25話
トリスとの稽古で身体も温まってきた。
俺に付き合ってくれたトリスは・・・へとへとになっていた。
「はあ・・・はあ・・・凄いですね、トーマ様・・・まったく、息が切れてません」
「すまないな、トリス。疲れただろ?」
「い、いえ・・・まだ、大丈夫・・・で、す」
そうは言うが、トリスはその場にへたり込んでしまった。
息も絶え絶えで、肩で息をしている。
付き合わせ過ぎたか。
彼の為とも思って、稽古をしていたが。
し過ぎたかもしれないな・・・。
へたり込んだトリスに近づく。
その場にしゃがむと、手を差し出した。
「剣を渡してくれ」
「あ・・・はい」
ブロードソードを受け取る。
ふむ・・・床にぶつけたり壁にぶつけたせいで刃こぼれが酷くなった。
道具袋から修理用の魔法粉を取り出し、振りかける。
すると、ブロードソードは新品同様の刀身を取り戻した。
「ほら、大事に使えよ?」
剣の刀身を親指と人差し指で挟み、ブロードソードの柄をトリスに向ける。
その柄を掴むと、トリスは俺の顔を見た。
「え、あの・・・この剣は?」
「やるよ、俺には必要ないからな」
そういって、立ち上がった。
俺を見上げるトリス。
「いいんですか・・・?」
「ああ」
へたり込んでいるトリスの手を引っ張り、立ち上がらせる。
それとほぼ同時に、扉の開く音がする。
どうやら、朝の訓練をするために他の騎士も集まり始めているようだ。
「そろそろ、お開きにするか」
「はい!あの、剣・・・大事に使います!」
そう言って、トリスは一礼した。
大事そうに、剣を抱えて。
礼儀正しい子だ。
願わくば・・・苦労なく騎士になって欲しいものだ。
――――――――――――――――――――
トリスと別れた後、朝食を取った。
その朝食を食べ終わり、予選会の会場に向かう。
その際に見かけたカテドラル内の騎士達はピリピリしていた。
そうか、いつもなら敷地内に入れない貴族や金持ちも敷地内に入れる状況だ。
御前試合の見物とはいえ、スパイが忍び込むにはうってつけだろう。
外の練兵場が会場とはいえ、目と鼻の先にはカテドラルがある。
警戒して当然か。
予選会場は、騒がしくなっていた。
円形闘技場に集まった百人近い選手たち。
グラディエーターのような軽装の戦士や、重装の騎士。
鞭を腰に下げた魔法使いのような女性や、拳法着のようなものを着た男性。
多種多様な人物が集まっていた。
この中から16人が選ばれ、明日の本戦に挑むことになる。
受付では、司書の格好をした女性が取り仕切っていた。
歳は、20代前後だろうか・・・着ているケープには聖堂騎士団の紋章が入っている。
「トーマ様ですね?」
こちらに気づいた女性が、そう話しかけてくる。
「ああ」
そう応答する。
掛けていたメガネのズレを直しながら、書類を確認する女性。
「第10回戦に出場になります」
10回戦か。
横のボードに張られたリストを見るに、16回戦まである。
なるほど、予選会で1位になった16人で本戦を行うという事か。
「・・・恐らく昼頃になると思いますので、その時にいらっしゃってください」
「そうか、ありがとう・・・ちなみに八霧という奴は何回戦だ?」
予選会で当たる可能性もある。
出来れば、本戦で当たりたいものだが。
「ヤギリさんですか?・・・ええと、12回戦ですね」
・・・予選会では当たらないようだ。
本戦で会う可能性が出てきたな。
「そうか、ありがとう」
一言お礼を言い、その場を後にした。
――――――――――――――――――――
開始時刻まで、まだあるのでリルフェアとラティリーズに会いに行った。
拠点場所のお礼と今後の仕事について、確認するためだ。
俺がラティリーズと会ったあの部屋は彼女の寝室。
その寝室の横に、彼女の私室がある。
前に会った時は、その私室には入らなかったのだが・・・。
その私室の前まで向かうが扉の前には聖堂騎士が二人、槍を立てて扉の左右に立っている。
「・・・む、これはトーマ様」
聖堂騎士の一人が俺に気づく。
「トーマ、様か」
「専属騎士は我々よりも上のお方。様付けは当然かと」
「・・・二人は納得してるのか?急に現れた俺が、上に立つのは」
俺なら、納得は出来ないだろう。
少なくとも、人物を知るまでは信用はしないだろうし、納得もしない。
二人は顔を見合わせる。
「あなたはリルフェア様が推薦した人物、それで信頼に足りうるものかと」
