269話
目の前で閃光が走る。
同時に地面に衝撃が揺れと共に身体を襲ってきた。
「なんだぁ!?」
テネスの作った道、通風孔を走っていた兵士にもそれが襲ってくる。
「戦いの決着が近いということでしょう・・・急がなければ」
兵士の横をすり抜けるようにテネスは先を急ぐ。
その後ろにぴったりとプリラも続いていた。
「決着・・・?」
兵士は首を傾げながらも二人の後についていく。
目の前に見える外の光に向かって。
――――――――――――――――――――
「・・・何だと」
渾身の一撃、全力の振り下ろしは腕一本に阻まれていた。
小手も何もつけていない生身の腕で。
血は多少滴っているが、明らかなダメージが入ったとは見えない。
「なるほど、いい攻撃だ・・・人間にしては」
グスタフを突き刺していた手を引き抜き、
その手で剣を掴んで見せた。
「だが甘いなぁ!実力差は歴然だと理解していない!」
剣を握る手に力が籠る。
ミシリ、ミシリと握られた剣が悲鳴を上げ始めた。
「っ!この!!」
咄嗟に手放し懐の短剣で影を突き刺そうとするゼフィラス。
だが、その短剣は指二本で止められていた。
ニヤリと一つ笑って見せる影。
突き刺そうとしていた恰好だったゼフィラスと二人の顔が間近に迫った。
「甘い、甘いな」
「おらぁぁぁ!!」
自由になったグスタフが振りかぶった拳を脳天目掛けて叩きつける。
拳がぶつかった衝撃で影の纏うオーラが一瞬はがれるが、
それだけのことと言わんばかりに動じず目線だけを向けている。
「蚊が止まったか」
「・・・っ!ふざけるなぁ!!」
更に拳を叩きこむグスタフ。
何度も、何度も胸や頭を狙い打ち抜く。
だが、殴られた当人は涼しい顔でそれを見るだけ。
むしろ無駄なことを繰り返しているとばかりに嘲笑しているようにも見えた。
「やはり、三人には勝てないようだね。
俺の、いや私の力は既にお前たちを凌駕している」
「・・・こいつ」
一人称が不確定になっている。
・・・どうやら内部に入った二人と意識が混ざり合っているようだ。
「まあ、飽きてきたし死んでもらおうか」
そう呟くとゼフィラスとグスタフ両者の腕を掴んで同じ方向へと放り投げる。
二人は受け身を取って体勢を直すと、影と向き合うように立ち上がった。
「風よ・・・」
何かの詠唱を始める影。
魔法の類だろうと身構える二人だったが、
その異様な様子に少し顔をこわばらせる。
「なんだ、この空気は」
「重い・・・!身体が、動かん」
へばりつくような感触。
まるで空気が自分たちを縛り上げてくるようなそんな錯覚を覚える。
「つまりあの魔法の直撃を受けたら・・・」
「ただでは済まない、それだけは分かるな!」
詠唱の段階でこれだ。
本元の魔法の威力は凄まじいということは直感できる。
「回避を・・・!?」
足を動かそうとした瞬間、何かにもつれるように体勢を崩した。
正確に言えば突風に身体を動かされ、満足に動けなかったといった方がいい。
「く、風が邪魔を」
「グスタフ!」
咄嗟に突き飛ばすが、わずかに足らず。
お互いに肩口辺りに深い傷を負うことになった。
「ぐぅ!?」
「ゼフィラス!く・・・これでは」
折り重なるようにゼフィラスがグスタフの上へと乗っかっている。
この怪我、体勢では・・・次は交わせない。
「チェックメイト」
ぼそりと、無慈悲にそう呟く影。
指先は既にこちらへと向けられていた。
そしてその先には風が渦巻いている。
「せめて一瞬で殺す」
直ぐに始末を付けに来るかと思えば何か魔力をためる動作を取っている。
舐められたものだ、この隙に攻撃されるとは思わないのだろうか。
いや・・・違うか。
そんな行動がとれるほどの状況ではない。
グスタフはそう思って小さく頭を振る。
乗っかかっているゼフィラスも肩の傷で呻いている。
こちらよりも傷が酷そうだ、出血も多い。
「死の風よ、吹き荒れろ。我が敵を細切れにしろ!」
詠唱が終わったようだ。
同時に、こちらの命も。
「時間稼ぎくらいしか、出来ないで・・・何が、戦士か!
