210話
帝都への増援部隊は複数に分かれて都へと向かっていた。
その先遣部隊が壊滅したことは知られず、急ぎ足で数万を超える軍勢が行軍を続けていた。
「ふふふ、壮観だなこの光景」
その軍勢の代表者であり司令官である男が自身の部隊を見てそういう。
兵士10万予備役3万、そして雑用役2万の大軍。
かき集められるだけの兵力を集め現在帝都へと向かっている。
「いっそのこと、この俺が帝王にとって代わるか」
「マース様、そういう話はいかがなものかと。
失脚の原因にもなりかねます」
「・・・フーラ、シャルードの奴に何かあればだなぁ。
次の跡目は俺になるかもしれないだろう?あいつには子がいないしな」
マースはヘルザードでも有数の力と兵力を持った貴族であり、
この軍勢も彼の私兵と近隣の小貴族から奪い取って編成したものだった。
「状況次第ではシャルードには死んでもらった方がいいだろう?」
「・・・口を慎んだほうがよろしいかと思います。
仮にもあなた様の主君にあられる方、そういう発言は・・・」
「ふん、何が主君か」
耳の尖った男、フーラを見てそういう。
「エルフは真面目でつまらんな」
「真面目、不真面目は関係なく立場を考えるのでしたら発言には気を付けてください」
「フーラ・・・それは俺に指図しているのか?」
「いえ、忠告です」
その言葉を聞いたマースは苦虫を噛んだような顔をしたが。
周りの事を気にして、それ以上の発言はしなくなった。
「ふん・・・まあいい」
――――――――――――――――――――
「マース卿、ですか」
「ああ、次に到着するとすれば本隊。
その本隊を指揮しているのが大貴族のマースだ」
投降しこちら側についたカロン将軍がそう言う。
規模を聞いただけでこちらの兵士が震えるほどの大部隊を率いているらしい。
「勝てるのか?」
「勝てる、ではなく勝つしかないのです。
幸いあなた方が全滅したという情報は伝わってないようですしそれを利用します」
「?」
「獅子身中の虫作戦とでも名付けましょうか」
テネスはそう言うなり書きなぐりに近い状態で一枚の紙に作戦概要をかき始めた。
ある程度書き終えるとそれをカロンに見せた。
「あなた方はこのままここで増援を待ってもらいます。
そして合流してもらいマースの部隊が攻撃を開始し始めたら離反、襲ってもらいます」
「む・・・?」
多少の疑問を含んだ顔を見せるカロン。
それもそのはずで、作戦通りならば本隊と合流後次第。
カロンを含めた部隊があちら側に付くという可能性だってある。
なのに信頼するというのか、という顔をしていた。
「我々を信頼しているのか?本体と合流したらそちらに着くかもしれんのだぞ?」
「それはどうでしょうね?」
そう言って、テネスはカロンの顔を見た。
何やら含みのあるような顔色で。
「いや・・・まあ。任せておいてくれ」
気まずそうにその場を後にするカロン。
「・・・彼の言う通り、裏切る可能性があるのではないかテネス殿」
「グスタフさん」
テントの陰から現れたグスタフは、去りつつあるカロンの後姿を眺めてそういった。
「大丈夫ですよ、彼の今の心境ならば」
「何?」
「まあ、見ていてください」
――――――――――――――――――――
その日の夕暮れ近くに増援部隊はカロンたちの部隊と合流していた。
「お疲れ様です、マース卿」
「・・・ふん、どうせ先遣部隊の事だからと思っていたがその通りだったな」
目の前に広がる城壁の様子を見てそう呟くマース。
多少の戦闘の痕跡は見えるが、どの部分も破損していないその壁。
ため息を一つ吐くと、カロンを見た。
「やはり二流は二流、現場から選抜された男ではこの程度か」
「・・・」
その言葉に唇を噛むカロン。
「まぁいい、俺が来たからにはこんな戦い明日にでも終わらせてくれる。
フーラ!部隊の編成はお前に任せる!俺は寝るからな」
「は・・・」
傍に立っていたエルフはその言葉を了承したように一つ頭を下げた。
そしてマースはその場を後にしたのだった。
「・・・君がフーラ君か。マース卿の頭脳と呼ばれる」
「いえ、その様な大層なものでは」
首を振りその言葉を否定するエルフのフーラ。
多少照れているようで、顔が少し赤くなっていた。
だが何故かその目つきが急に険しくなる。
「ときにカロン様、今日は涼しいですよね?」
「え、ああ・・・そうだな」
この時期の帝都の周りは寒いくらいだ。
別に暑いなどとは感じてはいないが。
「では・・・どうして汗を掻いているのですか?」
「・・・え?」
思わず、顔を触るカロン。
だが汗のような水気はその手には付かなかった。
「・・・冗談ですよ?」
「な、何を?ははは・・・」
空笑いするカロン。
その様子をじっと見ているフーラの目は冷たいものが含まれていた。
――――――――――――――――――――
「ふぅぅぅ・・・!」
カロンは自分のために用意されたテントに入るなりベッドに突っ伏した。
元来より嘘を吐くのが下手だというのは自負していたが、それにしてもだ。
「ばれたか、間違いなく」
あのフーラというエルフの少年。
こちらの考えを見透かしたような眼をしていた。
間違いない・・・ばれただろう。
どうする、今のうちにここから逃げるか。
部下を連れ出して先行部隊として攻め入るといえば大丈夫な、はずだ。
「よし」
決心し、頭に思い描いたプランを何度か確認しながら多少乱れた服装を直す。
今からマース卿と会い、部隊を率いて前線に出る。
そう言うだけ、そう言うだけの事だ。
「どちらに向かわれるのですか、カロン将軍?」
「ぬぉわぁぁ!?」
背後から聞こえてきた声に対して素っ頓狂な声を上げて飛び上がるカロン。
ばッ、と音を立てながら高速で振り返る。
「どうも」
「ふ、フーラ君か・・・脅かさないでくれ」
安堵のため息を吐こうとするが、ある考えが頭をよぎる。
今の独り言、聞かれていたか?
いや、先ほどの態度がばれたのか?
・・・まずい、何としてもごまかさなければ。
「嘘が下手ですねカロン将軍。
参謀や軍師役には就けない性格ですよ?」
「な、何のことだ?」
「目を背けて話すのは後ろ暗いことがあるから。そうではないですか?」
「!」
一瞬だけだが、彼から目をそらしてしまった。
そしてそれを指摘された。
まずい。
「大方、敵と通じて我々を襲おうという魂胆でしょう?
違いますか?」
「何のことだ・・・私が裏切っているとでも?」
何とか目線を合わせてそう返す。
冷静に、いや何も表情を見せることなくフーラの目はこちらを見ている。
見透かされているような感じで。
「・・・まあ別にどちらでもいいんですよ、僕にとっては」
「何?」
こちらから目線を逸らすと、フーラはそう呟いた。
「あいつが悔しい目に合うのなら僕はどちらでも」
「君は、一体」
一度こちらを見るとふっと笑いフーラはその場を後にしようと踵を返した。
「ま、待ってくれ」
「大丈夫ですよ・・・僕は何も言いませんし何も聞いてませんから」
そう言って、テントを後にしていった。
一体、彼はなんなんだ?
間違いなくこちらの行動、思考を読んでいた。
裏切っているとも気づいていたはずだ。
なのに、なぜそれを見過ごそうとするのか。
「悔しい目に合うのが見たい・・・か?」
その言葉だけがヒントなのだろう。
しかし、今のカロンにはそんなことを気にしている精神的余裕はほとんど残っていなかった。
読んで下さり、ありがとうございました。




