248話
策は効果的に働いた。
魔法によって地面の一部を陥没させて奴らの移動を防ぐことが出来た。
現に奴らの拠点は動きを停止、動く気配はない。
まさかあの塹壕が今になって役に立つとは思わなかった。
数年前にあった地震と大雨のせいで掘られていた塹壕が崩壊。
元々輸送経路に支障をきたすほど大規模に掘られていたので、
その際にほとんど埋めてしまっていたのだが。
「おかげで掘りやすかったか・・・何が幸いになるかわからんな」
時間が差し迫った中で魔法が間に合うかはわからなかったが。
掘っていた場所を埋め、それを再度掘り起こすだけだったので案外すんなりといった。
不幸中の幸いと言えよう・・・これは。
「相手もこのまま止まっているはずがない、白兵戦で来るはずだ!
攻撃に回っていたものすべてを防御に回して備えておけ!」
目の前に止まり、沈黙を守っている敵に動きは無い。
が、恐らくこちらを攻めるための準備をしているはずだ。
「いいか、相手はあの中から出てくる!出てきた奴から狙い撃て!
下手に仕掛けるなよ、守れば勝つのだ」
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「敵陣営は防御型、こちらの出方次第で臨機応変・・・そんな感じでしょうね」
複数の部隊で多重の層を形成し、要塞前面の防衛に回っているのが見える。
特にこの拠点の上からだとその様子がばっちりに見えた。
「下手に手を出すと痛い目に合うわね、どうするの?」
「まずは目を潰しますよ」
足元に置いておいた筒状の何かを拾う。
花火の打ち上げ機のようなそれの中には、花火玉に似た何かが入っている。
「あら・・・それって夏祭りの時に作ったものね?」
「ええ、懐かしいでしょう?・・・まあ、私のスキルでは花火は出来なかったのですが。
その代わり、その時の失敗が役に立ちますね」
「失敗、ああそうね。うん、確かにあの時は失敗だったわね」
苦笑しながらプリラは懐かしそうにその道具を見た。
「皆涙目になって、大変だったわ」
花火のはずが、広範囲に煙を散布する何かが出来上がっていた。
お陰で現場にいた全員目つぶしにあったのだ。
「すみませんでしたね」
筒を相手の方向へと向けると。
「発射」
声を上げると同時に、中に入っていた丸い物体が上空を舞う。
そして放物線を描きながら地面へと向かっていった。
弾は地面に衝突すると同時に、その衝撃で破裂。
乾いた音を立てて弾けたその中からは大量の煙が巻き上がった。
「これで遠距離攻撃はほぼ無効化できます」
もうもうと立ち上がる煙たちは地面を覆い隠さんとばかりに広がる。
外からは全く見えない程、地面は煙で包まれていった。
「第二プランで相手の正門を突破します。
切り込み隊が道を開くと同時に攻城戦を仕掛けますよ」
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「煙幕だと?敵の様子はどうなっている?」
「煙に乗じて近づいてきているとのこと。
一部の部隊は既に交戦しているかと・・・思われますが」
歯切れの悪い伝令に首を傾げる。
「何分何も見えない状況になっております。
・・・敵がどこまで近づいているかも分からないのです」
「ならば防衛部隊を引き下がらせ、一定のラインで防御しろ。
各個撃破されてはこちらが不利になるぞ」
「は!」
伝令は走り去っていった。
「数も武器もこちらが優れているはず。
堅牢、そして防御陣形で備えれば必ず打ち破れる」
戦力差からしてもこちらから打って出る必要は無い。
敵のほとんどは正門に集中しているし、裏手には攻める気配すらないのだ。
ここを耐えれば勝ちを貰うに等しい結果だ。
それに、この要塞の正門は並みの攻城兵器では傷すらつかない頑丈な物。
よほどのことが無ければ破壊されることは無い。
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リザードマンと人間の混成部隊が煙の中を走っていく。
