254話
「ちくしょう、ここまで来たってのに」
落とし穴と落石の罠を慎重に潜り抜け、ようやく抜けれるかと期待していた傭兵。
それが最後の最後で火炎の罠が仕掛けられていた。
目の前には火柱が上がり、自分たちの進むべき道を塞いでいる。
「誰もスイッチなどは踏んでいないな?」
「ああ、タイミングばっちりで発動したってことはだれか見てやがるな」
キョロキョロと辺りを見渡すと、壁のあたりに小さな横のスリットを見つけた。
僅かに光が漏れているところを見るとあれは覗き窓だろう。
「どうする?」
「・・・そうだな」
目の前で燃え盛る火炎。
それはフロア中を燃えつくさんとばかりにごうごうと勢いよく揺れている。
壁も床も石材で出来ているので延焼しないことをいいことに、
これでもかと油を投入している結果そうなっているのだろう。
「火だるまは勘弁だよな」
「水でも掛けて先に通るか?」
「馬鹿、燃料がある限り火は燃えるんだぜ?
焼け石に水になるだけだろ、文字通りによ」
壁際から絶え間なく噴射されている油。
たまに噴射が止むこともあるが、あれは恐らく燃料への引火を防ぐためのもの。
断続的に投入していればそれを導火線にして供給口まで燃やすことになる。
そうすれば大惨事、タンクごと誘爆するだろうが・・・。
「そうだ!あの噴出口に火をつけるのはどうだ!?」
「あそこにか?・・・どうやってつけるんだよ?」
一応外部からの攻撃対策だろうか、カバーのような物で周りを囲んでいる。
下部のみ開き、そこから油を垂れ流している状態だ。
「弓では狙えない、か」
それ以前に炎の勢いが強すぎて正確に狙えるとは思えない。
「それに相手も監視している、うまくいくとは思えん・・・。
近づくまでに誰か確実に犠牲になるしな」
「・・・だよなぁ」
燃え盛る炎は投入口までのルートを全て塞いでいる。
もし、仮に接近して引火させようものなら誰か一人は火に巻かれて死ぬことになる。
「まあ、油も無限じゃないだろう・・・燃料切れを待った方がいい」
この場で待機、その空気が流れ始めるが。
ある異音が彼らの耳に響いた。
くぐもったような、自身の前触れのような鈍い音が。
「?」
壁から聞こえたその音の正体に目を向ける。
すると、壁の一部が開き油の投入口が頭を見せた。
「まずいぞ、下がれ!下がれ!」
彼らの真横にまで出現した投入口。
一斉に現れたそれから油が少しずつしみだしていた。
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「ははは!燃えろ!燃えてしまえぃ!」
相手がある程度集まるまで次の仕掛けは待っていた。
一気に集まったところを燃やした方が効率がいい。
油も半分ほど残ってはいるが、無駄遣いできるほどの量ではないのだ。
「さあ、後はこのレバーを」
机の下の3本のレバー。
その一番右側に手を掛ける。
こいつを引けば先ほどのように松明が上から降り注ぐ。
後は油が彼らを燃やし尽くすだろう。
「業火に焼かれて死ぬがよいさ」
レバーを引こうと力を籠める。
だが、そのレバーを引いていた腕が彼から切り離された。
文字通り、身体と腕が。
「ぬぁぁぁ!?なんだぁ!?」
一瞬の事で戸惑いを隠せない兵士。
無くなった右腕を見て、狼狽し続けている。
「仲間をやらせはしない」
声のした方向へと目を向ける兵士。
彼の瞳には、リザードマンが映っていた。
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抜け穴でトラップを管理している場所を重点的に制圧した。
我々の目的はあくまで主軍である傭兵と正規兵の道を開くこと。
調査組だけの少数で彼らの本拠地を襲うのは悪手というものだろう。
仮にそうするとしても主軍と足並みをそろえるべきだろうし。
「とりあえず全てのトラップを解除してください。
設置型はともかく手動のものは全て解除できるはずです」
レバーを兵士達が弄り始めると覗き窓から見える部屋の状況が変わる。
壁から噴き出ていた油は全て止まり、供給の無くなった炎たちはだんだんと小さくなる。
やはりそうだ、他に燃えるものがない以上供給を断てばすぐに鎮火する。
とは言っても残りの油を燃やし尽くそうと炎が残っているのは事実。
多少の足止め効果は続いていると見ていいだろう。
「傭兵たちが動き始めましたね」
「異変を感じて前に出てきたのでしょう。誰か彼らに伝令を」
覗き窓にはガラスのような物が張られていてこちらからの声は届きそうにない。
割って声を通すという手段も考えたが、ここはトラップ部屋。
ガラスが割れた瞬間に別の罠が作動しないとも限らない。
多少手間だが人を使って伝令した方がいいだろう。
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伝令からトラップ解除の報告を聞いた傭兵たちは、
多少警戒しながらも足早にその場を通り抜けていく。
「敵兵の様子は?」
「以外に早く抜けられたもんで浮足立ってますぜ」
軽装、外套を着た傭兵が報告に戻っていた。
彼は先に部屋を抜け敵の様子を探っていたのだが・・・。
「まあ、内部反乱のせいで混乱を極めているって言った方が正しいでしょうがね」
「そうか・・・よし!このまま突破するぞ」
そのまま傭兵たちは敵のいる陣地へと斬りこんでいく。
守備隊がそれを迎撃しようとするが、反乱する味方の抑えの事もあり存分ではなかった。
結果、要塞内での戦いは終始傭兵がリード。
敵の中心部である部屋まであと少しという場所まで進撃していた。
「ここか?」
通路を抜けた先、一際重厚な鉄扉がある。
明らかに周りから浮いているその扉、その先に何かあるのは確実だった。
「恐らく、ここでしょう」
鉛筆と紙で簡単にマッピングしていたテネスがそう呟く。
内部構造的にここが一番防御的に優れている場所、かつ現状の構造での終着点。
ここに敵の大将がいる。
「外の様子は?」
「外部に打って出てきた兵士と交戦中とのこと。
ただし、戦況はこちらに有利と報告が上がっています」
「そうでしょうね・・・はらわたを食われている状態で満足に反撃は出来ないはず」
戦力比があったとしても内部に突入された段階で敗北に近い。
前線を見捨てた時点で彼らに勝機など残されていなかったのだ。
後は残る大軍をどう降伏させるかだ。
首脳部を陥落すれば早いだろうが・・・。
(これだけの大軍、他の指揮官が指揮権を代理して抗戦する可能性もありますね。
そうなれば大きな時間のロスになる・・・さて)
そういえばこの軍団はシャルードの配下ということになっている。
ならば、彼の身柄を確保すれば戦う意義はほとんど消滅することに。
「グスタフさん、敵の指揮官を打破する前にシャルードを確保しましょう」
「何故だ?」
「現場を指揮する者を倒したとしても、上の者が残っていれば戦いは終わりません。
ならばいっそのことシャルードを確保して人質にしましょう」
そして敵軍と交渉、戦いを終結に向かわせる。
少なくとも指揮官が別に引き継がれるという連鎖反応をされるよりは、
その方が早く戦いを終わらせられるはずだ。
「どこにいるかわからんが・・・?」
「大体は分かりますよ、最重要人物というものは最も安全な場所に匿うものです」
拠点の最も安全な場所に彼はいるはず。
捕まえて捕虜にすればこの戦いも終わりだ。
読んで下さり、ありがとうございました。




