215話
本陣中央部にマースは立ち、撤退してくる部隊を眺めていた。
顔を訝し気にしながら。
「ふん・・・こちらが下がるのを見て追撃する気概もないか」
てっきり追撃をしてくるとばかり思っていたので、
拍子抜けという感じでマースはそう呟いた。
「マース様、それはフーラ殿が奇襲を仕掛けたためかと」
「フーラが?」
「はい・・・敵の中心まで押し入って混乱を引き起こしたとか。
結果的に我々の後退はつつがなく行われました」
参謀の一人の言葉を聞き、マースは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「奴の成果ではない、俺の部隊の威勢を受けて奴らは攻撃してこなかったのだ。
決してあいつの成果ではないぞ!」
「そ、そうですか・・・」
マースの強い言葉に参謀が一時黙ってしまうが。
一度咳を切ると、再び口を開いた。
「しかしこれからの動きが肝要ですぞマース様」
参謀は懐から手書きの地図を取り出し、それを眺める。
「一旦は仕切り直しになりましたが、戦力的優勢に変わりはありませぬ。
しかし時間を与えては相手に策を弄する時間を与えるに同じです」
「ああ」
「準備は八割方で切り上げ、相手の息をつかせる前に攻めましょうぞ」
参謀が近くにいる伝令にそのことを伝える。
小走りで伝令は命令を兵士に伝えに走っていった。
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フーラ隊は多少の被害を出しつつ追手を振り切った。
全員息も絶え絶えで追手が来ないことを確認したフーラが立ち止まる。
すると彼に続いていた兵士達はその場に倒れるようにへたり込んだ。
「こ、これで成功なのか・・・フーラ君よ」
肩で息をしている若い兵士がフーラに対して顔を向けそう聞く。
フーラは頷くと、一度後方に振り返った。
「ええ、現に彼らの陣営は騒がしくなってますし。
攻撃をするにも時間を置いてからになると思いますよ」
「そ、そうなのか?」
「ですがこれは時間稼ぎでしかありません。
・・・さあ、マース様あなたの軍略を見せてみてください」
そういうフーラの顔は、多少意地が悪そうに歪んでいた。
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「何、策を中止する?」
マースの軍団の後方に陣を備えていたカロン。
馬上で食事をしながら斥候からその情報を聞いていた。
「はい、このままではカロン様達に甚大な被害を与える可能性があると。
万全になるまでは待機とのことです」
「万全・・・機を逸しては」
「ですので作戦の一部を変更するとのことです。
カロン様、あなた方には一時的に危険な状態になっていただきますが」
「む?」
危険と聞いて眉を上げるカロン。
近くに控え、話を小耳に入れていた参謀役も訝し気に彼を見た。
「無論、命の保証は致しますのでそこはご安心を」
「・・・まずは、その策とやらを聞かせてくれ。
部下の命がかかるとなればすんなりと受ける訳には」
「そうでしたね、では」
斥候は一つ、また一つと順序だてて説明していく。
はじめは何度か驚いたような顔を見せたカロンだったが。
最後まで説明を聞くと一つだけ聞き返した。
「本当に命の危険はないのだな?」
「ええ」
自信満々、とばかりに斥候は強く頷いた。
「・・・わかった、意に従うと返しておいてくれ」
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一夜を通して朝方近く。
両陣営は一息ついたことで混乱は収まりつつあった。
そしてマース側の前線にカロンの部隊が合流をしている状況になっていた。
「カロン、貴様は後方待機のはずだぞ」
部隊を見つけたマースは急ぎ足で本陣の中から出てきた。
そして多少不機嫌そうにカロンを睨みつけてそういった。
「マース卿、我々にも武働きの機会をお与えください。
このまま引きさがってはヘルザード帝国の恥晒しとなりましょう」
「ふん・・・何も出来ずに兵を減らした男に何ができる」
その言葉にカロンは顔には出さなかったが、
マースに見えないよう拳を強く握っていた。
