22話
イグニスと会話をしていたら、規則正しい足音が聞こえてくる。
金属のこすれる音と、足音が同時に響く。
「・・・ラティリーズ様が入室される。
トーマ達は、そこで片膝をついて、頭を下げておけ」
指さした先は、昨日ラティリーズと謁見した際に立っていた場所だ。
言われるままに、移動し三人で片膝をつく。
俺が先頭で、八霧と神威は横に並んで後ろに膝をついた。
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玉座の横の大扉が開かれると、
ミトラと法王の服を着たラティリーズが十数人の聖堂騎士に囲まれ、入室した。
先に聖堂騎士が玉座の左右に立ち、持っていた剣を鞘に入れたまま、両手で床に付ける。
最後にラティリーズが玉座へと座った。
この光景は昨日も見たが・・・唯一、違う点がある。
隣に立っているのがイグニスではない。
中年で髭面の男性・・・ウェーブがかかった銀髪は、禿げ上がりが始まっている。
中年太りというのか、ポッコリと出た腹が、鎧を圧迫していた。
「うむ、ラティリーズ様・・・誓約の儀を」
その男が、ラティリーズにそう声を掛けた。
「・・・」
男の顔をちらりとみたラティリーズは目線を前に戻すと俺を見た。
「これより、誓約の儀を執り行います・・・」
そう言うとラティリーズは立ち上がり、近くの騎士から剣を受け取った。
見事な装飾と彫り物がされた剣。
儀礼的なものなのだろう、切れ味は良さそうに見えない。
「トーマ、汝・・・聖堂騎士の一員として、騎士団に忠誠を誓い。
我が盾として命を捧げることを・・・誓うか?」
「・・・誓います、ラティリーズ様」
そう返すと、肩口に剣が当たる。
そして、ラティリーズは剣を離す。
剣を騎士に返すと、玉座に座り直した。
「以上だ・・・本来ならばもう少しやることもあるが」
小太りの男がそう言う。
そして、俺を睨むと。
「リルフェア様の推薦、しかも専属騎士か。
浪人風情が・・・調子に乗るなよ?」
「・・・」
嫌な物言いをするな。
それを聞いたイグニスはその男を睨むと。
「ゴルム団長、その言い方はどうかと。
・・・彼も、我々の仲間なのですから」
凛とした態度でそう言い切った。
それを聞いたゴルムと呼ばれた男は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「実力もよく分からぬ者を、信頼できると思うか?」
・・・ゴルムという人物のいう事はもっともだ。
こちらに来てから俺は戦ってもいないし、実力を見せた事も無い。
俺がここに入団することになったのも、助けた兵士が俺の活躍を報告したからだ。
つまり人づての話しか入っていない。
見てもいないものを信じろと言うのは難しいだろう。
だが、何故かゴルムの顔が歪む。
まるで、何か意地が悪い考えを思いついたかのようににやけていた。
「そうだ・・・『御前試合』に出てもらおうではないか」
御前試合?
あの、江戸時代とかにやってた・・・偉い人の前で見せる、戦いの事か?
「・・・!」
イグニスの顔が驚きの表情に変わった。
「何を考えているのですか!」
「丁度良いではないか、今回はこのカテドラルの練兵場でやることになっている。
彼の実力を見るためにも、ぴったりではないか?」
そう言うと、ゴルムは意地の悪い顔で俺を見ていた。
「・・・ですが」
「なんだ、副団長風情が、俺に意見を言うというのか?
・・・偉くなったな、イグニスぅ?」
「ぐ・・・」
苦虫を噛み潰したような顔をしたイグニスは、それっきり黙ってしまった。
「ふん・・・そう言うわけで、いかかでしょうかラティリーズ様」
そう言うゴルムの顔は、先ほどの人物とは同一人物とは思えないほど変わっていた。
媚びを売るような笑みをたたえ、ラティリーズを見ている。
こいつは・・・信用ならない。
本当に聖堂騎士の団長なのか?
