202話
帝都を見据える丘に黒い影が二つ、その様子を眺めるように揺れていた。
「・・・異常なし、その一言だな」
双眼鏡を構えた兵士がそう呟く。
帝都の兵士の動きは定常通り、何もおかしい部分は無い。
要するにこちらに気づいていないという事だ。
気づいていれば警戒するだろうし兵を増員するはずだからな。
「寒いなぁ、しかしよ」
「しょうがないだろ・・・ヘルザードは寒い地方なんだからよ」
「やれやれ、バッカスの奴に変わって貰う方がよかったな・・・あいつ北方出身だし」
愚痴りながらも、双眼鏡で帝都の様子を探る同僚。
「しかしいつ攻撃するんだろうな」
「機を待っているという話だったが・・・それに補給物資を仕入れる必要もあるとか」
「どっから持ってくるんだ?周り敵だらけだろ」
「・・・それがよ」
耳打ちをする。
「内通者がいる?」
「みたいだな、お陰で動きやすいって言ってたぞ」
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既にシャルードの周りは彼に賛成する者しか残っていない状態になっていた。
自身の意見を否定する者、失敗したものは全て降格或いは処刑する事態になっていた。
「陛下、いかがいたしましょう?」
「口うるさい者は全て排斥した、これでいいんだろう?」
そう言い傍に立つ青年を見るシャルード。
痩せ型の美形だが、彼の羽織るマントにはギル教のシンボルが描かれていた。
「ええ、災竜様の教え通り・・・これで気兼ねなくゼロームを潰せましょう。
全ては貴方の思うままに破壊の限りを尽くしてくださいませ」
そう言うと、青年は恭しく一礼した。
「そうか・・・そうだな。これでゼロームへ攻撃ができる。
今度こそ、完膚なきまで叩き潰し・・・ラティリーズをわが手に」
「・・・」
一瞬、青年の目が怪しく光るが。
その様子にシャルードは気づくことはなかった。
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我々が潜む森にも全く監視の目が無い訳ではない。
最低限の兵力は駐在させているらしく、たまに森の端に兵士の影を見る事があった。
その兵士たちが拠点とする場所も2か所存在しているようで。
一つは森の北方に、もう一つは南方に存在していることは確認した。
兵士の在留数は20名ほど、あくまで森を監視する程度の戦力だろう。
敵が攻め入るとは考えられていない場所、という認識は間違いなさそうだ。
その兵士たちが駐在している所を睨む様に伏せる複数の人員。
その集団に上空から何かが迫っていた。
「どうでしたか、シル」
「うーん・・・なんて言うか。
あの人たちやる気あるのかな」
ハーピーのシルがそう言う。
「やる気がないのか?」
ジーラスの隣で夜食を取っていたドノヴァがそう返す。
「だって、なんか気が抜けてるというか。
敵が来ないとか思ってるのかな?」
「・・・まあ仕方ないでしょうね、この位置から敵が来るなんて思わないでしょうし」
この状況はチャンスでもある。
相手が油断してくれているのなら付け入る隙はいくらでもあるということだ。
「まずは森の中を完全にこちらのテリトリーにしてしまいましょうか、ドノヴァ?」
「勝手に動くのか?」
「もちろん許可は取りますよ?それに・・・この森は食料が豊富です。
確保のためにも行動範囲を広めるのは得策かと思いますが」
ジーラスは森を見渡しながらそう言った。
「食料か、なるほど」
先ほどの夜食を思い出しながらドノヴァはそう呟いた。
食べていたのは乾燥させた干し肉で現在全体の主食になりつつある。
嫌いというわけではないが、食べるものが単一になるとそれだけで嫌気がさすものだ。
つまり、士気が下がる可能性がある。
「久しぶりに全体に新鮮な食料を届けるという意味でも、森の確保は重要かと」
「確かにな・・・わかった、俺も協力しよう」
ドノヴァはそういうと、シルを見た。
「なに?」
「敵兵の位置を教えてくれ、報告したい」
「ああ、うんいいよ」
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シルの話を聞いた直後二人は本陣へと引き返した。
そして本陣に報告し提案すると、二つ返事で了承をもらった。
ある程度の兵士を連れていくことを許可されその編成を終わらせる。
「まず、敵の拠点は大きく分けて二つです。
北部を中心に見回っている部隊が休む小屋と、
南部を見回る部隊が徴収した木こりの休憩所がそれに当たりますね」
「どうする?俺とジーラスで別れて同時に襲うか?」
「まあ、それが手っ取り早いでしょうけど」
問題は兵力を分散させることだ。
奇襲という面でいえば分散させても問題ないくらいの兵力なのだが。
ばれた場合はこちらにもかなりの損害が出るだろう。
とは言え、大部隊で動けばそれだけばれる可能性も高い。
少数で襲うのは当然といえば当然か。
「大丈夫だ、ジーラス」
「え?」
「俺とお前ならば負けはしない。
こんな森を守る警備兵程度なぞ、敵にもならないだろう?」
自信満々、という表情でニヤリと笑うドノヴァ。
その顔を見てジーラスも苦笑しながら。
「そうですね」
そう返し、気づかれないようにその場を二人は後にした。
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その日の夕方に奇襲攻撃は行われた。
北にはジーラスの部隊が夕闇に紛れながら攻撃を開始し、
ドノヴァ達もそれに合わせて南への拠点へ攻撃を開始。
敵国からの攻撃を想定せず、その装備も警備兵に与えられる最低限の物しかもっていない部隊。
国境沿いから連戦し新兵でもすでに熟練兵に近い経験を積んでいた彼らにとっては敵ではなかった。
「こ、降参する」
生き残った警備兵たちは両手を上げてこちらに降伏を申し出てきた。
だが・・・。
「ジーラス、彼らを殲滅した方がいい。
捕虜をとるにも重荷になるだけだ」
「ふむ・・・」
確かに。
ここで逃がすわけにもいかず、捕虜にすれば大切な物資を分けることになる。
「上に指示を仰ぎましょう、この件については」
「殺した方が楽だと思うのだが」
「相手は降伏しているのですよ?禍根しか残らない行為は慎むべきでは?」
「・・・時と場合によるだろう?」
ドノヴァの言い分もわかるジーラス。
今現在の状況を考えれば、情報が漏れる可能性を一つでもつぶすのは最優先事項だろう。
「わ、分かった!情報を教える!だから命だけは!」
二人の会話に不穏なものを感じたのか、降伏した警備兵は叫ぶようにそう言った。
「情報?・・・ドノヴァ、彼らを殺すのはやめた方がよさそうですね?」
「役に立たぬ情報なら、この場で切り捨てるぞ?」
「ひぃぃ!」
腰が砕けたのか、その場にへたり込む警備兵。
「・・・まあ、後のことはテネスさんに任せましょう?」
「だな・・・」
警備兵たちを軽く縛り捕虜とし、自分たちの拠点へと連れ帰った。
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