185話
良く晴れた朝、雲もそこまでない快晴。
農業をするには最適な天候のこんな日が。
決戦の日になるとはな。
多少の睡眠を挟んで起きた時には早朝。
外にある水桶で顔を洗い身支度を整え小高い丘に登る。
目の前には防壁が広がり、その周辺には私兵の姿がちらほらと見える。
あちらも今日攻勢を掛けることを予知しているようだな。
「・・・血を流し流させる。ここで負ければゼロームは無くなる。
いやあいつらが新生ゼロームを立ち上げるのか」
貴族による貴族の為の国か。
手元にいる私兵があんなのばかりなのだ、国は廃れるのは確定だろう。
「政治にはあまり興味は無いが・・・世話になった奴らが不幸になるのは見てられないな」
こちらに来てもう一年近く経つ。
今まで世話になった人物も少なくはない。
リルフェアもそうだし、彼女の周りにいる人達もそうだ。
それに国民たちの安寧とした暮らしも見てきた。
彼らの平穏を奪っていいはずが無いのだ。
俺も、平穏無事に過ごせるのならその方がいいしな。
「さっさと終わらせて、この混乱を鎮めないとな。
バルクやヘルザードがいつまでも国境を抜けないとも思えない」
防壁を見れば、何やら準備を始めているのか私兵が走りだしていた。
俺もそろそろ動くか・・・決戦の場へ。
――――――――――――――――――――
「敵の総数は5万近く、かき集められるだけかき集めたって感じだね」
「対してこっちは1万弱・・・大丈夫なの八霧君?」
セラエーノはそう聞くが、八霧は余裕の顔で返した。
「大丈夫・・・策は巡らせてるから」
「なら、いいけどさ」
八霧は本陣に集まったそれぞれの代表者たちの顔を見た。
聖堂騎士、冒険者、傭兵。
勇士達に途中で参加した志願兵たちも。
「兵力は5倍とは言え、相手は寄せて集めた雑兵が殆ど。
僕達はリルフェア様を守り、再び玉座に付かせるという名目の元集まった、
いわばゼロームを救う勇者達だ」
勇者か。
八霧の演説を聞きながら、俺はそう思っていた。
「最後まで戦い抜き、ゼロームを取り戻そう」
「ここが正念場だ、最後の最後まで油断するなよ」
俺がそう言うと、各員は頷いて返した。
前線へと足を向けると待機していた兵達は武者震いなのか、
そわそわしながら相手方を睨んでいた。
目の前には防壁、それを阻むようなものの無い平原が足元には広がる。
相手方の防壁には大型のクロスボウや長弓兵が構えてこちらを待っていた。
・・・近距離に迫るまで被害が出そうだ、大盾でどれだけ防げるかにかかってくるか。
「まずは重装歩兵で横並びの陣を作って前進するんだ」
馬に乗った八霧は軍配を振りながら前線で指揮を執っている。
俺はその隣で八霧の警護をしていた。
「八霧、魔法で一網打尽にされないか?
