250話
別に作戦と言っても大層なものではない。
正門を攻撃と同時に他の場所から兵を侵攻させるだけの事。
無論、出入り口は正門と裏門のみ。
相手方しか把握していない秘密の裏道もあるかもしれないが、
こちらとしてはその二つだけしかわかっていない。
ならば、他にある道とはどこなのか?という話になるが。
「狙いは相手の壁の上、迎撃部隊が陣取っている場所です」
「・・・ほんとにやるのか?」
クロスボウにはいつも備えられている大型の矢ではなく、
籠のような物が取り付けられていた。
「クロスボウにより兵士を敵の頭上へと送り込みます。
まずは上部にいる相手を制圧、しかる後に正門を裏手から開けます」
「だが、兵士は死地に入ることになるぞ。精鋭を集めたとしても無謀では?」
「相手は完全に防御を固めたことにより、精神的に防御に回っています。
奇策を打ち精神的動揺を誘えば制圧は容易でしょう」
ずらりと並んだクロスボウ、それに乗せられた籠に兵士達が入っていく。
そしてその中にはグスタフとプリラも混じっていた。
「その籠は何かに触れると一瞬にして弾けるようになっています。
衝撃も全て吸収してくれるので、安心してください」
「弾ける、か。つまり周りの敵兵を怯ませることが出来るということだな?」
「ええ」
それならば着地と同時に狙われることは無い。
後は各々が離れ離れにならないよう狙いを絞ればいいだけの事。
「一応、高所恐怖症の人には不向きな任務です。
辞退するのならば今のうちですが?」
この策に賛同し、集まってくれた勇士達の顔色は変わらない。
皆覚悟を決めているのか顔を凛々しくしていた。
「まず、敵拠点の上部を確保します。
後に正門裏へ回り門を開け、軍を引き入れ制圧しましょう」
「うむ・・・神に祈るか」
そう言いながら、グスタフは籠の中へと入っていった。
球状の籠の入り口を閉め、何かつぶやいている。
「・・・もしかして、高いところが苦手とか?」
近くのグスタフの部下に聞くが。
「どうであろうか、どのような猛者でもクロスボウで飛ばされたことは無いからな」
確かに。
先ほどまでは覚悟を決めていた兵士達も、
実際籠に乗り始めると多少不安そうな顔をしていた。
「あらあら・・・激戦を繰り広げてきた兵士さん達でも怖いのね」
いつものニコニコした表情でプリラはそのまま籠に入っていく。
・・・まあ、この籠を試したことがある人物の一人だし恐怖は感じていないだろう。
「・・・」
その光景を呆然と見つめていた兵士達は、
何かを思い出したかのように再び動き出す。
「そうだな、女性であるプリラ殿も参加しているのだ。
男たる我々が恐れてどうする」
「ああ、頑張ろうぜ・・・少し怖いけどな」
そして、次々と籠に入っていった。
「さあ、第一陣の発進と行きましょうか」
――――――――――――――――――――
前面の閉まり切った門を見て安堵の様子を見せていた兵たちだったが。
相手に何やら動きがあると聞き、拠点上部にある物見組には緊張が走っていた。
「何が起こると思う?」
「クロスボウが俺たち目掛けて飛んでくるんじゃないか?」
遠目だが、クロスボウが動いていることは分かる。
照準はこちら側、そして多少上を向いているが。
向き過ぎなのが気になるところだ。
「爆弾でも括り付けて放つつもりか?」
「おいおい・・・魔法の爆発でもこっちはダメージを受けないんだぜ?
相手だってそれは分かってるだろ?」
「脅しのつもりで撃ってくる可能性はあるだろ」
「まあ・・・そりゃ―――」
不意に風を切るような音が複数響く。
見ずとも分かる、クロスボウが何かを放ったのだろう。
「ありゃ何だ?」
爆弾、にしては大きすぎる黒い塊。
それが宙をうきながら放物線を描いてこちらへと迫ってくる。
「って、まずい!隠れろぉ!」
着弾地点をすぐに察知し、物見櫓から飛び降りる兵士達。
最後の兵士が飛び降りると同時に物見櫓の屋根にそれが着弾した。
爆発を引き起こし物見櫓が音を立てて崩れていく。
「・・・っち、ピンポイントに狙って来やがったか」
壁は爆破に強いが、物見櫓自体はただの木製。
櫓を壊すことが彼らの狙いか、そう思いながら立ち上がる兵士。
だが破壊された櫓の上から飛び降りてくる人影が見えた。
「油断はいけないわ」
それは片手に大型のメイスを持ったシスターだった。
身の丈に近いほどのメイス、それを振りかぶりながらこちらへと振ってくる。
「な、何だぁ貴様ぁ!?」
地面に走る衝撃と同時に、飛び降りた兵士達は全滅していた。
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「押し切れ!このまま押せ!」
上部に備えていたのは物見に配備された兵士と弓兵のみ。
強襲に備えられるほどの戦力ではない。
グスタフに率いられた混成部隊はそのまま上部を制圧していった。
一部反抗する者もいたが、大した反撃も出来ずに降伏していく。
「上部の制圧は完了だ、狼煙を上げると同時に門の確保に移るぞ!」
その声を聴いた兵士の一人が早速行動を開始する。
懐から燃焼すると大量の煙を放つ固形燃料を取り出し、
近くに立て掛けてあった松明を使って火をつけたのだった。
「よし」
もうもうと煙を上げるそれを外からよく見える場所に置いた兵士を確認し、
グスタフは次の作戦へと行動を移行した。
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自分たちの籠る拠点の上層を制圧されたと聞き、本部には衝撃が走っていた。
「どうやって上に現れたのだ!?」
「梯子でも使って上ったのでしょうか?」
「いや、それならば迎撃しているはずだ・・・。
それも無しに一気に制圧されたということか?」
議論にもならないような会話が何度も応酬している。
正に混乱状態と言える状況が本部を包んでいた。
その様子にシャルードに後を任された側近も頭を抱えている。
「どうする、どうすればよい?こんな状況など想定外だ」
うなだれ、元気なく肩を落とす。
すると会議の場の空気を切り裂くドアを勢いよく開ける音が響いた。
「何をしておる!?対応はどうした!!」
それはバルク側から来た将軍。
こめかみ辺りに青筋を立て、怒りの表情を見せていた。
「敵は既に行動を開始しているのだぞ!対応せねば蹂躙されるぞ!!」
「そ、それは・・・しかし、こんな状況どうすればよいのだ」
「・・・」
頭を抱え、近くに立っていた銅像を殴る将軍。
その拳の威力か、殴られた銅像は見事にひしゃげていた。
「これからは俺が指揮を執る、異存はないか」
殴った拳を突き立て、慌てふためいていた男達にそう聞く。
一瞬、先ほどまでの喧騒が嘘のように鳴りを潜める。
「・・・あ、ああこの場は任せる」
余程自信を無くしていたのか、既に彼に指揮をするほどの意思は残っていなかった。
「では、前線に向かう。直衛の兵も着いてこい」
踵を返し将軍はその場を後にした。
「腑抜けが、現場に立てぬ男など必要ないわ」
そう一人呟きながら激戦が繰り広げられているであろう場所に向かう。
この場を突破されれば、勝ちはおろか防衛すら怪しくなる。
少なくとも時間稼ぎくらいはして見せようと、そう意気込んだ。
読んで下さり、ありがとうございました。




