287話
別に魔法による一撃必殺を狙う必要は無い。
奴を弱らせて強さをこちらに見合うステージまで下げればいいのだ。
「奴の力を奪う、か?」
魔法部隊の代表、そしてゼロームの関係者たちが八霧の言葉にそう返していた。
「この魔法書の中に対象の魔力を奪う術式が記されていました。
それを応用し、魔獣の力を一時的に下げます」
本来ならば世界中の魔力を吸い取ると言われている魔法だが、
多少細工を加えれば範囲をかなり狭められる。
それを魔獣の足元に展開し一気に魔力を奪う。
例え全てとはいかないまでもパワーダウンはするはずだ。
「それで、魔法部隊全てを動員したいと?」
「・・・正直、全員を集めても作動できるかわかりませんが」
八霧のその声に、会議場にいた全員が騒然となった。
「全員・・・総動員してもダメというのか?」
「まさか、考えすぎでしょう?」
「少なくとも数万の数はいる。それでも足りぬと申すのか?
だとしてもそんな魔法どうやって操るのだ!?」
ざわざわと騒然となり、私語まで聞こえてくる現場。
一つ咳を切る八霧。
「それだけ、相手が大物ということです。
それに本来ならば歴史に残るほどの大魔法使いがいて初めて完成するものです。
数万の使い手がいたとしても成功するかどうか・・・といった所で」
これは事実だ。
正直、触媒になる生粋の魔法使いがいないのは厳しい。
特段優れた魔法使いがいれば話は別なのだが・・・。
だが、今は手の内にあるもので何とかしなければいけないのだ。
なんとか・・・。
(いや、待てよ。触媒・・・それに魔法書のあれを・・・)
魔法書の中身の事を思い出す。
そして、一つの考えを得た。
この状況を一気に解決できる方法が。
「そうだ、まだ手があった!」
急いで本の中身を確認する。
その様子を見ていた周りの人員は目を丸くして八霧を見ていた。
「すみません!少し調べたいことが出来ました!」
「あ、ああ・・・?」
呆気にとられる面々を尻目に八霧は一つのテントへと押し入った。
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「・・・いやー酷いね、これ」
セラエーノは魔獣に破壊されかけた鎧と武器を直しながらそう呟く。
ボロボロ、どころではないほどに破損した槍。
殴られたところが大きく拉げた鎧。
あいつと戦った時に使ったもの全て破壊されたに等しい。
「それだけやばい奴だってことは分かるけど、
これだとどの装備も使い物にならなくなるわね」
既に修復不能とみなした武器を地面に捨てていく。
半数以上は修復不能、か。
「でも、トーマさん。一線級の武器は使わなかったんだ?」
「使う前に終わったといった方が正しいな。
もう少し続くようならば使っていただろうさ」
始めから使うことも想定に入れていたが。
・・・試しで武器を破壊されては後が続かない。
そう思い出し渋ったということもあるが。
(例えその武器を使ったとしても有効打になったかは怪しい、か)
正面きって戦い、得たのはその事実。
例え全力で相手をしたとしても打ち負かすことは難しい。
いや・・・無理だろう。
奴の攻撃の一発はこちらに致命傷を与えるほどのもの。
たいしてこちらの攻撃は傷を負わすのが精一杯といった所だ。
「・・・心中察するけど、気楽に考えた方がいいよトーマさん」
「え?」
「顔、険しくなってる」
ハンマー片手に指をさしてくるセラエーノ。
顔を触ってみると、確かに硬くなっていた。
「まあ、打開策は何とかなるよ、多分」
再びハンマーを得物へと打ち付け始める。
「楽観的に考えないとさ、袋小路になるだけだし。
私はこうやって鍛冶してれば忘れられるけどさ」
「そうだな、なるようにしかならないか。
ありがとうな、セラエーノ」
今度は目を向けず、手を振って返してくるセラエーノ。
・・・鍛冶に集中したいという気持ちも伝わってくる姿勢だ。
見えなかっただろうが軽く手を振り、その場を後にした。
――――――――――――――――――――
夕方が過ぎ、朝の混沌とした戦いが嘘のように静まり返る平原。
魔物の動きも無く、あの魔獣も寝ているのか姿を現さない。
学者や有識者が言うには力を持て余しているため、
寝て落ち着くのを待っているのでは?ということだった。
「そうか」
俺はテントの中で八霧の話を聞いていた。
薄暗く、ランプ一つに照らされながら。
話によるとこうだ。
まず魔導書にあった魔法を使用し、奴の力を落とす。
その前段階として大規模な準備が必要だということ。
・・・その準備にかなりの時間を要する。
故に魔獣が動き出した場合、その時間を稼ぐ手立てを考えているとのこと。
「成功すれば奴を倒せるのか?
