183話
市民を使って貴族の部隊を挟撃する。
正確に言えばこちらの攻撃に合わせて市民が一斉に暴動を起こす素振りを見せる。
流石に武装も無い市民に戦えとは言えないからな・・・。
さっき言った通り、民間人を巻き添えにするのは道理に合わない。
・・・まあ、一瞬でも防衛側の注意を内側に逸らせられればこちらの優位に傾けばいい。
それくらいの認識で俺達も事を構えていた。
「つまり彼らは陽動を買って出るということか」
「うん、もちろん無理はさせないよ。
戦闘能力をほとんど持たないただの市民だからね」
一応暴動と見せかける程度に暴れるらしいが。
・・・それだけだと不安だな、もうひと手間何かしたいところだが。
「八霧、一人くらい内部に潜入させられないか?」
「?」
「俺達の誰かが内部で暴れればそれだけで被害が拡大するだろ?
それに、もしも市民が襲われでもしたらそれこそこちら側の責任になる」
なら始めから警護としてこちらから戦力を出すのが筋というものだろう。
彼らとて無防備に近い状態でそんな行為はしたくないだろうからな。
「なるほど・・・そうだね。
じゃあ適任者を選んで―――」
「待った、待ってくれ」
八霧の声を遮ったのは、外套を着た長身の男性だった。
そしてその顔には見覚えが。
「ガイゼンさん?」
「久しぶりだな二人共」
多少痩せこけた印象が残る顔でこちらを見てくる。
「ああ・・・ほんとにな。
で、どうしてこんな所にいるんだ?」
確か、戦力抽出の為に裏方で色々と手を回していてくれていると聞いたのだが。
「私も共に戦おうと思ってな。
こちらでは私も十分に強力な戦士だ・・・それに」
「それに?」
「首都付近にも顔が利く。
特に市民には色々と世話をしたこともある」
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その頃防壁。
防壁内には人が十分通れるほどの通路が掘ってあり、その通路を私兵が行き来している。
多少寝覚めの悪そうな顔をしながら。
それもその筈で、ゾンビのような兵士たちが防壁の至る所に配備されていたのだ。
「気味悪いな・・・これは」
見渡す限り、顔色の悪い兵士たちが直立不動で警備している。
話しかけても反応なしで目はうつろ。
まるで死人だ。
「強さは本物らしいが、こいつは・・・なぁ」
正直に言って気味が悪すぎる。
俺と同じようにその兵士達から遠ざかるように歩く他の私兵たち。
全員考えていることは同じようだな。
「まぁ金を貰っている以上は働くけどな―――って」
よそ見をしていたせいか、目の前を歩いてくる黒い存在に一瞬気がつかなかった。
咄嗟に壁側に回避する。
「・・・」
全身黒い鎧姿の男だった。
その男がこちらを一睨みすると、そのまま歩き去ってしまった。
その一瞬の眼光で俺の身体は縮み上がる。
「な、なんだあいつ」
壁に張り付いたままの身体を壁から離す。
間違いない、あの男殺し屋か何かだ。
バイザーの下げたヘルメットからのぞかせた視線はまさに殺し屋のそれだった。
赤く鋭い目、その眼光からは殺意が漏れ出していた。
「あの騎士様、バルクからの応援だってよ」
その男の後ろから歩いてきた一人の兵士がそう言う。
「応援?」
たった一人の援軍か?
