218話
カロンとフーラが何度か剣を交える。
両者の間に火花が飛び散りお互いの身体に触れる。
腕はほぼ互角、背丈の分カロンが多少有利程度のもの。
むしろ小柄ながらも善戦しているフーラの方が多少腕が上と言える状況だった。
「頭だけではないようだな、フーラ君」
「ええ、あなたこそ腹に一物抱えているにしてはなかなか」
「・・・部下を思えばこそ、腹に抱えるものもあるだろうさ」
剣を構えながら、お互いににじり寄っていく。
一歩、二歩と近づくたびに周りの音が聞こえにくくなる。
「はあ!」
「・・・くっ!」
フーラの素早い刺突をいなす。
体勢を崩したその体に一撃を叩きこもうとするが、
その前に間合いを開けられ空振りに終わる。
「あなたを倒せば、後ろの安全は確保できる!」
「出来るものならば!」
何度も何度も切りかかっては弾き。
お互いに擦り傷程度の傷をつけながら剣戟が続く。
「どうして君のように頭の切れる子が奴の下に付く?
強さも相当なもの、マースにはもったいない人材だぞ」
鍔迫り合いに入った二人は顔を近づけ、話を始めていた。
「僕に他の場所に行く自由はありません・・・!
彼が死なない限り、呪縛は解かれないんです」
「ならば、このまま罠にかけて殺させればいい!
手を引けばそのままマースは死ぬぞ」
「!」
体格差が効いたか、鍔迫り合いに負けたフーラは後ろへと弾き飛ばされた。
よろけながらもフーラは剣を構えなおし、着ていた服の袖をゆっくりと捲った。
そこには、何かの呪文のような刺青が彫ってあるように見えた。
「これが、僕の呪いですよ。
隷属し使役される呪文・・・力を尽くさねば命を削られる呪文です」
「何?」
「彼に負けてほしいというのは本心です・・・しかし、彼の意によって僕は死ぬ。
そして彼の死によっても僕は死ぬのです」
つまり、役に立たなければ即刻死を与えられ。
自身が死ねば隷属させた者も死ぬようにしている、と。
「彼には死んでほしいですが・・・僕にとっては一蓮托生。
彼の死は僕の死なのです」
「なるほど・・・それが従う理由か」
自分を守るためには彼を守らなければならない。
だが、彼を守ることはずっと自分が奴隷として生きるということになる。
「解呪はできないのか?」
「試しましたよ・・・色々と、でもどうしても出来なかった。
だから僕は彼に危険が及ばないように、これまで手を尽くしてきました」
「・・・」
「しかし、今回は無理そうですね。彼の命はここまででしょう」
周りを見るフーラ。
既に彼についてきていた兵士は鎮圧され、すでにフーラのみが戦える状況だった。
「既に我が軍団は敵の手中、最後の攻勢もここに終わった」
「・・・フーラ君」
フーラの持っていた剣の先が地面に向く。
「せめて、あなたの手で僕を殺して下さい・・・あいつが原因で死ぬくらいなら」
「いや、まだマースが殺されると決まったわけではないだろう?
捕虜として取られる可能性だってある」
カロンのその言葉に、フーラは首を振った。
「仮に彼が生き残ったとしても、腹いせで多くの家臣を死に追いやるでしょう。
そういう男だということは一番近くにいた僕が知っています」
「・・・そうか」
腕を組み、カロンは目を閉じた。
何か策はないかと頭をひねってみるが。
(もしかしたら、テネス殿に相談すれば何とかなるやもしれんな)
とは言え、本当にできるかはわからないが。
会わせてみる価値はあるだろう。
――――――――――――――――――――
「く、くそ・・・!」
虎の子として用意した重騎士部隊は、たった一人の女性によって崩壊。
半数以上がその女性に倒され、残りはグスタフの配下と当人によって制圧された。
残るは本陣を守る軽歩兵と少数の騎士のみ。
「マース様、撤退・・・撤退を!」
「ご命令を!このままでは崩壊いたします!」
既に重騎士部隊を蹂躙した一団がこちらへと向かってきている。
その間には多数の味方兵がいるが・・・そのあまりの一方的な戦闘に怯えきっており、
武器は向けているものの及び腰でまるで戦闘をする気が無いように見えた。
「ぐぎぎぎぎ・・・!ええい!まだ残っている部隊はいるのだろう!