・・・いや、倒せるほど力が落ちるのか?」
「恐らく、かなり強力な魔法だから。
別の次元に奴の魔力を根こそぎ流すものだからね」
話を聞くにはえげつない魔法だ。
ブラックホールのように周りの魔力を吸い取り、
吸収したそれを別次元へと放り投げるように押し出すという。
つまり、一度吸収されれば二度と身体には戻らない。
永遠に失われるということになる。
「こっちの世界の魔力の基礎からすれば・・・。
出した魔力を戻すのは簡単、失った魔力を戻すのは難しい、らしいね。
だからこそこの魔法は効果的なはず」
「・・・確かにそう説明されれば効果がありそうだが。
大規模な準備っていうのは具体的に何をするんだ?」
「蘇生魔法、儀式といった方が正しいかも」
蘇生・・・蘇生?
「誰かを蘇生するのか?いや・・・待て、それがその魔法と何の関係がある?」
その言葉を待っていたかのように、八霧は解説を始めた。
その大魔法には多くの魔力が必要であること。
現状居る全ての魔法使いを足してもそれを実行できるか怪しい事。
そして一番の悩みの種はその魔法を操るべき触媒ともいえる人物がいない事。
一時はプリラに任せるという話もあったが、当人が無理そうだと辞退したらしい。
まあそうだろう、プリラの専門は回復と補助魔法。
攻撃魔法に関して言えばそこまでは優れてはいない。
聖属性に関して言えばトップクラスの知識を持っていることは確かだが、
今回のこれとはベクトルの違う話だ。
「それで、誰を蘇生させるんだ?この世界にそんな大魔法を扱える奴がいたのか?」
「歴史上、多分一人だけ。それも僕たちのよく知っている人。
そして、この世界で生まれた人じゃないよ」
「ん?」
つまり、転移してきた誰かか?
だが、眼鏡に叶うような大魔法使いがいただろうか・・・?
「トーマさん、多分僕たちよりも知っている人だと思うよ?
ギルド創設時にいた3人のうちの一人だから」
「・・・いやまさか、Gさんか?だが、蘇らせる?可能なのか?」
「理論通りなら」
既に準備を始めていると八霧は言う。
そうか・・・話通りならばもう一度Gさんと会えるということだが。
「触媒にするだけの為に生き返す、か」
人によっては協力を拒む可能性もあるだろう。
物のように扱っているに近いからな。
「Gさん、喜んで協力すると思うんだけど」
「言うな、俺もよく知ってる」
そうだ、そんなことで怒るような人物ではない事は知っている。
温厚にして仲間思い、信頼できる相手の為ならば自らを痛めつけることさえ厭わない。
そんな人物なのだ。
「だが、そうなるとかなりの準備が必要なんじゃないか?
この世界において最強クラスの魔法使いを蘇らせるんだからな」
「うん・・・まあ、それはなんとか」
歯切れが悪い。
予想通り掛かるコストも、人材も相当なものの様だ。
だが、ここまで来たからには後には引けないのだろう。
俺と同じように。
「間に合うか?」
「間に合わせるよ、絶対」
そう言い切った八霧の顔は明るかった。
読んで下さり、ありがとうございました。




