229話
数千年前の災竜の話になります。
それは今を遡ること数千年前の大陸。
未だ大国と呼べる国がなく、小国家同士が日々小競り合いを続けているその地。
とは言え大きな戦いもなく比較的平和を謳歌していた。
その大陸に突如ある男が転移した。
「うぉ!?」
一瞬の浮遊感を覚えたかと思うと、そのまま地面へとぶつかる衝撃が体に走る。
腰に痛みを覚えたが、身体に異変はなさそうだ。
「何だってんだ・・・一体」
転移した双剣を腰に下げた男、ギルダーはあたりを見渡す。
どこかの地下らしくかなり広い空洞が広がる場所だった。
上からは光が入ってきており、見上げると大穴が開きその部分から太陽がのぞいていた。
大穴のような場所に落ちたらしい、それだけは分かったが。
「くそ、バグかよ?それとも不具合か?どこだよここ!?」
多少錯乱しメニューを強引に開こうとするが。
いくらいつも通りの行動を取ってもメニューが開かない。
コンソールを呼ぼうとした指が空しく何度も空を切るだけだ。
「くそ!何だってんだ」
これも何かのバグ・・・バグだろう。
そう言い聞かせながら辺りを見渡す。
・・・仕方ない、辺りを調べてどこにいるかくらい確認しよう。
ゲーム内ならここから元の場所に戻ることが出来るはずだ。
バグもすぐに直るだろう、そう思いながら行動を開始した。
――――――――――――――――――――
調べることにしたのはいいのだが。
一つ気づいたことがあった。
自分が寝ていた場所、その周りの地面は毒沼のような色をしていたのだ。
ぽっかりと、自分の周りだけ草が生い茂る小高い丘になっている。
「渡りたくねぇな・・・流石に」
足を踏み入れた瞬間に何が起きるのやら。
少なくともいいことはないという色合いをしている。
それに、ゲームでこんな色の毒を見たことがない。
とは言え、このままではどこにも行けないよな。
「はぁー・・・どうすっかな」
しばらく、毒沼らしき場所以外の草の茂った場所をぐるぐると回る。
こんなことをしていても名案など浮かぶはずもないのだが、
他にやる事も無くそうやって時間を浪費していった。
「仕方ない、毒消しを使いながら強引に行くか。
気が進まないけどよ・・・」
意を決して一歩、足を毒沼へと進入させていく。
が。
「!?」
身体に走る悪寒、同時に気づく毒に侵されたという体の異変。
「が・・・!?なんだこれ!」
ゲームじゃこんな感覚はなかった。
むしろ、現実に近い何か。
痛みは確実に前進に響き、リアリティを感じさせるほどのものだった。
こんな感覚ゲームで感じたことはない。
「・・・!」
一瞬呆けてしまったが、急いで右手に握っていた毒消しのポーションを飲み干す。
冷たい液体が食道から胃に流れていくと、身体に走っていた悪寒が取れていった。
身体に起こった事実は今までに経験したことがない、
現実の身体が毒に侵されたようなそんな感覚に近かった。
「ゲームじゃ、ないのか・・・?」
そう呟きながら再度メニューを開こうと手を動かす。
結果は同じ、コンソールは現れることはなかった。
「畜生・・・何だってんだ!」
――――――――――――――――――――
体育座りの状態でギルダーはその場でうずくまっていた。
夕方が近づいているのか、辺りはいつの間にか赤く染まり始め。
彼を照らす光も赤みを増しつつあった。
「腹減ったな・・・」
こんな状況でも腹は減る、そう思いながら道具袋をあさる。
入っていたのは僅かばかりの食糧、ゲーム内でほとんど価値がなかった食材達。
ドロップ品を片付けるのが面倒というだけで放っておいたものだが、
今になっては助かるというのは皮肉なものだ。
パンを取り出し、少しずつ齧る。
半分ほど食い終えた時の事だった。
何か、耳に響く声のようなものが聞こえた。
「・・・誰かいるのか?」
目を凝らし周りを観察する。
しかし既に闇が広がりつつあるこの場所では、
その声の主らしき者を発見する事は出来なかった。