大層な援軍様だな、そりゃ。
「なんでもよ、ティアマって奴が作った完成品だって話だぜ」
「完成品って何のだよ」
「こいつらの、だ」
そう言って指差す先にはゾンビのように立ち尽くす兵隊の姿。
・・・待て、じゃあ。
「こいつら、失敗作なのか?」
「そうも聞こえるよな・・・だけど、あの男只者じゃないぜ」
それは感じた。
間違いなくあいつはヤバい。
どう表現するのが正しいのか分からないが・・・。
そう、死を体現したような奴だ。
関われば死ぬ、そんな感じがする恐ろしい何か。
能力として格の違いが分かる様なその雰囲気だ。
「聞いた話だけどよ、たった一人で中隊規模を壊滅させたそうだぜ」
「は・・・?」
「実験の為とは言え、自分の部隊の一つを潰すんだもんな。
噂が本当ならバルクはとんでもないことをしてる国になるけどな・・・うん」
・・・中隊とは言え軍団を潰す男。
それが今味方としてこの場所にいる。
だが・・・全然頼もしく感じないのはどうしてだろうか。
――――――――――――――――――――
夜。
防壁には煌々と松明の火が大量に見える。
厳重警備の体勢でこちらの様子を伺っているようだ。
対するこちらは防壁の近くで陣を張って相手の出方を見守っていた。
後は策が完了するのを待っているというところもある。
「お疲れさん」
「おう」
目の前で見張りの交代が行われていた。
筋骨隆々の男と痩せ型の男が松明の受け渡しをしている。
「寒くなってきたな」
「風邪引くんじゃないぞ、明日にでも始まるかも知れないからな」
「お前こそ・・・ところで聞いたか?」
「ん?」
何か世間話を始める二人。
少し気になったが、盗み聞きは良く無いな。
「トーマさん」
「お、セニアか」
意識が兵士達から離れる。
俺の後ろにはメイド服姿のセニアが立っていた。
「なんだか、久しぶりに話しますね」
「ああ・・・そうだな」
目の前の防壁を見ながらセニアと話す。
「オリビア姉さん、無事に城下町に潜入できたそうです。
ガイゼンさんも無事に」
「そいつは朗報だ」
オリビアなら何とかしてくれるだろう。
賢いし機転の回る娘だからな。
「あと、ガイゼンさんがコンドアの街とアーセ村で募兵をしてくれてたそうです」
「募兵?」
その言葉に目線をセニアに向けた。
「はい、数は少ないですけど精強な人たちだそうですよ」
「・・・何から何まで助かるな。後で礼を言わないといけない」
随分と裏で走り回ってくれていたようだ。
元々は仲間でもないのにこれだけしてくれるとは。
「ええと・・・後は何でしたっけ」
何か忘れたようで、セニアが頭を抱えて悩んでいる。
ああ・・・たまにあるよなさっきまで覚えてて忘れる奴。
これが厄介で中々思い出せないんだよ。
「・・・何やってるのセニア?」
「何か忘れたの?」
「シス、フィナ?」
「それがですね、姉さん。何を言おうと思ったのか忘れてしまって」
シスとフィナが首を傾げる。
そういや・・・セニアよりも姉なんだよなこの二人。
性格からしてシスとフィナが妹に感じるのだが。
まあ、製造順からすればシスとフィナの方が先なのだ、姉という認識でいいのか。
「ガイゼンさんの事?」
「話しました」
「募兵は?」
「話しました」
「・・・八霧さんの伝言?」
「ああ!」
合点が言ったように手を打つセニア。
なんだ、八霧からの伝言か。
・・・しかし、伝言?
「急用か?」
「いえ、会議をするので一時間後に来て欲しいと」
「ああ」
会議か、恐らく今後の戦闘計画だろう。
あちらも全力でかかってくるだろうし、こちらも急いで仕掛ける必要がある。
「しばらくはごたごたが続くだろうが、お互いに怪我が無いようにな」
そう言って、セニアとシス、フィナの頭を撫でた。
「お前達が怪我をしたら悲しむのは神威だ。
戦争だから仕方ない部分もあるだろうが、それでも元気な姿でいてくれ」
「は、はい」
「「分かった」」
セニアは顔を赤くして、シスとフィナは無表情だが少し微笑んでいるように見えた。
「あ、いたいた!おぉい!トーマさんよ!」
「ラクリア?」
軽装のラクリアがこちらに走り寄ってくる。
「会議が早まるってよ」
「もう始まるのか?」
「ああ」
頷くラクリア。
「そっちにいる嬢ちゃんたちも参加して欲しいってよ」
「私達・・・ですか?」
元々呼ばれていなかったのか、意外そうな顔をしていた。
八霧・・・お前の頭の中でどんな策略を巡らせてるんだ?
読んで下さり、ありがとうございました。