「まあいい、俺の兵ではないし勝手にしろ。
せいぜい相手を疲れさせるくらいの事はして見せろ」
「は・・・」
一つ頭を深く下げたカロンはそのまま踵を返してその場を後にした。
本陣を後にしたカロンは側近たちと合流。
そして自身の馬に乗るなり、苛立ちを現し始めた。
「奴は本当に総指揮官なのか?あれでは・・・」
「まあまあ将軍。策がばれていないということでしょう?」
隣に馬を寄せてきた参謀がそう言う。
確かに、と頷くカロン。
「よし、では予定通り行動に移るぞ」
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カロンの部隊は素早く前線に配置、昨日突撃部隊が壊滅した大通りを進んでいた。
まだ死体のほとんどが片付けられておらずその場に転がっていたが。
「・・・よし、では始めるか」
カロンが馬上から片手を高々と上げる。
後ろに控えていた歩兵隊の一部が前に押し出た。
その兵士達の手には工具が握られている。
目標は目の前のバリケード、あれを破壊するのが策の合図となる。
「開始しろ」
片手を振り下ろすと同時に歩兵たちは一斉に行動を開始した。
バリケードに取り付き、工具でそれを解体し始める。
「・・・」
兵士が取り付いてそう時間を置かないうちにバリケードに異変が生じる。
グラグラと揺れ崩壊を始めるバリケード。
同時に敵の伏兵が辺りの家から顔を出し、弓矢によってその歩兵隊に射かけてきた。
「ここまでは予定通りだ、焦るなよ」
歩兵隊は善戦するが、射られた兵士から次々と地面へと倒れていく。
「・・・よし!バリケードは破壊した。騎兵隊は我に続け!」
カロンが馬を走らせる。
後続からは部下の騎馬隊がそれに続く。
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「バリケードは?」
「完全に破壊、突撃してきた騎兵隊と伏兵は相打ち。
今や完全に穴が開いていると見えるでしょうね」
「上出来ですね、ここまでは」
ここまでは策通り、後は彼らがこの状況をどう見るかによって決まる。
テネスと打ち合わせをしていた参謀は、
事がうまくいくようにと戦いが起きている方を見つめた。
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伝令がマースに前線の情報を伝える。
部隊は壊滅、その代わり相手の伏兵達にも大打撃を与えたと報告していた。
「カロンの部隊が全滅?ふん、所詮はその程度か」
「しかし相手の防衛部隊に大穴を開けてくれました。
・・・彼らの犠牲を無駄にしないためにも、今を持って突撃すべきかと」
相手がこちらを止めるために配備していた伏兵とカロンたちは相打ちになった。
要は今その場所に敵は存在せず、突破は容易と判断できる。
「すでに前線部隊は配備を完了、号令さえあれば総員突撃を開始できます」
「あそこさえ突破すれば城は眼前、ふん」
カロンにしては役に立ったと呟いたマースは握り拳を作って全員に号令する。
「突撃だ!全軍を持って城門まで突破し、城を奪還するぞ!」
おお!と周りの兵士たちが声を上げる。
それと同時に全ての兵士、参謀を含めた全員が移動の準備を始めた。
マースも机の上に置いていた自身の兜を深く被り、椅子に掛けていたマントを羽織る。
「マース様、出撃なさるおつもりで?」
「俺が城に入城しないでどうする?次の帝王になる男がいないでは話にならん」
「左様で」
半ばその言葉に諦めを含みつつ、参謀は彼を止めることをしなかった。
「これで勝てばヘルザードは俺の物になる。
・・・高々大貴族の次男坊が帝王になる時が来たのだ。
これは天が与えた最大のチャンスというものだろう?」
そう呟きながら、マースは馬にまたがる。
そして手綱を引くと前線へと向かっていくのだった。
「・・・愚かだな」
報告に来た伝令が誰にも聞こえないようにそう呟く。
(情報を鵜呑みにするのはいけない、虚報の可能性もあるというのに)
彼は暫定政府側の兵士で、どさくさに紛れて潜入した一人。
簡単に報告を信じた男の後姿を見ながら、
移動する部隊に紛れて軍の中へと再度溶け込んでいった。
読んで下さり、ありがとうございました。




