間が伸びただけに過ぎない!
予定通り蘇生を・・・おい、貴様!持ち場を離れるな!!」
マニュアルが書かれた書類をバインダーのようなものに挟み、
それを眺めながら指示を出す男。
「前線は未だに苦戦を強いられている!我々はそれに報いるために急ぐのだ!」
口だけではなく、的確に指示を出すお陰で準備はスムーズに進む。
予定時刻ギリギリで、ようやくそれは成った。
「では、頼みます」
中央に立っていた男が、マニュアルを老人に手渡す。
「ふむ・・・さて」
ここまで生きてきてこれだけの大魔法に立ち会ったことは無い。
いや、存在すら怪しいものだと考えていた魔法なのだ、それも当然か。
「皆、気を張れ」
人差し指を立てると、地面に文字を描き始める。
複雑な文様を描き、最後に手のひらを押し当てた。
「・・・」
これで、作動するはず。
しかし思った通りのアクションを見せなかった。
本来ならば魔法陣全体が光り淡いオーブのようなものが大量に浮く、はず。
あの魔法書にはそう書いてあった。
だが、地面に描かれた魔法陣は一切の反応を示していない。
そのまま数秒、数十秒と過ぎ外側で様子を見ていた護衛兵たちがざわつき始める。
失敗か?何か足りないのでは?そもそも、こんなものが実在するのか?
色々な声が小声で飛び交い始めた。
「し、師匠?」
「黙っておれ」
手のひらを地面に当てている老人は額に汗を掻きながらその姿勢を続けていた。
尋常ではない、弟子はそう思い彼のいう通りに押し黙った。
それから数分、何も動きの無いままに時が過ぎる。
真ん中で座り込んでいる額に汗を掻く老人以外に変化はない。
流石に焦れ始めたか、護衛する兵士と周りの弟子たちも小声でささやく。
「無理か・・・?」
「反応がないぞ・・・」
「やっぱり、ダメなのか・・・ここまで準備して」
声にもならないような小さなささやきが辺りから響き始めている。
その様子に老人は眉を一度ひそめる。
が、目の前のことに再び集中した。
彼を襲うものの正体。
それは莫大ともいえる魔力と魔法陣を展開するための情報だった。
それが一気に頭の中に駆け巡り彼の頭をパンクさせようとしている。
だが、今まで様々な経験をしていた老人はそれを逐次処理。
発動させるために再構成を頭の中で行っていた。
(何という魔法だ、これほどのものがこの世に存在しておるとは。
だが、もう少し、もう少しなのだ・・・!)
彼の頭の中では既に整理が終わっている。
後は魔法陣が展開する、その発動キーのようなものが見つかれば。
(・・・)
汗が滴り落ち、魔法陣の中央をわずかに濡らす。
「師匠・・・」
駄目か・・・粘っては見たが陣が発動する気配がない。
やはり太古に考え出された魔法、現代で行うには情報が足りな過ぎたのか。
そう考え、諦めの心が沸きだした。
仕方ない、そう心に言い聞かせて立ち上がろうと足に力を籠める。
だが、歳のせいかその行動がまずかった。
急に足に力が入らなくなりその場で躓いてしまった。
「師匠!?」
危うく顔面を擦り付けるところで、彼は手で受け身を取った。
その手が魔法陣の一部をかき消してしまう。
「しまった・・・」
やってしまった。
全てが水の泡・・・一からやり直しだ。
そう思い、力なくゆっくりと立ち上がる。
はぁ、と一つ深いため息をついて天を見上げた。
何が悪かったのかと思案するがこれといった原因が分からない。
あれか、これか?そう考えていると。
「・・・しょう!師匠!!足元を!!」
「ん?」
足元と聞こえ、思わず下を見る。
すると一部が掻き消えたはずの魔法陣が光り輝いていた。
「何・・・これは!?」
掻き消えたことで陣が完成したというのか。
あり得ない、そう思いながらも魔法陣の放つ光は増していった。
読んで下さり、ありがとうございました。




