19話
大図書館。
見渡す限り、本の山。
壁面全てが本だと言っても過言ではない程だ。
「元書庫なんだ、本当に」
八霧が感心したように呟く。
「ああ・・・中の本は全て写本済みだから、ほったらかしとは聞いたが」
そのまま、残しているとは思わなかった。
扉の手前には、司書が座ると思われるカウンターが置かれている。
カウンターの後ろは大きな棚が二つ・・・書庫の管理のための書類が入っていたのだろう。
埃まみれだが、カウンターである机の痛みは少ない・・・まだ使えそうだ。
その大きな棚の後ろには、広いスペースが広がっていた。
・・・本来なら、ここで本を読んでいたのだろう。
机と椅子はすべて撤去したようで、広い何もない空間が続いている。
その広場を中心に、ぐるりと囲む様に本が壁面に並んでいる。
・・・スペースが無かったのか、カウンターの棚の後ろにも本が積まれていた。
「すごいね・・・この貯蔵量」
棚の後ろに積んであった本の埃を払いながら、八霧がそう言う。
埃のつもり方から、数年は人が入っていないことは分かる。
埃を払った八霧は一冊の本を手に取って、捲り始めた。
「うん・・・日焼けしてるしボロボロだ。このまま放置されてたんだね」
「もったいない気もするけどな」
「でも、僕たちの時代だと、骨董品みたいに価値はあるけどさ。
この時代を考えると、写本が終わってるなら用済みになる・・・かな」
八霧は本を閉じると、懐から薬剤を取り出した。
「錬金術師は知識の探究者。本はその友であり師匠」
そう言うと、薬剤を本にかけ始めた。
かかった部分から、蒸発するように煙を上げながら液体が消えて行く。
すると、日焼けしていた本が新品のような様相になった。
「・・・うん、こっちの世界でもこの薬剤は使えるね」
「それは?」
「EOSだと、『古びて読めない本』っていうアイテムを読むための、
錬金術師専用アイテム『本の薬』だよ。
・・・こんなに新品同然になるとは思わなかったけど」
八霧はペラペラと本を捲る。
・・・新品同様だな、本当に。
さっきまでの、日焼けしてボロボロだった面影は全くない。
「・・・でも、流石に全部は直せないかな。量も限りがあるし」
酷く残念そうだ。
・・・まあ、これだけの知識の山があるんだ。
八霧にとっては宝の山に見えるのだろう。
「こっちの世界の材料で、出来ないのか?」
「どうだろう・・・やってみないと分からないかな」
だが、興味がある話だ。
こっちの世界の材料で作れるのなら、八霧の錬金術師としての才が生きる。
それに、薬が有限である現状の打破にも繋がる。
「まあ・・・何はともあれ」
辺りを見渡す。
埃が舞い続ける大図書。
「掃除しないとな」
――――――――――――――――――――
始めようとした瞬間に、腹が鳴った。
・・・掃除を始める前に、食事を済ませておこう。
俺も、八霧も神威も・・・こっちに来てから何も食べてない。
目の前にあった、食堂に向かう。
・・・何というか、社内食堂に近い面持ちの場所だ。
大量のテーブルと椅子が並び、何人かの騎士達が食事をしている。
食事する時間に制限は特にないようだ。
まあ、警備の持ち回りの時間が違う事を考えると、そうしなければいけないのだろう。
全員が昼間に食事を食べるわけにもいかないだろうし。
「悩むね・・・」
メニュー表を見てふと思う。
そう言えば、こちらの世界の文字で書かれているのなら、読めないんじゃないか?
俺達は日本人だし・・・ここは、世界が違う。
だが、それは杞憂だった。
何故か、日本語に見える。
・・・どういうことだ?