総攻撃だ!総攻撃!」
「マース様!既に我々軍団は崩壊しております!どうか・・・どうか!」
参謀の一人が悲痛な声で叫ぶ。
「貴様らぁ!俺の部隊ならば最後まで戦え!腕があるのなら武器が振れるだろうが!!」
「マース様・・・!」
既にこちらの部隊は崩壊、前方と後方からの奇襲に加え。
城を包囲していた部隊も防衛隊によって足止めを食らい各個撃破。
既に戦える兵などほとんどいない。
10万近い部隊は至る所から襲われた結果、その兵力を発揮できないまま崩壊していた。
「貴様らも剣を持って戦え!」
マースが持っていた剣を放り投げ、参謀にぶつけるように渡した。
「・・・わかりました・・・お別れですな、マース様」
あきらめたように、参謀は一つため息を吐いた。
そして剣を鞘から引き抜くと、前線へと駆けていった。
「どいつもこいつも・・・使えぬ奴らばかりだ!」
マースは悪態をつきながら、馬上で腕を組む。
「くそ、このままでは負ける。こんな失態を犯したまま終わってたまるか・・・!」
何かないかと思案を巡らせていると。
不意に馬に下げていた皮袋に手が当たった。
「待て、こいつがあったか!」
皮袋から取り出す何かの結晶。
透明で、光を乱反射している。
その反射はマースの目が眩むほどのものだった。
「ギル教の宝物、大いなる力を宿し勝利を導く結晶か」
それを天高く片手で掲げる。
こうすれば結晶が反応し、軍を勝利に導く何かが起こると説明されていた。
すると結晶に向かって天から光が降り注ぎ、
その眩いばかりの光がマースを巻き込みながら地面を照らした。
「な・・・あ・・・がぁぁぁ!?」
その光はものすごい熱量を持ち、マースを乗せていた馬ごと焼き尽くし始めた。
「!」
馬がその暑さに耐えきれなくなり暴れだす。
それと同時にマースが振り落とされ、手に持った結晶は路肩へと転がっていった。
「ぐぁぁ!くそがぁ!」
光は結晶を追うように移動、地面を焦がしながら結晶を照らし続けている。
結晶を投げたマースは何とか生き永らえたが、その代償として酷い火傷を負っていた。
「畜生が、こんなものを寄こしやがって・・・?」
その場で何度も地面を叩きながらマースはさらに悪態をついていたが、
結晶に何かしらの異変が起き始めたのを見るとその手を止めた。
「何だ・・・?」
結晶がさらに輝きを増す。
輝きが頂点に達したのか、天からの光が消え結晶だけが残される。
それも一瞬で、結晶が振動したかと思うとひびが入って砕けてしまった。
同時にその結晶から噴き出すかのように熱風が辺りに吹き荒れた。
熱風は土煙を巻き上げ、マースを包んだ。
「う・・・!何だってんだ」
目を凝らし、結晶のあった方を見る。
すると何か揺らめくような物体が土煙の切れ間に見え始めた。
それは、何かの魔物のようなものだった。
――――――――――――――――――――
「なんだ?」
グスタフが天に見えた光を見てその歩みを止める。
隣を歩いていたプリラも足を止め、その光を凝視した。
「何かしら?」
「マースが何かした、かもしれんな」
既にマースがいるらしき場所は眼前。
しかしその間には最後の防衛ラインを守る兵士たちが立っている。
・・・その中に文官の服を着たものが混じっているのは異様だったが。
とはいえ、敵は敵。
ここを突破し、マースを捕まるか・・・或いは処刑すれば終わりだ。
「よし、行くぞ!」
グスタフが突進しようと足を踏み出すが。
その足は目の前に突然起こった爆発によって止められた。
「なんだ!?」
何度も爆発が眼前で起き、目の前に陣を敷いていた兵士たちが巻き込まれていく。
見る間に壊滅し後に残ったのは粉塵と巻き上がった爆炎のみ。
その爆炎が収まり始めると、それを起こした主らしき魔物がこちらを見ていた。
炎を纏った獣のような何か。
「何だこいつは!?見たことがない魔物だが・・・」
「私も、だけど炎の魔物っぽいのは確かね」
牛のような頭に、体は熊のようにずんぐりしているその魔物は。
グスタフたちを一睨みすると雄たけびを上げた。
「来るか!」
「ええ、そうみたい」
二人が武器を構えると同時に、その魔物は涎を垂らしながらこちらへと向かってきた。
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