ラティリーズは俺をちらりと見る。
その目は心配そうにも見えた。
「御前試合は、危険を伴います・・・彼は配属されたばかり。
時期尚早ではないでしょうか?」
「しかし、リルフェア様推薦の騎士。
実力は相当なものだと思われますが・・・な?」
そう言いながら、俺の顔を見た。
「・・・時期尚早だと、私は―――」
「いいわ、トーマを御前試合に出しましょう」
そう、ラティリーズの後ろから声が聞こえた。
ラティリーズが言葉を途切らせると、後ろに振り向いた。
全員の目線がそちらに向くと・・・立っていたのはリルフェアだった。
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ラティリーズと同じ色の、青白い長い髪を後ろに纏め、
黒いドレスを身に纏っていた。
「これは、リルフェア様」
ゴルムが片膝をつく。
その様子を見たリルフェアは溜息をつきながら
「トーマを御前試合に出すのを許可します。
しかし、ゴルム・・・貴方も参加なさい」
「へ・・・!?」
目を見開いて、リルフェアを見るゴルム。
その顔には、冷や汗も見えた。
「し、しかし・・・御前試合は怪我人が出る危険なもの。
わ、私は、その、団長として無用な怪我をする訳には・・・」
必死になり、断ろうとしているゴルム。
顔からは汗が滴り落ちていた。
その様子を見たリルフェアがため息をつく。
「私の命令を聞けないのかしら?」
そう言ってゴルムを睨むと、
ゴルムは蛇に睨まれた蛙のように、身を固くしていた。
「い、いえ!そう言うわけでは・・・!」
そのゴルムの様子を見たリルフェアはまた、ため息をついた。
「まあ、あなたの腕じゃ・・・聖堂騎士の顔に泥を塗るだけね」
「ぐ・・・」
苦虫を噛み潰したように顔を歪めるゴルム。
「なら、あなたから誰か推薦しなさい。聖堂騎士から一番の騎士を出しなさいな」
「それは・・・どういう意味でしょうか?」
リルフェアはゴルムの顔と俺の顔を交互に見る。
「あなたの代わりを立てろと言ってるの。
その者に勝てたら・・・トーマに関して、何も文句はないわね?」
ゴルムは何か考えているようだが。
顔をにやけさせると
「分かりました、そう言う事でしたら・・・私から一名、推薦しましょう」
ニヤリと笑い、俺の顔を見た。
その顔は、仲間だとは思われたくない程、嫌な顔をしていた。
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誓約の儀はそうして慌ただしく終わった。
ラティリーズもリルフェアも聖堂騎士達もその場を後にしていた。
残るは俺達だけ・・・だと思っていたのだが。
いつの間にか隣に立っていたイグニスが口を開く。
「・・・御前試合は、国中の猛者が集まり、その腕をラティリーズ様に見てもらうもの」
「ああ、それは分かる・・・だが、どうして団長がそれを嫌がるんだ?
騎士としては、光栄じゃないのか?」
団長なのだ、あの体格でもそこそこできると思う。
それに、騎士としてはラティリーズの前で腕前を披露するのは光栄だと思うのだが。
「御前試合は、ゼローム皇国の腕の立つ人間にとっては最高峰の腕の見せ場。
そこに集まる者は全て、強者と言って差し支えないだろう」
「そうだろうな」
御前試合はそう言うものだろう。
「・・・先も言った通り、ゴルム団長は世襲で父親の跡を継いだ。
ゴルム団長の父は立派な人だ、聖堂騎士団長として立派に勤め上げた人だ・・・」
そう言うとイグニスはため息をつく。
「ああ、すまない・・・私もゴルムの父上には世話になっていた。
私の剣の師匠と言っても差し支えはないだろう」
そう言うと、自分の腰に下げている剣の持ち手を叩いた。
「今では・・・彼の足元にも及ばない息子が、跡を継いだという訳だ・・・」
そういうと、イグニスはうなだれた。
・・・これは相当参っているように見える。
「え?じゃあ・・・彼は団長なのに他の人よりも弱いってこと?」
後ろにいた八霧がそう声を上げる。
イグニスはそれに頷いて返した。
「あの体を見ればわかるだろう?彼は訓練というものをほとんどしていない」
「・・・それに、頭もあまり良くなさそうだね」
「頭が・・・?ふふ・・・あ、いや。失礼」
頭が良くなさそうという言葉に反応して、イグニスが笑った。
しかし、すぐに訂正した。
・・・苦労人だな、この人も。
「まあ・・・彼が誰を選ぼうと、トーマさんには勝てないよ」
「言い切るのだな?」
八霧は俺を見ると、ニコリと笑った。
そして、イグニスの顔を見て。
「もちろん」
自信満々にそう答えた。
・・・御前試合か。
まあ、腕試しというのは単純に興味がある。
それに、俺の力がどれだけのものかも測れるだろう。
この世界でどれだけ通用するのかも、分かるはずだ。
読んで下さり、ありがとうございました。
次回から、御前試合編に入ります。