途中、逃げ遅れた敵兵を斬りながら足を止めることなく目的地を目指す。
「斬れ!斬り捨てていけ!!足を止めるなよ!」
足元に幾度も矢が突き刺さっていく。
相手は狙いもつけずに要塞から矢を放っているのだろう。
たまに掠るが、直撃を受ける者は少なかった。
「動けばまず当たらん!相手の防御が固まる前に戦線を突破するぞ」
グスタフを先頭として相手の陣地を駆け抜けていく一団。
やがてそれは要塞前面、正門の正面まで辿り着いた。
煙から抜けると同時に、お互いの兵はにらみ合う形で制止する。
大量の敵兵が盾と剣或いは槍を構えて正門を防備しており、
一歩も通さないという決意が見て取れた。
「ここまで来たのか・・・!やはり援護射撃程度では防げなかったか」
隊長らしき初老の男性がこちらへと剣を向ける。
「ならば命を持って死守するまで、掛かって来い!」
男が号令を掛けると、防御姿勢を取っていた兵士達が立ち上がる。
よく訓練されているようで決まった形に陣形を取り、
こちらへとゆっくりと歩いてきた。
「隊長、どうしますか?」
隣に立っていたリザードマンがそう聞いてくる。
あの陣形、守りに徹したものだからな・・・。
下手に仕掛けても打ち破るのは難しいだろう。
魔法による援護があれば一瞬で決着がつくが。
煙幕の仕様上、こちらも援護を受けることが出来ない。
まあ、煙が晴れればこちらも集中攻撃を受けるだろうが。
とどのつまり近接戦で決着を着けるしかないのだ、今は。
「俺に続け!正面から突破するぞ!!」
敵陣へと駆けていくグスタフ。
それを見た部下たちも同様に雄たけびを上げながら斬りこんでいった。
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正門前の戦いは小一時間に及んだが、双方に決定的な被害は出なかった。
既に煙は晴れ援護も可能となったがお互い入り乱れた乱戦を呈したため、
各陣営の援護は小規模なものにとどまっていた。
「テネス」
「大丈夫ですよ、多少手こずってはいますがこのままなら押し切れます。
敵の右翼は既に崩壊しかかってしますし。
それに相手は後退できない状況で籠っていますからね」
後方への撤退はすなわちどん詰まり、袋小路になる。
それに要塞への突破を許せば戦いは決したも同然だ。
「休まず攻撃し、門を閉められない様にすればこちらの勝ちです。
まさか前線部隊を犠牲にして門を閉めるという愚策は・・・」
喋りながら、敵陣を指さしていたテネスの手が止まる。
自身の語っていたその愚策が、今目の前で起ころうとしていた。
正門の大扉がゆっくりとだが確実に締まり始めている。
未だ戦う前線部隊を残して、無情にも。
「・・・愚策ですよ、それは」
頭を抱えてテネスは唸る。
目の前の味方を見捨てて、果たして長い事籠城できると思っているのだろうか?
いや・・・それ以前に貴重な戦力を自ら切って勝てると思っているのか?
「伝令、前線に伝えて下さい。降伏する者は受け入れると」
「こ、降伏ですか?いや、しかしこの状況で?」
相手は決死の様相で戦い続けている。
それなのに降伏などと、そんなことは考えてもいない気がする。
そう思った兵士はテネスにそう聞き返していた。
「もう少ししたら分かりますよ」
前方には敵、後方は見捨てた仲間。
そしてその退路は無い。
この状況で前線で戦い続ける者は・・・。
余程の馬鹿か、忠義に篤い義士くらいなものだろう。
まあ・・・相手方にそれがいるかどうかは別なのだが。
「自分から勝ちの手を捨ててくれるのはありがたいですけどね?」
「・・・うまくいくといいけど、ほら言うじゃない?
現実はそう甘くはいかないって」
プリラはいつも通りのニコニコ顔でそう言う。
確かに、そう簡単にはいかないだろう。
が・・・。
「見捨てられても尚、戦い続けれる兵士はそうはいないでしょうけどね」
読んで下さり、ありがとうございました。




