176話
現在動かせる部隊を再編、機動力の高い部隊を編成した。
部隊を分散させて多方面から攻撃を仕掛ける事も考えたがそれだと戦力が足りなくなる。
「陽動は東側の貴族達に任せようと思う。
既に北方・・・北東方面の貴族達は戦力を集めて西側との交戦の気配を見せているし。
南方もバルクと西側双方と睨みあってるからね」
「俺達はその間を突いて、一気に首都まで攻め入るって事か?」
拠点に用意した大型の会議室。
俺と八霧を含めた古参勢全員とリルフェア。
アルフォンとリーゼニア、それに各部隊の長も参加させていた。
八霧は地図を壁にピン止めすると細い棒を持って解説を始めた。
手書きなのか所々デフォルメされた何かが書かれている。
「まず、中央の平原を抜けて首都防衛線まで突破。
首都防衛線は3つ、各要塞を攻略しつつ首都まで押し入るのが目標です」
その言葉を聞いた一人の部隊長が手を上げた。
「軍師殿、かなり無謀な策に聞こえる・・・。
我々の戦力を考えれば中央突破は各個撃破される可能性が高いと思うのだが」
「時間が掛かれば他の要塞から援軍が来る。
だから手早く制圧し、次の拠点まで休みなしで攻め入るんだ」
「・・・つまり、立ち止まらないという事か?」
八霧にそう聞き返すと頷いて返してきた。
「制圧した要塞は後続の東側貴族の部隊が保守と警備を行うことになってるから、
後方は安心して貰って大丈夫だよ」
なるほど・・・俺達は相手の防衛網を一点突破する部隊って事か。
防衛線というものは一部でも破綻すれば全てが台無しになる。
そういう意味では、この攻勢は有効なものになるだろう。
うまく行けばの話だが。
「僕達は決死隊に近い形になる。それだけは覚悟をしておいて」
一瞬、その場の空気が止まった。
命を掛けて挑んでくれと言われたも同じに近い。
「勝算はあるんだろうな、軍師殿」
聖堂騎士の一人がそう聞いてくる。
「無かったら、こんなことは言わないよ?」
聖堂騎士達が八霧の顔を見る。
「・・・分かった、我々も命を掛けてこの作戦を成功させよう]
決死隊か。
被害を最小限にするのならそれが最善ともいえる。
強い奴らを集めて突破させる。
至極単純だが、全体の被害を少なくするのならこれ以上の手はない。
後は、うまく行かせるように俺達が努力するだけだ。
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それから数日。
トーマを中心とした部隊は既に西側のテリトリーに侵入していた。
村を襲った部隊を殲滅させるという宣戦布告をしたのだから警戒しているものだと思っていたが。
敵の影も形もなく、只真っすぐに首都へと向かえていた。
「・・・」
借りた馬の上で思案する。
何故襲ってこないのかと。
派手に動いたのはこちらの正当性を世に表すため。
その結果として相手に警戒させることになると、そう踏んだのだが。
実際はすんなりと相手の領内へと侵攻出来ている。
「八霧、静かすぎないか?」
「そうだね・・・うん、斥候部隊くらいは確認できてもいいはずだけど」
八霧も俺と同じように思っていたらしい。
迎撃部隊くらいは出してもいいはずだと。
迎撃される事も無く、足早で強襲部隊は最初の制圧目標であった街に到着した。
簡易的な陣を街の外れに張り偵察部隊を何人か街に送る。
今は、その偵察部隊が戻ってくるのを待っている状態だ。
「次の目標は?」
「この街から更に行った場所にあるティーザ要塞だね。
防衛線の外郭・・・つまり最初の防衛線だよ」
「ふむ・・・」
八霧が見せてきたその要塞の見取り図と周辺地図を見る。
天然の要害とも言えず、ただ平原に建てた要塞のだけのようだ。
まあ・・・内地も内地だしそこまで重要視していないのだろう。
そんな事を考えていると、偵察に行った冒険者たちが戻ってきた。
顔は不思議そうな何とも言えない顔をしていた。
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「街に私兵が一切いない?」
「はい、それどころか衛兵はこちらに完全に恭順するといってます」
「どういう事だ・・・?」
何があったんだ?
防衛をほっぽリ出して逃げたという事か?
「詳しい話は、連れてきました衛兵から聞いてください」
「ああ」
偵察が連れてきた衛兵がこちらに歩いてくる。
その姿はみすぼらしく、まるで衛兵には見えない格好をしていた。
浮浪者と言われても疑わないような服装だ。
「何があったんだ?」
「あいつら奪う物だけ奪って逃げやがった・・・。
前線で戦闘部隊がやられたとか言って、慌ててな。
お陰で身ぐるみはがされちまったよ」
「・・・それでそんな格好してたんだ」
八霧もその姿には疑問を覚えていたらしい。
まあ・・・衛兵と言われてこんな格好の男が出てくれば誰だって疑問に思うか。
「俺の武器も防具もあいつらに取られた。
もう、街には人以外何も残ってないよ・・・奪うならあきらめた方がいい」
「奪う、って俺達は」
助けに来た、と言いたいところだったが。
今や戦争状態に近い。
この衛兵が敵なのか味方なのかはお互いに疑問に思うところがあるだろう。
「僕達はリルフェア様の命で首都を奪還しに来たんだ、ほら」
そう言うと、八霧は首に掛けていたネックレスを取り出す。
そのネックレスの先にはリルフェアから貰った従者の証が付けられていた。
「お、おお!それはリルフェア様の!」
「だから待っていて、奪われた者は全て奪い返してくるから。
ね、トーマさん」
「・・・ああ、追い剥ぎを許すわけにはいかないからな」
衛兵に聞けばあいつらは西へと逃げたということ。
その先にはティーザ要塞がある。
間違いない、あいつらは要塞へと引き返したはずだ。
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ヨハン・カールブローバー。
ティーザ要塞指揮官であり、責任者。
貴族にしては珍しく武闘派の人間であり武人然とした猛将。
私兵の勝手気ままな行動に半ば嫌気がさしていたが、それでも武人として仕えていた。
「・・・前線部隊は全滅か」
要塞上部のテラスから這う這うの体で逃げ帰ってきた敗残兵たちを見る。
聞けば前線部隊のリーダーは捕縛、行方不明との事・・・そして副官も死亡。
ここまで帰ってこれたのは1割弱と言ったところか。
「どうしましょうか、警戒を厳にしておきますか?」
「要らぬ、どうせ・・・すぐにここに来るだろう」
腕を組んで、地平線を見る。
その地平線に揺らぐ多くの影は、こちらへと歩いてきているように見える。
「もう来たか・・・早い。
兵は神速を貴ぶ、などと誰かが言っていたが」
前線とこの要塞の距離を考えれば恐るべき速さだ。
戦闘があって部隊を再編したと考えても早すぎる。
通常ならば・・・あと数日は掛かるものだ。
だが、眼前には敵の軍が迫っている。
それは紛れもない事実だった。
「戦闘準備をしておけ!一戦交えることになるぞ!」
野太い声が要塞中に響く。
それと同時に警鐘が3度打ち鳴らされ、要塞内にいた私兵たちは戦闘準備に付いた。
読んで下さり、ありがとうございました。