せめて一矢くらい報いてくれるわ!!」
強引にゼフィラスをどかし、何とか立ち上がる。
が、立ち上がった反動か斬られた肩口から血が吹きでて激痛が走る。
「ぐぅ・・・この、程度」
体力のほとんどを使い果たしている身ではその行動がやっと。
むしろ立ち上がったこと自体が根性のなせるような技であった。
「やれやれ、せめて子供の顔を見たかった、が」
妊娠している妻の顔を思い浮かべる。
せめて、一目見たかったが・・・こうなってはもう。
目の前に渦巻く風が迫る。
地面に生えている雑草を切り裂きながらこちらへと真っすぐ。
「壁生成、マスターランク『城壁』」
耳に聞こえるその声。
背後から聞こえてきたその声には聞き覚えがあった。
――――――――――――――――――――
グスタフの目の前に巨大な城壁が現れる。
彼を襲おうとした風を防ぐために建築したのだが。
・・・魔法の直撃と共にひびが入って崩れ去った。
防ぎとめたはいいが、まさか最も固いマスターランクの壁を破壊するとは。
「・・・ス殿」
グスタフはこちらを見ると安心したかのようにその場に倒れた。
「いけません!プリラ!」
「ええ」
急ぎ二人の治療を始めるプリラ。
彼女が風によって邪魔されないよう、何重にも周囲に壁を張り巡らせる。
「数分も耐えられないかと思います」
「でしょうね」
最も外側の壁が破壊される音が耳に届く。
思った以上に時間が無いのはそれで分かった。
「どうするの?」
「相手の攻撃はこちらの予想以上の力です。
・・・恐らく彼は別の力を手に入れたのかと思いますが」
「別・・・そうね、前にあったときよりも強力な力を感じるわね」
いや、今の問題はそこではない。
どうやって彼を打倒するかだろう。
「・・・二人を治してください。
その二人がいないと策が成りません」
「考えがあるのね?じゃあ、急ぐわ」
プリラは治療に集中した。
両手が淡く光り、二人の身体を触れない程度の距離で手を止めている。
(二枚目、三枚目は破壊されましたか)
自身の生み出した壁がどうなっているか、それは離れていても分かる。
目に見えなくともどの状況になっているかは頭の中に流れてくるのだ。
「数発で崩壊、威力的に言えばプリラも危ないぐらいですね・・・」
プリラの全力攻撃でもマスターランクの壁を破壊するには多少時間がかかる。
つまり攻撃力で考えればプリラよりも上。
更にその攻撃能力は風に依存していることを考えれば・・・。
(射程が長い上に攻撃力も高い、正攻法では近づくことさえ無謀でしょうね)
ならば奇策を使うのみ。
こちらには味方がいるのだ、それを最大限に利用すれば勝算は出てくる。
「終わったわ、でももう少し休憩させないとダメ」
「ならば時間を最大限に稼ぎましょう」
拳を打ちあわせ、両手を地面に付ける。
頭の中に流れる範囲を設定し、兵士達と自分ら全員が入るように調整。
「マスターランク『シェルター』」
最後の壁が破壊されると同時に、青白いバリアのような物が全員を包む。
ドーム状に展開したそれは飛んできた風の一撃を弾いた。
「まあ、限度はありますけどね・・・今はこれで何とか」
弾いたはいいが、衝突したその部分にはひびが入っていた。
・・・最も防御能力の高いものでもこれだ、完全に抑えるすべは無いだろう。
彼らの回復が早いか、それとも相手の攻撃が届くのが早いか。
それでこの戦いの雌雄が決する。
読んで下さり、ありがとうございました。




