27話
観覧席でしばらく八霧と会話をしていた。
たまに観覧席から歓声が上がっては、闘技場の様子を見ながら過ごす。
しばらくそうしていると、八霧が。
「そろそろ、トーマさんの番だね」
「・・・そうだな、準備をしておくか」
9回戦の開始の合図が始まる前に、腰を上げる。
その姿を見た八霧は。
「頑張ってね」
そう一言掛けてくれる。
そうだな、怪我の無いように頑張らないとな。
「おう」
その言葉を返し、観覧席を後にした。
――――――――――――――――――――
観覧席の真下には、控室がある。
ここで次の予選会に出る選手が待つのだが。
筋骨隆々な軽装鎧の戦士や、盗賊のようなボロボロのローブを着た細身の男。
大鉈をバットのように振りかぶるオーク、手に魔力を集め光らせている魔女など。
色々な奴が相手になりそうだ。
身体に着た白銀の鎧の整備をする。
全身を包む鎧を叩きながら確認する。
上半身装備、よし。
下半身装備も、よし。
兜も異常無し。
武器は、道具袋から適宜出していくつもりだが。
基本的に背中の槍と腰に下げた剣を使うつもりでいる。
後は・・・左の小手に装備したラウンドシールド。
槍も剣も、セラエーノ製の『手加減装備』というものだ。
どんなに攻撃しても、HPが1残る・・・訓練用の武器だ。
もしもこれで苦戦するようならば、道具袋から相応の武器を出す。
出来るなら、誰も殺すような事が無いようにしておきたい。
これは・・・競技のようなもので、殺し合いの場ではないからな。
それに、ラティリーズの目の前で、人が死ぬような場面を見せたくはない。
甘い考えかもしれないがな・・・。
履いているブーツの調子を整えていると、受付役をしていた司書風の女性が入ってくる。
「10回戦が始まりますので、会場へ案内します」
ざわざわとしていた周りが、一瞬にして静かになった。
そして、移動を始める一同。
ブーツの調子を二度確かめ、立ち上がった。
「さあ・・・どうなるかな」
――――――――――――――――――――
円形闘技場の真ん中に集められた俺達。
そして、審査員らしき面々が控室の傍で見守っている。
格好は貴族のような洒落た服だが、皆同じ帽子を被っている。
そして胸には盾の上に剣のマーク。
確か、騎士を現す紋章だったはず。
「10回戦の開始の宣言をします!」
一人の老紳士がその場所からそう叫ぶ。
俺を含めた12人が円を描くように並び、周りを睨む。
・・・誰と戦うかは、自由という事か。
「御前試合に恥じぬ戦いをするように・・・開始!」
その開始の合図と同時に、戦いが始まった。
最初に手を出したのは、大鉈を持ったオーク。
自身の隣にいた、小柄な戦士を襲い始めた。
「オマエ、タオス!」
「な・・・この野郎!」
小柄な戦士が大鉈の一撃をかわすと、オークと交戦を始めた。
その様子を見ていたら、隣から声が響く。
「ぼさっとしてるんじゃないぜ!」
「!」
咄嗟に剣を引き抜き、声のした方向に構える。
金属音が耳に響く。
「・・・っち」
舌打ちをする、先ほど見かけた筋骨隆々の戦士。
引き抜いた剣は、彼の両手斧の刃を押さえ込んでいた。
「奇襲するなら、叫ばない方がいいぞ」
「何を・・・!力で俺に勝つ気かよ!」
男の筋肉が動く。
このまま、鍔迫り合いをする気だろう。
男の身長は俺を超えている・・・2m近くあるか。
体格差的に、相手の方が有利に見えるだろう。
だが、男の腕は一切、動かない。
男の顔は赤くなり、血管も浮き出ている。
「この・・・!」
「・・・」
片手で剣を持っていたのだが、彼の力は・・・弱い。
両手を使うまでも無い。
剣をそのまま、男の方向へと押し出す。
斧を押しながら、男の顔近くまで剣が近づく。
「な・・・こ、この野郎!!」
男が剣から両手斧を離し、振りかぶる。
それと同時に、男の鳩尾に剣の柄頭を叩きこんだ。
「ぐふ・・・!」
一言呻き、その場に崩れる男。
身体に寄りかかるように気絶したので、その場に寝かせた。
「・・・次は―――」
振り返った瞬間、盾を構える。
狙われているという感覚が頭をよぎったからだ。