「しかし、団長を含めあなたを快く思っていない人物もいるでしょうね・・・」
そうだろうな。
急に現れた人間が、偉い立場に召し抱えられたんだ。
そう思われても仕方がない事だろう。
「今では、ゴルム団長を中心とした世襲騎士達が上級騎士として振舞う始末。
同じ聖堂騎士として嘆かわしい事態です」
「・・・お前達は、そうじゃないのか?」
二人が頷く。
「我々は、イグニス副団長の元部下です。
イグニス様がロンギヌス騎士団から引き抜かれるまで、
我々は部下として共に戦っていました」
「ロンギヌス、騎士団?」
聖堂騎士団以外にも、騎士団があるのだろうか。
「ゼローム皇国には複数の騎士団があります。
その中でも一大勢力を持つのが聖槍騎士団」
「ロンギヌス騎士団を始め、パルチザン騎士会、ジャベリン戦友同盟。
様々な騎士集団を一つにしたのが聖槍騎士団です」
全部、槍の名前を冠しているのか。
なるほど、それで集まったのが『聖槍騎士団』か。
「イグニス様はロンギヌス騎士団での功績が認められ、聖堂騎士団に引き抜かれたのです」
「その時、我々も共に聖堂騎士団に」
引き抜かれた、と。
ゼロームの騎士団から選りすぐりの騎士を引き抜いて出来た集団、
それが聖堂騎士団という事か。
「聖堂騎士団は・・・エリート騎士団という事か?」
「そうなるでしょうね。今では、全ての騎士団の憧れとも言えましょう」
聖堂騎士団は選りすぐりのエリートの集まり。
・・・そうなると、トリスも大変そうだな。
見習いから、騎士になるには相当苦労しそうだ。
そんな事を考えていると、片方の聖堂騎士が口を開く。
「イグニス様はあなたを信頼すると言っていました」
「我々も、それには賛成です」
二人がそう言うと、扉から一歩下がった。
「どうぞ、ラティリーズ様は部屋に居られます」
「そうか、ありがとう」
聖堂騎士団はエリート集団。
だが、その中身は・・・ゴルムによってかき乱されている、のかもな。
――――――――――――――――――――――
部屋をノックすると。
「どうぞ、開けて頂戴」
リルフェアの声が響いた。
ドアを開き、リルフェアとラティリーズの姿を確認した。
二人は机を挟んで椅子に座り、紅茶を飲んでいるようだ。
とても優雅な光景に見える。
「失礼します」
一礼して、部屋の中に入る。
そして、ドアを閉めた。
「あら、どうしたの?今日は予選会のはずだけど・・・」
にこやかにそう返してくれるリルフェア。
一瞬、そのまま敬語を使いそうになるが、それは堪えた。
約束を違えるわけにはいかない。
・・・だが、敬語が出るほど、彼女らは輝いて見えた。
絵になるような光景で、紅茶を飲んでいる二人。
咳払いをし、調子を戻す。
「拠点のお礼を言いに。・・・あんなに広いとは思わなかった」
三人では広すぎるほどだ。
というよりも、過剰すぎる広さともいえる。
・・・メンバー全員が集まっても、まだ広いと思えるくらいだ。
「別にいいわよ、放っておくより使った方がいいだろうし。
まあ、新しい書庫が作られてからは半分封印されていた場所だけどね」
「掃除・・・大変だったのでは?」
ラティリーズがそう聞いてくる。
「まあ、掃除が得意なメンバーがいて助かった、というところかな」
「そうなんですか?」
ドールたちの掃除の手際は見事だった。
古びた本以外は綺麗になったと言ってもいい。
「そう言えば、トリスが『同じ人がたくさんいて驚いた』って言ってたけど。
その人達が掃除をしていたのかしら?」
あー・・・。
そうだな、7号以外・・・全員同じ服装に顔、髪型だ。
驚いて当然か。
「その通り。だけど、あの子たちは人間じゃない」
「人間じゃ、ない?」
ラティリーズが首を傾げる。
「ああ・・・ドール、人形だ」
「ドール・・・?つまり、魔道人形の種族なの?」
「オートマータ?・・・いや、神威が人形師という職で」
こちらの世界だと、人形師という職自体が無いのだろうか?
説明するが、首を傾げたままだ。
すると、説明の途中でリルフェアが声を上げる。
「わかった、後で実際に目で見た方が早そうね」
「ああ、それは・・・そうだな」
百聞は一見に如かずともいう。
実際に会ってもらった方が早いかもしれない。
神威のドール達にあった時の反応が少し楽しみでもある。
それに・・・もしかしたら、『蓋』が外れるきっかけになるかもしれない。
読んで下さり、ありがとうございました。




