173話
洞窟内はひんやりとしていて外の気温とはかなり違っていた。
多少の肌寒さを感じつつも突入部隊は洞窟の奥へと進んでいく。
しばらく歩いていると人工的に広げたとみられる空間にたどり着いた。
至る所に補強のための木材が張られており、明らかに人の手が入っているように見える。
その周りには割れた壺や腐りかけの木材が雑然と打ち捨てられていた。
「・・・」
突入部隊の隊長が兵士たちに目配せする。
兵士たちが頷くと、辺りを調べ始めた。
「何が出てくるんでしょうか?」
「金塊・・・ならいいがな」
兵士が辺りを調べ始めて数分。
何も出て来ず、出るのは生活ごみばかり。
壊れた食器、折れた木材、干からびた食材らしきもの。
・・・まるでゴミの集積場だと、兵士が呟く。
「無いですよ、何も」
「分かってる・・・もう少し奥を探索するぞ」
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「仕掛けは上々、ってな」
洞窟内の隠し部屋。
村人に教えられた場所にラクリアと数人の冒険者が隠れていた。
「さ、流石に狭いですね」
「そりゃ、兵を伏せる場所じゃないからな」
複数の男達が狭い通路で息を殺して潜んでいる。
それが小一時間続いているので、流石に暑くなってきた。
「まあ、もう少しの辛抱だ。ラインを越えるのは時間の問題・・・っと、越えたか」
岩と岩の隙間から、私兵たちが奥へと進むのを確認した。
ラクリアは天井から伸びる紐に手を伸ばす。
「お前等、始めるぞ」
力強く紐を下に引いた瞬間紐が千切れ、上に用意していた仕掛けが動き出す。
程なくして目の前を歩く男達目掛けて大小様々な岩が降り注いだ。
「うお!?」
「なんだぁ!?」
「落盤か!」
私兵たちはその岩を避けるために隊列を崩して方々へと逃げ出した。
「よし、やるぞ!」
ラクリアを先頭に、隠れていた冒険者たちが私兵へと襲い掛かった。
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外に待機していた私兵たちはその落盤の音を聞いていた。
騒ぎ出す兵士達と馬。
「何か起きたようだな・・・よし!後続部隊を侵入させるぞ」
「待って下さい、只の落盤かも知れません」
軍師がそう諫めるが。
リーダーは首を振って答える。
「万が一という事もある、送っておけ」
「・・・分かりました、おい」
近くに立っていた伝令に軍師が話しかけると、
敬礼をしてその場から伝令は離れて行った。
「ふん、小賢しい罠を仕掛けたところで我々を倒せるとでもいうのか?
たかが村人と冒険者如きに後れを取るものかよ」
自信満々にそうのたまうリーダー。
その横に立っている軍師の胸中には、不安という雲がかかり始めていた。
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ラクリア達の攻撃から数分。
ものの見事に一方的な決着に終わった。
「弱いな、お前等」
「仕方ないですよ、私兵の主力は前の決戦で大半が失われたんですからね。
今ここにいるこいつらは・・・そこらへんにいるチンピラと同じですよ」
斬られ、殴られた私兵たちは地面に転がっていた。
対する冒険者達に損害はほとんどない。
あったとしても数人が切り傷を受けたくらいだった。
ラクリアが剣についた血を拭っていると、入り口方面から軽装の冒険者が走ってきた。
「後続が来ますぜ」
「そうか、八霧君の言う通りになってきたな。
第二の罠の準備は?」
「さっき、点火してきましたよ」
そう言って親指を立てる冒険者。
彼の手には、点火の際に使ったとみられる火付け道具が握られていた。
複数の足音が洞窟入口の方から響いてくる。
こちらは倒れている死体を洞窟の横に隠し、再び脇にある隠し部屋に身体を隠す。
ドタドタドタ、と洞窟奥へと走ってくる集団。
先ほどよりも数が多く、100人単位で後続を送ってきたようだ。
「多くないですか?」
小声でラクリアの隣に立っていた冒険者がそう言う。
確かに、聞いていた話よりは多い、が。
「大丈夫だ、混乱っていうのはすぐさま収まることの方が少ない。
一度起きた混乱は―――」
言いかけたその時、入り口方面から爆発音が響いた。
同時に何かが崩れる音が洞窟内に反響する。
「そう静まらないもんだ」
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残った外の部隊は、最後の後続部隊を見送っていた。
最後の兵士が入るとほぼ同時に、入口付近で爆発が起きた。
入り口の上部が崩れ、崩落した岩で入り口が塞がれてしまった。
「何が起きた!?」
「そ、それが・・・」
近くで見ていた私兵が爆発と状況を報告する。
それを聞いたリーダーは拳を握って座っていた自分の膝付近を叩いた。
「くそ、図られたか!全員、警戒しろ!!」
だが、その命令が私兵たちに届く前に。
草むらや木の影から投擲物と矢が降り注いだ。
外縁にいた兵士たちの悲鳴や、瓶の割れる音が辺りに響く。
ある兵士の持っていた松明が地面に落ちると、その付近が急激に燃え上がった。
「な・・・!?あいつら、油瓶を投げてるのか!?」
その兵士の横を、火だるまになった兵士が叫びながら走り去っていく。
「み、水を、水を被るんだ!!」
誰かがそう叫び、近くに用意していた身体を洗うための水樽の水を引っ被る兵士。
身体に纏った火が消えた、ように見えたが。
「こ、これで、なんとか」
だが、急に火が体全体を再び包んだ。
「うわぁぁ!?」
「ただの油じゃないのか・・・!?」
――――――――――――――――――――
スリングショットで油の入った瓶を飛ばす冒険者達。
目の前では敵陣が燃え広がり、潰走する私兵が散乱していた。
「すげえな・・・この油」
「あの八霧っていう軍師が作った油だろ?」
「水で洗っても絶対に落ちず相手を焦がし尽くすまで燃える油、か」
注意事項として落として自分に掛けないこと。
手に触れてしまった場合は付属の薬剤で落とすと説明を受けていた。
黒い小瓶に入ったそれは、取扱注意とも書かれている。
目の前の陣はあっという間に燃えカスと化していった。
焼死した死体が並び生き残った兵士は、両手を上げて降伏を示しながらこちらへと歩いてきた。
こちらの被害を考えれば完勝、と言ったところだろう。
「・・・っち」
リーダーらしき男は、縄に縛られてノセの前まで引きずられてきた。
「お前がリーダーの、デンバークだな?
金塊は見つかったか?」
「やはり、罠だったか・・・!」
「ああ、まさかここまで簡単に引っかかるとは思わなかったが」
ノセがデンバークにそう言うと、隣にラクリアが歩いてきた。
「やれやれ、中も片付いたぞ」
「お疲れ様だなラクリア」
ノセはそう言うと、ラクリアの肩を軽くたたいた。
叩かれたラクリアは苦笑しながら縄に縛られたデンバークを見た。
「お前がリーダーか。もう少し対応が早けりゃ、こんな一方的にはならなかったのにな?」
「何!?」
「あるかも分からない金塊に目が眩んで周りの警戒をおろそかにした。
いや・・・まあ、仕方ないかお前達と村人の戦力差なんて比べられるはずもない」
「戦力差・・・ふふ!そうだ、まだ半数が村に残っている!
貴様ら全員を血祭りにあげられるくらいの戦力はまだ・・・!!」
「どうだろうな、それ?」
ラクリアはニヤニヤと笑いながらデンバークの顔を覗いた。
その顔に、デンバークは冷や汗を流す。
「ど、どういう事だ」
「俺等が戦力の全部だと思うか?」
読んで下さり、ありがとうございました。