スキル『魔法探知』はこういう風に作用するのか。
身体を振り返らせると同時に、ラウンドシールドに魔法が着弾する。
「火の魔法、か」
ラウンドシールドを包む様に燃える魔法。
粘着するようなその炎は小手にまで燃え広がっている。
しかし、熱くはない・・・この鎧は魔法防御力が高いからな。
「嘘・・・隙だらけだったのに」
杖を構え、俺の方を向いている女性。
先ほど見かけた魔女だ。
長い黒髪を三つ編みに纏めた、ツリ目の女性。
彼女の周りには、既に焼かれて倒れている戦士が転がっていた。
既に救護班の神官が彼らの身体を引きずり、
安全な場所で治療を施していた。
「でも、私の炎は厄介よ?」
未だに左手を燃やす炎。
熱くは無いが・・・持続して燃やすのだろう。
倒れた戦士たちの身体をまだ燃やしている。
その人達を治療するプリーストも困惑しているようだ。
「そうか、厄介・・・か!」
左手を振りかぶると盾と小手の接続を外し、
フリスビーの要領でラウンドシールドを魔女に投げる。
「え?・・・きゃ!」
投げるとは思っていなかったのか、向かってくる盾をかわすためにしゃがむ。
同時に、頭の上を通り過ぎて行く盾は彼女の帽子を吹き飛ばした。
「この!え―――」
俺の方向を見返した瞬間には、既に俺の身体は彼女の目の前にあった。
そして、延髄に手刀を落とす。
「あ・・・」
一瞬で気絶し、その場に崩れそうになる。
崩れる彼女の身体を片手で押さえる。
「頼むぞ」
そう言って、近くのプリーストに彼女の身体を預ける。
「は、はい・・・」
プリーストがその場を離れた事を確認する。
俺が振り返ると、残っていたのは俺と・・・先ほどのオークだけだった。
オークの大鉈には血がこびり付いていた。
彼の装備する鉄の胸当てと兜にも血が付いている。
そうか、彼が残ったか。
投げた盾の代わりに、カイトシールドを道具袋から取り出す。
それを、左の小手に装着する。
「アトハ・・・キサマダケ・・・!」
鼻息荒く、俺に近づいてくるオーク。
彼の体重のせいか、一歩ごとに闘技場の地面が揺れる。
「グオォォ・・・!」
野太い声と共に、オークが走り出す。
大鉈を背中につくほどに振りかぶり、大柄なオークの身体が目の前に迫る。
「大振りな攻撃は・・・読みやすい」
カイトシールドを構える。
オークの位置がある一線を越える。
オークの大鉈が上から振り下ろされる。
それと同時に、こちらも一歩踏み出す。
大鉈を握っているオークの手元を塞ぐように、カイトシールドを近づける。
「ヌゥ!?」
大鉈の根元である手を防がれ、俺に当たる前に大鉈は動きが止まった。
そしてそのまま、オークの手ごとカイトシールドを左側へ振り払う。
『パリィ』
攻撃を受け流す技。
或いは敵の攻撃を受け止め、払う技だ。
目の前のオークは大鉈ごと手が払われ、仰け反っている。
無防備になったオークの両足を、片足で払う。
「ヌォォ!」
体勢を崩し、身体が宙に浮くオーク。
腹部に拳を当て、そのまま地面に釘打ちの要領で垂直に叩きつける。
オークの身体が地面に衝突する。
同時に土煙が盛大に巻き上がった。
土煙が晴れると同時に、俺は立ち上がる。
目の前で倒れるオークは白目を剥き、気絶していた。
「審判!」
俺がそう叫ぶと、事態を見ていた審判員がハッとする。
そして、オークに近寄るとその様子を見る。
そして俺の顔を一度見て。
「しょ、勝者・・・トーマ!」
そう叫んだ。
周りで見学していた貴族たちから歓声が聞こえる。
「トーマ、君は明日の本戦出場決定だ」
「ああ・・・」
気絶したオークを見る。
・・・言うのは申し訳ないが、楽勝だった。
盾も必要なかっただろう。
次の試合、11回戦の目玉でもあるゼフィラスは、その様子を控室から見ていた。
「・・・なるほど、あれがトーマという男か」
自身の武器である聖剣を磨く。
鈍い光を放つ大剣を、じっと見る。
「相手にとって、不足はない・・・か」
聖剣を鞘にしまい、別の剣を手に取る。
11回戦の相手に、聖剣を使うまでも無い。
腰に下げた剣を叩き、11回戦の場所へと足を進めた。
読んで下さり、ありがとうございました。




