184話
防壁の内側近くに建てられている建造物。
鉄張りのされた壁、強化された天井に魔法防御の施された厳重なその場所に、
3人の貴族の姿があった。
「ノーラン様・・・流石に不味いのでは?」
顔色を青くした小太りの男カルヴァがそう言う。
彼の顔が青いのも無理はない、目の前にはリルフェア率いる正規軍が居座っているのだ。
「一度牙を向けた以上、下がれはしない・・・ですかなノーラン様」
「うむ」
ノーランの隣に涼しげな顔をした痩せた男デプローグは悟ったかのような声を出した。
その言葉に頷く白髭を蓄えたローラン。
「わしらの首を繋ぐためにもここは防がねばならん。
それに・・・策があってここまで接近させたのだろう?」
そう言いながら、ノーランは不敵に笑う。
デプローグもニヤリと笑うと左手を防壁へと向けた。
「あの強大なバルクからの兵、それに黒騎士と呼ばれる存在。
いかに精強といえどもこの二つに勝つのは至難の業でしょう。
さらに言えば他の貴族からの援軍も彼らの背後を突く手はずになっております」
「そ、そうなのか?デプローグ殿」
「ええ・・・あなたと違ってきちんと勝つ手段を考えていたんですから。
手荷物だけ纏めて逃げようとする人とは違いますよ」
「ぐ!?」
図星だったのか、カルヴァが後ずさりする。
その身体から纏めていたらしき荷物が転げ落ちた。
「最初から負ける気では勝てはせんぞ、カルヴァ」
「は、ははぁ」
いたたまれなくなり、その場で頭を下げるカルヴァ。
その様子をデプローグは愉悦そうに見えていた。
――――――――――――――――――――
「嵐の前の静けさって奴か」
夜中、防壁とこちらの陣が広がる首都郊外の草原。
隔たるものはほとんどなく、平地での開戦となるだろう。
あちらも夜とはいえ警戒を弱めることはなく、松明の光が大量に見える。
「いよいよ決戦ね」
「セラエーノ?武器を作ってたんじゃないのか?」
「休憩」
そう言いながら、セラエーノは持っていたコーヒーと思わしきカップを見せてくる。
湯気が立っているところを見るとコーヒーっぽいな。
「命のやり取りなんて、こっちに来て嫌というほど見てきたけど。
こう大きな事象になると緊張感も出るってものね」
「ああ」
明日、決戦の火蓋を切って落とすことになる。
仕掛けは上々後は仕上げを・・・と言うところだ。
「そう言えば例の件はどうなったんだ?」
「エリサ用の護衛の事?」
「ああ、実際目にはしてないが」
エリサの戦いぶりは見ていない。
怪我もなく無事なところを見ると、良好に稼働しているようだが。
「あー・・・まあね、うん。あれは成功かな」
「?」
歯切れが悪いな。
何か問題でもあったのか?
