196話
すえたような臭いが漂う地下へと続く階段を歩く一向。
時たまに蝙蝠がこちらに向かって飛んできては威嚇をして去っていく。
・・・本当にこの先に吸血鬼の長とやらがいるのだろうか?
そう懸念が出るくらい、長い階段を下がり続けている。
辺りは暗く壁に掛けてある松明のみが辺りを煌々と照らしていた。
「・・・ゼフィラス、そんな顔をするな」
隣を歩いていたグスタフが私にそう声を掛けてきた。
顔が強張っていたのだろうか、思わず頬をさすった。
「大丈夫だ、吸血鬼は排他的だが嘘をつく種族ではない」
「彼女は嘘をついていないと?」
「ああ」
自信があるのか力強く頷くグスタフ。
彼がそう言うのなら、そうなのだろう・・・多分な。
それからしばらく歩いていると。
いつの間にか一番先に降りていたテネスが駆け足で階段を降りだした。
その様子を疑問に思い、目を凝らして先を眺めると。
一つの大きな扉が、暗闇の中うっすらだが見えた。
・・・どうやら最下層にたどり着いたようだった。
「ふむ」
興味深そうに扉を眺めるテネス。
扉の表面をさすり、ノブを何度か確かめるように握る。
「罠は無さそうですね、普通の扉です」
ゆっくりとノブを回し、扉を開く。
その先には・・・またもや暗闇が広がっていた。
「おいおい・・・」
階段だ、また。
これは骨が折れることになりそうだぞ・・・。
――――――――――――――――――――
深い、地下深い闇。
潜って何分経ったか分からない位に深い。
「ふむ・・・地下数百メートルと言ったところでしょうか」
「あら、そんなに降りたの?」
「概算ですが300メートル程度は下りてますよ」
「すまんが、その単位は何だ?」
ああ、と頷く私。
そうかこちらの単位は私達の世界とは違うか。
「結構な深さって事ですよ、グスタフさん」
「・・・そうか」
さっきから同じ景色しか見えないからか、ついてきた兵士たちは疲れ始めている。
そろそろ何か起きて欲しいところだが。
「ねえ、テネス」
「なんですかプリラ」
「・・・あなたの能力でどれだけの階層があるか分からない?」
「初めての構造物ですし難しいかと」
そう、と呟くプリラ。
出来るかどうか聞いただけのようで顔色は変わっていない。
てっきりこの長い階段に飽き飽きしていると思ったのだが。
「しかしもうすぐ着きそうですけどね」
「?」
「クリエイターの勘という奴ですよ」
またしばらく沈黙が続いたまま階段を降りていく。
すると予想した通り目の前にドアが現れた。
先ほどとは違う重厚な鉄張り、観音開きの扉が目の前に。
「・・・今度こそ大丈夫だよな?」
ゼフィラスは後ろを見る。
へとへとになりかけている兵士たちは肩で息を切っていた。
ゼフィラスとグスタフは流石に体力があるようで汗を少し掻いている程度。
プリラは・・・涼しい顔でいつも通りニコニコしていた。
「では、開けますよ」
両手を扉に付ける。
・・・感触からして罠は無し、ただの扉。
そのまま一気にドアを押し開いた。
――――――――――――――――――――
一瞬目が眩むほどの光が全員の眼を差す。
殆どが闇に覆われる長い地下へと続く階段を降りてきたのだ、
目が慣れるには時間が掛かった。
・・・視力が回復する、それと同時に。
目の前には武器を構えたローブ姿の人影がこちらを囲んでいた。
いつの間にか後ろにまで・・・。
「なるほど、目くらましですか」
「あれだけ長い事薄暗い場所にいたんだもの、こうなって当然よね」
「二人共、落ち着いている場合か・・・!」
種族柄なのかグスタフの目は未だ慣れていないようで、
片手で目元を抑えながらこちらの会話に割り込んで来た。
「何用か」
低い、男の声が響く。
どうやら目の前で椅子に座ってこちらを警戒している男から発せられたようだ。
歳は初老を越えているのだろうか、深く刻まれた皺が年齢を語っていた。
・・・吸血鬼であの歳だと考えれば相当な年齢だろう。
「何用も何も、こう武器を向けられては話も出来ませんが」
肩をすくめながらテネスがそう言う。
「嘘をつくな、お前と・・・そっちの女からは一切の恐怖を感じん。
まるで我等を恐れていないかのようだが」
「不明なもの、知らないものを怖がるのは人として当然ですが。
それもある程度の慣れがあれば打ち消せるものですよ」
「ふむ」
椅子から立ち上がると、テネスに近づく老人。
その様子を警戒しつつ周りのローブ姿の人影もこちらを警戒する。
「なるほど、なるほど。
剛毅なだけでなく冷静であると。
・・・人間にしておくには惜しいな」
尖った犬歯を見せるように笑う老人。
その姿にテネスも少し笑って返す。
「まあよい、武器を下ろせ」
人影にそう下知すると、一斉に武器を下に下ろしどこかへと消えていく。
・・・あれは何だったのだろうか彼らの眷属か?