それでも、この状況を打破できるかもしれないという思いがギルダーを動かし始めた。
その場から立ち上がり、一つ息を吸う。
「誰かいるのか!!」
空間内に反響する自分の声。
何度か山彦のような反響音が耳に返ってくるが、その声に返答する何かは聞こえなかった。
「・・・やべぇな、俺。幻聴が聞こえたのかよ」
駄目だ、と肩を落として再びその場に座り込む。
「ん?」
その時、尻のあたりに違和感を覚えたギルダー。
ちょうど座ろうとした場所に何か小さな石像のような物が転がっていた。
それは竜を模したと思わしき、小さな石像。
多少可愛らしく見える顔をしているがじっと見ると何か嫌なものを感じる。
邪悪な何か、それが石像を通して伝わってくるような。
「気味悪いな、これ」
そう言ってギルダーはその石像を毒沼の方へと放り投げた。
にちゃり、と嫌な音を立てて石像が沼へと沈んでいく。
しばらくその様子を見ていたギルダーだったが。
「・・・仕方ねぇ、寝よう、寝るしかない」
考えていても仕方なし。
辺りも暗いし、歩く気力もない。
どうにでもなれと思いつつ、寝ようと思った瞬間には既に身体を横たえていた。
「・・・」
――――――――――――――――――――
夢を見ていた。
それは何とも言えない夢を。
どこかに浮いている自分がいて、目の前には黒い何かが浮いてこちらを見ている。
やがてその靄のような黒い何かはこちらに近づいてきた。
そしてこちらの身体全体を包むように広がり始める。
「!」
それに気づき、身体をよじって避けようとするが。
夢の中のせいか思うように動けず成すがままに身体を奪われていく感覚に襲われる。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
「っは!?」
起きろ、起きろと願っていると意識が覚醒した。
辺りは真っ暗、寝てからそう時間が経っていないらしい。
「くそ・・・こんなところに来るから悪夢なんか見るんだよ」
悪態をついて地面を一つ叩く。
すると、その手に何かが触れた。
恐る恐るその触れた物に目線を向けると・・・。
「・・・はぁ!?」
その触れた物は、先ほどの石像だった。
「投げたはずだろ!?なんでこんな、近くに!」
距離を取るようにその石像から離れる。
気味が悪い、投げたはずの物が寝ているうちに近くにまで来ていた。
夜中ということもあったせいか、その事実だけでじっとりした汗を掻き始める。
「畜生、畜生!なんで俺がこんな目に・・・!」
意味が分からない場所に飛ばされ。
腹も減るし、野宿する羽目になった。
帰れるかわからないという現実が頭の片隅から大きくなりはじめ。
やがて思考自体を不安に陥れるほどになってき始めていた。
(・・・たいか?)
「は?」
耳に一瞬だけ触った声。
辺りを見渡すが、やはり何もない。
あるのは気味が悪い石像のみ。
(助かりたいか?)
「う!?」
石像と目が合った瞬間、確かにその声が聞こえた。
そして分かった、喋っていたのはこの石像だと。
「な、何なんだお前・・・!」
(助かりたいかと聞いている)
「い、いや訳わからねぇ!」
(・・・)
石像の目が緑に光る。
怪しく、暗く光るその目を見ていると力が抜けていく感覚が全身を支配し始めた。
一瞬駄目だと目線を背けようとするが。
何か魅惑的でもあるその光から目を離せなくなっていた。
(そうだ、それでいい)
石像が宙に浮く。
同時に、こちらへとゆっくり、ゆっくりと近づき始めた。
「!」
後ずさろうと構えるが、金縛りにあったように体が動かなくなる。
(逃さぬ)
やがて石像は眼前で止まり、その光が赤く変わり始めた。
その赤い光は見ていると眠気を誘うような何かを・・・。
「・・・」
その場に倒れるギルダー。
石像はその様子を見て、満足したかのように地面に落ちる。
地面に転がった石像は急激に風化し、砂となって消えていった。
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