「どうかしたの、トーマさん」
「あ・・・いや、読めることが不思議でな」
「ああ、そう言えばそうだね。うーん」
メニュー表を置くと、八霧が首を傾げる。
「・・・僕の場合は、言語解読系スキルも修めてるから。それが影響したと言えるけど」
古代文字や女神文字と呼ばれる、難解文字を読むためのスキルだな。
錬金術師として、全てのポーションの作成と技術の会得を目指していた八霧は、
言語解読スキルも身に着けている。
だが、その言語解読スキル・・・非常にスキルポイントが重い。
PVP時には全く役に立たないので、八霧みたいに一つの職を極めようとしない限りは、
魔法使い職ですら、取らないスキルだ。
最強魔法の一つにその言語解読スキルが必要になるが、
その魔法も詠唱時間が長すぎるという理由でほとんど使われない。
・・・要は、無くても攻撃型魔法使いには問題ないスキルなのだ。
「でも、トーマさんはそれを取っていないよね」
「ああ」
近接職には無縁のスキルだ。
しかし、言語解読スキル・・・か。
自分の右指に着けている指輪を見る。
これは魔法防御用の指輪だが、簡易的な言語解読能力も付加してある。
なんでも、防御用にスロットを埋めた結果、一つ余ったらしい。
セラエーノの遊び心で、最後にそのスキルを入れたらしいが・・・もしかして。
指輪を外し、再びメニュー表を見る。
日本語だったものが急に、奇妙な文字の羅列が見える。
全く、読めない。
「やっぱりスキルだな・・・こいつを付けないと何も分からん」
指輪を嵌めなおすと、再び日本語に見えた。
「じゃあ、神威は読める?」
「・・・言語解読スキルは、ゴーレム作成に必要。
精霊文字が無いと、弱いゴーレムしか作れない」
なるほど。
じゃあ、この二人は何もせずに言語が理解出来る訳か。
俺は、この指輪が無いと・・・会話もできない可能性がある。
そう考えると、セラエーノには感謝しなければ。
「まあ、言語は置いといてさ。何か食べよう?」
・・・ああ、腹が減ったのを忘れていた。
思い出すと急に腹が鳴りだす。
メニュー表に目線を戻す。
料理名は馴染みは無かったが、適当に頼んでも問題ないだろう・・・多分。
―――――――――――――――――――――
食堂で食事を終えて少し。
まあ、満足のいく食事になった。
適当に頼んだ肉料理はそこそこ美味しかった。
八霧と神威も満足そうだ。
しかも、無料・・・だが。
毎月の給料から、食費としてある程度が徴収されているらしい。
食わなければ、損をするという話だ。
「7号の食事は大丈夫なのか?」
「ドールは・・・食事しない、血液燃料の交換は必要だけど」
オイルか。
前に、鎧にかかった青い液体が燃料なんだろう。
「魔法油、八霧、精製できる・・・?」
「うん、大丈夫だよ。・・・ただ、材料が限られてるから」
なるほど、材料があれば八霧が生成できるのか。
7号含め、ドール全員の為にも何とかして代替の材料を見つけないとな。
3人で話しながら、大図書館に入る。
食事は終わったし・・・掃除をしなければ。
「さあ、やるか」
鎧を脱ぎ、近くの椅子に装備一式を置く。
久しぶりに脱いだな、体が軽く感じる。
「へえ・・・ミスリルの布で作られた布の服か」
俺の着ている青い服を触る八霧。
鎧の下にはミスリルの布製の服を着ていた。
鎧で補えない魔法防御と属性抵抗を上げるための服だ。
ちなみに、かなり質素な見た目をしている。
モンスターからのドロップ品なので、文句は言えないが。
まあ、鎧の中に着るものだからとそこまで頓着はしていない。
「八霧も着替えた方がいいぞ、汚れる可能性がある」
着替えを道具袋から取り出しながらそう言う。
「そうだね・・・じゃあ、要らない装備を出しておこうかな」
「神威も・・・って、待て!」
自分の服に手を掛け、脱ごうとしていた神威を制止した。
半分脱ぎ掛けで、下着が見える寸前で止まっている。
「?」
首を傾げてこちらを見る神威。
俺の隣に立っていた八霧も顔を真っ赤にして俯いている。
「着替えるなら、奥の部屋で着替えてくれ・・・」
そう言って、大図書館の奥にあった個室の一室に神威を連れて行く。
・・・女性なんだから、そこら辺は気を付けて欲しいが。
まあ、それだけ俺たちに気を許しているという事なんだろう。
神威の着替えが終わり次第、掃除を開始するか。
読んで下さり、ありがとうございました。