少なくとも人間には見えなかったが。
――――――――――――――――――――
「ふむ・・・同盟とな」
「ええ」
「確かに我々は彼奴・・・シャルードを好いてはおらぬ。
いやどちらかと言えば嫌い、険悪の仲といったところか」
そう言いながら、側近の持ってきた赤い血が入ったワイングラスを受け取る。
この老人・・・いや、吸血鬼の長『ロッゴー』。
年齢はヘルザード帝国内でもかなり上位、
というより一番長生きとも言われているほど長く生きているらしい。
「だがそれでも我々はヘルザードの臣下、それを裏切れと」
テネスを睨みつけるロッゴー。
その目には、さっきに似た何かを宿していた。
「裏切りかどうかは貴方次第では?
グスタフさんから聞きましたがヘルザードの弱肉強食主義の根幹は・・・
『強き者が弱きを食らう』ではなく。
『強き者が弱きものを救うために食らう』、ですよね?」
「・・・」
睨みつけた目はそのままで、ロッゴーはテネスの話を聞いている。
「これは強き者が国を防衛し、弱き者は国を支えるための労力となる。
そういう意味だと私は感じましたが」
「ほう」
「食らう、というのは強き者の方が上に立つ・・・すなわち支配者になる。
弱き者はその庇護の元に栄え、国を発展させる」
「・・・テネス殿、それはいささか自己解釈が」
グスタフも多少焦りながらそう言う。
確かにテネスの言葉は彼の理解をそのまま口にしているだけで。
ヘルザードの真の考えとは違う可能性はある。
「いえ、合っていると思いますよ?
元々強い者が上に立つのは自然の摂理、お隣のゼロームでもそうでしょう」
「ふむ・・・」
ロッゴーは生やした髭をさすりながらこちらの話を聞いていた。
「これを考えれば現状のヘルザードの頂点に立つ者は、
果たして強者と呼べるのでしょうか?」
「・・・」
目を瞑り、何かを思案するように眉間にしわを寄せている目の前の老人。
しばらくその状態が続くと、急に眼を開けた。
「ヘルザードの伝統に則れば現在のシャルードに支配される事自体が間違い。
その間違いを正すに裏切りと呼ぶのはおかしい、か?」
「それは貴方がた次第ですね」
「そうか」
椅子のひざ掛けに何度か指をコツコツと叩くと、立ち上がった。
「良かろう、協力してやる。
こちらとしてもこのまま手をこまねいているわけにはいかん」
「では」
「だが勘違いをするな、一時的に協力をするだけだ。
ゼロームの傘下につく気は無いしあくまでヘルザード帝国の臣下として戦う」
そう言うと、ロッゴーはこちらに手招きをして来た。
「ついて来い、シャルードの喉元近くまで行く方法を教えてやろう」
「え?」
意外な提案だった。
喉元近くまで行く方法がある・・・?
まさかと思ったが、本当に帝都直通の地下道があるのだろうか?
読んで下さり、ありがとうございました。