198話
「少数で突破する?正気か!?」
グスタフのその一言が空間に響いた。
「ええ、プリラ一人ではどうなるかわかりませんが。
私にゼフィラスさん、グスタフさん。
それと一部の精鋭で彼らの中央を突破、道を開きます」
「・・・」
ゼフィラスは頭を抱えていた。
「テネス殿、貴方は優れた策士だと認識していたが・・・。
流石に無茶ではないか?」
「冷静に現状を判断した結果での最善策ですが」
最善策と聞いてゼフィラスの表情は困惑気味になっていた。
グスタフも同様だ。
「エマさん、あなたの言った毒を流すという案は半分採用しますよ」
「へ?」
壁に背を預けていたエマが意外そうな顔でこちらを見る。
「少数で勝つにはまず奇策、そして各個で撃破ですよ。
まあ・・・毒というのは比喩とも言えますけど」
――――――――――――――――――――
その頃、地下奥深く。
外部から侵入し吸血鬼達の移動用通路に住み込んだ魔物たちは、
その同胞が増える度に地下を拡張していた。
そのため元々一本道だった地下坑道は既に迷路のような様相の、
アリの巣のような道が大量に掘られている状態になっていた。
リーダーがいないため、それぞれが独自の縄張りを持ち。
お互いに干渉しあわないようにその住処を作っていたのだが。
長いことその状態が続いたためか、小競り合いや縄張り争いが激化の一歩を辿っていた。
「うへぇ・・・これは酷いな」
匍匐前進で進む偵察兵達。
茶色いローブに泥をまぶしてカムフラージュ、洞窟内をゆっくりと進んでいた。
その一人が発したその言葉は、目の前の状況に向けて放たれていた。
縄張り争いなのか何かは知らないが、
目の前に転がっているのは白骨化した死体と死んだばかりだと思われる死体。
それが山のように道の端に積まれているのだ。
「争った形跡が見られる死体、無い死体があるな」
「縄張りを争ってるんでしょうか?」
複数人がその山に近づいて調べる。
確かに傷の無い死体とある死体が折り重なっている。
白骨も綺麗な状態のもの、僅かに形状を残しただけのものと二通りだ。
「テネス殿の言う通りまとめ役がいないせいで、
お互いを殺しあうのが当然になっているのだろうな・・・」
確かに社会的に暮らすのであればリーダーなどの上に立つ者がいないのは理想であろう。
全員が全員、平等に暮らすという上ではという前提付きの話だが。
しかし・・・そんな完璧な社会など無理な話なのだ。
人間にも魔物にも欲というものがある。
欲がある以上、全員が平等に暮らすというのは理想を語るだけに等しい。
「しかしこれならばうまく行きそうですね」
「ああ・・・準備を始めるぞ」
各々が散って、洞窟内へと消えていった。
――――――――――――――――――――
「調査の結果は?」
戻ってきた偵察にそう聞くと、各々が頷いていた。
どうやら予想通りの結果を持ってきてくれたようだ。
「仰っていた通り規律というものはほとんど無いようです」
「有象無象がお互いの縄張りを巡って対立しているように見えました。
自然界というくくりで見れば当然なのかもしれませんが」
「やはりそうですか、長を立てないという事はそう言う事になるという事です。
これなら少数でも殲滅は可能でしょう」
「どうやってですか?私達が調査する限りでは敵は数千、それ以上いる可能性も」
数千、なるほど結構な数だ。
全員を全員相手していれば損害も多くなるだろう。
・・・しかし。
「倒すのは我々の道を塞ぐものだけです。
彼らの独自の縄張りを利用して最小限に突破しましょう」
「最小限、に?」
纏まっていないという事はそれぞれ独自の領域を持っているということ。
その領域に入ってこない者を襲う事はまずないとみていいだろう。
非情に好戦的でない限りは、だが。
「皆さんの情報を下さい、進行ルートを作成しますので」
――――――――――――――――――――
テネスが地図を作製している最中、一部の魔物たちがある相談をしていた。
このまま無事に抜ければ首都まで直通で攻撃が可能だが。
今現状の戦力で果たして首都防衛隊を倒せるか、と。
「やはり戦力不足では?」
「しかしだな、こちらの練度の方が高いし精鋭も多い。
それにお前も知ってるだろ?首都周りの警備兵の無能ぶりは」
グスタフの配下同士がそう話をしている。
その話に興味を持ったのか、近くを通っていたエマが声を掛けた。
「無能なの?首都を守るのなら精鋭だと思ったんだけど」
「今までヘルザードの首都に攻め込まれたのは歴史を見返しても一回だけ。
それも数百年以上前だ、警備に回す人員は誰でもいいと思われてる」
「それに一部の貴族が自身の子供に箔をつけるために、
首都警備隊に配属することが多い。
故に戦力として数えるにはあまりにお粗末という事だ」
「へぇ・・・なるほどね」
確かに、攻め入る可能性が低ければ低いほどそこに充填しておく兵力は少なくていい。
他に戦力が必要な部分は多いだろうし当然といえばそうか。
「ゼフィラス、君はどう考える?」
私はゼフィラスに対してそう聞いてみた。
ゼフィラスは少し考えるそぶりを見せると。
「無謀、と言い切れない部分もある。
第一今の戦力を考えれば多少の無茶を通してでも首都を叩くべきだろう。
長期戦になれば不利になるのはこちらだからな」
「盤石な基盤が無い以上、消耗が早いのはこちら・・・か」
兵数にも限りがあり物資もそうだ。
急ぐに越した事が無いというのは元々の考えだったからな。
「そう言うグスタフはどう考える?」
「首都警備隊を知っている身からすれば、速攻次第では制圧が可能だろう。
一気に宮殿まで乗り込みシャルードを捕縛することも・・・な」
「ほう」
「まあそれだけ練度が低いという事だ。
元来首都付近まで攻めいられたことなど皆無だからな」
それだけヘルザードの国境防衛部隊は精鋭を配備しているということだ。
内部に深く進攻されることなど稀、各街の警備隊など練度が知れている位のもの。
むしろ練度が高ければ侵攻部隊に回されることになるだろうし、当然といえばそうか。
「でも本当に首都まで一気に近づけたら。
私達の無謀な行動は一躍歴史に名が残る偉業になるかも知れないわね」
エマがそう言うと、ゼフィラスは頷いた。
「ああ、間違いなく歴史の一ページには飾られるだろう。
これだけの少数の部隊でヘルザードの首都を攻撃した部隊として、な」
「失敗すれば全滅、一人も生きて帰れない。
でも成功すれば・・・もしかするともしかするわね?」
勝ちへの道は今テーブルの上に描かれている。
その勝ちを描いている人間。
一心不乱に地図を描き続けている彼の顔は、頼もしくも見える。
「テネス、はいコーヒー」
「ああ、すみません。そこに置いておいてください」
プリーストの格好をした女性が彼の傍にカップをおいていく。
テネスはそのカップを一度ちらりと見ると、再び地図を弄り始めた。
読んで下さり、ありがとうございました。