盾を持った重装歩兵は魔法に弱いぞ」
正確に言えば魔法は物理耐性をほぼ無視する。
彼ら全員が魔法防御力の高い物を着ているわけでは無いだろう。
「セラエーノさんが盾を改造してるんだよ、大丈夫」
「ああ」
納得の理由だ、それなら大丈夫だと思わせる根拠がある。
しかし・・・セラエーノにはかなりの負担を掛けてるな。
これが落ち着いたら何かお詫びをしないとなぁ・・・。
しばらく重装歩兵たちが歩みを進めて防壁へと近づいていく。
その歩兵たちの後ろに列を成して歩く魔法使いと支援兵たち。
その後方から、俺達は歩みを進めていたのだが。
「・・・おかしい」
八霧のその呟き。
俺も同様にそれを感じていた。
攻撃が無い、どころか迎撃する気があるのかどうか怪しいほど静かだ。
防壁前面には複数の私兵が見えるが、その程度。
戦力的に見ても俺達を止められるとは思えないし、攻勢を仕掛ける気配もない。
「市民たちが暴動を起こしてそっちに戦力を裂いたと考えても」
「少なすぎるし矢の一本も飛んでこない・・・か」
その静かさは、重装歩兵の歩く音しか聞こえないくらいだ。
戦場とは思えないほどの静かさが俺達を包んでいた。
更に前進し、防壁に陣取る私兵たちの顔がしっかり分かる距離まで近づいた時だ。
一人の男が防壁内から現れた。
「ようこそ、正規兵・・・もとい、我々への反乱軍の諸君」
恭しく礼をする貴族らしき男性。
「デプローグ・・・!」
俺達よりも遥か後方、何重にも魔法防壁の張られた馬車から声を放つリルフェア。
デプローグ・・・と言えば少し前に説明されたな。
西側貴族の代表者の側近にして頭脳役。
つまり、相手方の軍師か。
その軍師が今俺達の目の前に出てきているという事か。
「おやおやリルフェア様、いつもの御美しい顔がこけておりますな。
お疲れではないですか?」
「誰が疲れさせてると思ってるの?」
皮肉そうな声を混ぜながらそう返すリルフェア。
「まあ・・・お疲れになるのも今日まで。
死ねば誰しも楽になるといいますからね」
ふっと、デプローグが笑うとベルのような、鐘のような物を懐から取り出した。
それを数度左右に振る。
すると、辺り一面に身体に纏わりつく様な嫌な音が響き、反響する。
「・・・魔法?」
「いや、違うな」
もっと質の悪い何かだ。
勘がそう告げている。
「さあ、殺戮と戦争の時間です!」
その言葉と同時に、防壁から飛び出してくる兵士達。
その顔色は・・・とても人間のものとは思えない程気色の悪いものだった。
――――――――――――――――――――
「ゾンビ兵・・・?」
八霧はそう呟いているが。
俺はあれが何か。
とても厄介なものだと感じていた。
「八霧、兵を下がらせろ」
「え?」
「あいつら、なにかマズい気配を感じる」
勘だけでこう言うのは普段はご法度だが。
直感が告げている、このままだと前線が崩壊する。
「戦ってもいないのに、下がらせるわけには」
「なら俺が前線で戦ってくる」
俺はそう言うと、前線に向かって走りだした。
「トーマさん!?」
驚く八霧を尻目に、俺は重装歩兵の列へと入り乱れた。
さっきから感じるこの嫌な感じ。
こいつらが普通じゃないという何か。
それは、重装歩兵隊と敵の尖兵がぶつかった瞬間に分かった。
重く重厚に作られた盾をいともたやすく弾き、体勢を崩した歩兵を一撃で屠る。
その様子を唖然とした顔で見る歩兵たち。
「やはりな・・・!下がれ!こいつらは普通じゃないぞ!」
予感が当たってしまった。
こいつら見た目以上の能力を持った兵隊・・・それもかなり危険ななにかだ。
――――――――――――――――――――
「・・・一体、何が」
重装歩兵達が傷を負いながら前線から後退してくる。
トーマさんは相手の兵を一手に引き受けてしんがりをしてくれていた。
次々と負傷している歩兵たちが横を通り過ぎていく。
その光景に一瞬、頭の思考が停止してしまった。
・・・駄目だ!
頭を切り替えて彼らの対処法を考えなければ。
頬を叩き、気持ちを切り替える。
「魔法部隊に攻撃指令を!」
「は」
伝令が走っていく。
相手は通常装備の兵士、魔法は効くはずだ。
「八霧君、私も前線に出るよ」
声のした方向に振り向くと、セラエーノさんが立っていた。
戦闘用のハンマーを持って。
「セラエーノさん・・・?」
「あいつら、この世界の魔法じゃないもので強化されてる。
対抗できるのは私達か、一部の屈強な戦士だけだろうね」
「この世界の魔法じゃない・・・?」
「鍛冶屋の勘、って奴?
鍛冶も魔法を使って強化する場合が多いからさ」
それだけ言うと、セラエーノさんも戦場へと突入していった。
持っているハンマーを振り回して、群がる敵兵をなぎ倒している。
「一体、この兵士達は・・・何を」
いや、今は考えても仕方ない。
とにかく状況を打破しなければ。
彼らを打ち破る方法を何としても見つけないと。
読んで下さり、ありがとうございました。