「いや、その。予想以上に強くてさ。
神威と計算したんだけど予想以上の数値がでるのよ」
「ほう」
それは興味深いな。
ゴーレム技術とセラエーノの鍛冶技術を合わせた作品を護衛として付けた。
その功がそうしたという事か。
「あと、ゴメン」
そう言ってセラエーノは手を合わせて謝ってきた。
「勝手にトーマさんの武器と防具を組み込んじゃった」
「・・・俺の?」
別に良いが、使って無い物を一部鍛え直してくれと頼んで――――
いや、待て。
「まさか、あいつを?」
しばらくは使う必要はないと預けていたある槍と鎧。
レアリティのみ高くて特段いいスキルも付いていないので2軍程度の扱いのそれ。
スキル容量が大きかったので捨てずにはいた。
「ゴメンってば」
「いや怒ってないが・・・何であんな、その中途半端なものを」
正直に言ってあれよりも強い鎧も預けていた。
そっちを使ったとばかり思っていたのだが。
「拡張性を持たせようかと考えてね。
結果的にマルチに対応できるゴーレムになったよ」
親指を立ててニカっと笑うセラエーノ。
自信の出来らしいな、そいつは。
「ああっと、謝ってるのに」
そう言うとセラエーノは頭を下げた。
「すぐに使う物でもないし、別にいいが。
それより見せてもらえないか?」
「ああ、うん!これだよ」
セラエーノはそう言うと、近くの影になっている部分を指さす。
その指先には確かに俺の鎧が槍を持って立っていた。
青色を基調とした設定上は竜骨を溶かして作られた骨製の鎧。
レイドボスの戦利品だったが、さっきも言った通り微妙な防御性能。
評価も微妙で、欲しがる人はコレクターくらいだったな。
「槍は・・・ああ、突撃用の」
セラエーノの作った槍の一つ。
投擲した際に地面に接触するか、相手に刺さるかで投げた当人を即座にテレポートさせる。
いわば特攻用の槍、或いは切り込み隊長の装備って所か。
弱点は武器切り替えが遅くなる事と槍そのものの性能はそこまで高く無いこと。
あくまで攻勢移動のための武器という事だろう。
「このゴーレムは足が遅いみたいだから、それを補うためにね。
もちろん槍も改造してるよ」
そう言うと、ゴーレムの持っている槍を触るセラエーノ。
「まず武器切り替え時のディレイの解消に、元の性能の強化。
更に物理、魔法両面に対応可能なバリアを張れるようにもしてる」
「随分だな」
俺が持っている時にして欲しかった。
「あ・・・えーとね、これ槍本体だけだと無理だったから。
ゴーレム、鎧の方にもスキルを分けて使えるようにしてるの」
「なるほど」
流石のセラエーノでもそこまで万能じゃないか。
「そう言えばトーマさん、銀の鍵は?」
「これか?」
道具袋から取り出し、両手で持ってセラエーノに見せる。
ふんふんと言いながら舐めるようにその槍の様子を見る。
「うん!ちゃんと整備してくれてるね、感心関心。
それも預かっていい?」
「ん・・・?今か?」
「強化するよ、明日の朝までには終わらせるから」
それは有難いが・・・セラエーノ。
まさか徹夜する気じゃないだろうな?
「急ぐ必要はあるが、何も無理をしろとは言わないぞセラエーノ」
「私がやりたいの。決戦前には準備は完璧にしたいでしょ?
それに・・・私の作った物が所有者を守るのなら手は抜けないから」
そう言うと、銀の鍵を眺めるセラエーノ。
「これが私の鍛冶屋としての矜持、って奴」
「セラエーノ・・・分かった、これ以上言うのは無粋だな。
だが無茶はするなよお前も明日は前線に立つんだからな」
「了解」
軽い感じでそう返すと、セラエーノは自分の鍜治場へと戻っていった。
俺も戻って寝ておくか・・・明日は早いだろうからな。
――――――――――――――――――――
深夜までセラエーノの鍜治場には火が灯っていた。
最後の仕上げとして残っていた武器と防具の調整をしていたのだった。
その隣では八霧が何かを調べていた。
本を片手に何かを解読している。
「あのさ、八霧君。寝なくていいの?」
「これが終わったらね」
「何で私の鍜治場で解読するのよ?」
「火が灯ってるからね、周りはもう寝てるし」
鍜治場の音がうるさくなると、野営地から多少離れた場所に建てていたのだが。
なるほど、明かりを付けて他人を起こしたくないからここに来たのか。
「やっぱり結構高度な暗号で書かれてるな、これ」
「?」
興味本位に私が八霧君の肩口から覗く。
訳の分からない文字が羅列された日記のようなものだった。
「トーマさんに付いてきた冒険者の女の子から預かった本なんだけど。
当人も解読できないからって僕に渡してきてさ・・・うーん」
頭を小突きながら八霧は本とにらめっこをしている。
「キリの良い場所で寝なよ?」
「セラエーノさんこそ」
そう言いながらお互いに苦笑してそれぞれの作業を続けた。
読んで下さり、ありがとうございました。