172話
村長は一人、村の広場にて兵士を待っていた。
いつも通りならばこの時間帯には奪いに来る。
そう思いながら村長は握っていた袋を見た。
「・・・しかし、こんな大きな金塊を渡してしまっていいのだろうか?」
屑金塊だから上げても問題ないとは先ほどの少年も言っていたが。
流石に気になったので村唯一の鑑定士に軽く見て貰った。
結果はそこそこの金塊、売ればそれなりになるとの事だった。
「ううむ、じゃが」
我々を助けるために無理をして渡してくれたのかもしれない。
感謝せねばな。
そんな事を考えていると、村の外れから複数の兵士が歩いてきた。
来ているプレートメイルや武器には統一感があり、
見てくれは正規兵のようにも見えるその男達。
だが、村からすれば疫病神以外の何物でもない集団。
こちらの事を遠目で認識すると、ニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「村長」
「もう渡す物はこれしか無くなってしまった。
お願いじゃ、これ以上村に危害を加えるのはやめて欲しい」
そう言って、袋に入った金塊を差し出した。
この行為と言葉は彼に指示されて行ったのだが・・・。
一体、この行為が何になるというのだろうか?
「へえ、こいつだけ・・・って」
袋を受け取り、中身を確認した兵士が仰天する。
その中には結構な大きさの金色に光る塊が入っていた。
「き、金塊だぞ」
「あ、ああ・・・結構な重さだぜ」
「それが村の最後の蓄えじゃ、持って行ってくれ」
兵士達は何度か村長と袋を交互に見ると。
「ああ、有難く貰ってくぞ」
そう言って、上機嫌にその場を後にしていった。
・・・これで良かったのか、本当に?
――――――――――――――――――――
「大成功、かな?」
「だ、大成功?」
村長は少し驚いたような顔をした。
うん、大成功だ。
「今頃、彼らはこの村に攻め入る算段をしているはずだよ。
強引にでも襲い掛かってくるはず」
「・・・話が見えてこんのじゃが」
村長は理解できていないみたいだ。
「実はあの袋にはある紙も入れてある」
「紙?」
「うん、残った金を隠して村人全員を夜のうちに避難させるってね」
「・・・まさか」
「彼らは夕方、或いは夜にかけてこちらに攻撃を仕掛けてくる筈だよ。
それも、半ば強引にね」
それが狙いだ。
こちらが金塊を隠してしまう前に襲わなければ手に入らない。
隠されれば見つけるのが手間だろうし、捨てられれば二度と見つからない場合もある。
故に、彼らが金塊を欲しがるのなら急いで攻勢を仕掛けてくる筈だ。
それに彼らが襲い掛かってくる場所もこちらが指定したに近い。
その場所は。
(村の外れの、何もない洞窟だ)
――――――――――――――――――――
儲けた儲けたと上機嫌の私兵たちが陣へと帰っていく。
彼らの持つ袋の中身を陣内にいた兵士たちが確認すると、
喜々としてそれを称賛していた。
「金塊だぜ、本物の」
「ああ、すげえな・・・」
彼らは貴族に従っているとはいえ、その素性は貧乏人が多い。
特に追いはぎや強盗を安い値で雇い入れた部分が大きく、その事実も拍車をかけていた。
要するに、チンピラが集まったに近い軍団に成り名がっている。
「リーダー、儲けものですね」
「そうだな・・・ん?」
私兵のリーダーが金塊に紛れる紙を見つけた。
それを指でつまむと、紙の前後を観察する。
「メモか?」
小さい文字で何か書かれてあった。
そのメモにはこう記されてあった。
一部の金塊を渡すと同時に残りの金塊を複数の村人で村の外れに隠す事。
その間に残る村人は夜陰に紛れて避難すること。
・・・村人に対する村長の指示書だった。
「残る金塊だって・・・!?」
兵士たちの目が輝く。
だが、リーダーの目は怪訝だった。
「あいつら、一体どこに隠していたんだ」
村々を捜索したが、金塊らしきものは見当たらなかった。
いや、見ていたら奪っていたのだが。
「いやいや、リーダー。
ここに金塊があるという事実とこのメモ。
アイツらが金塊を持っているのは確実ですよ」
「罠とは考えないのか?」
そう言って部下を見るリーダー。
罠と聞いてその部下は目を丸くしていた。
「たかが農民の考えですぜ?仮に罠だとしても我々が負けるとでも?」
「いやいや、冒険者達も一緒にいるんだろ?
なら、あいつらの入れ知恵があるかも知れないじゃないか?」
私兵同士がそう会話を始めた。
確かに、冒険者が知恵を貸したという可能性はあるが。
「その冒険者たちの質はどのくらいだ?」
「大したことないかと、コンドア出身が多いと思いますが」
「この時期はここいらでの狩りも多い。
それに便乗してきているだけだろ?」
そう言いながら、兵士は肩をすくめた。
「・・・」
リーダーはその兵士をじっと見ると。
「そうだな、たかが農民と名も売れていない冒険者達だ。
俺達の敵ではないか」
そう言うと、近くに立てかけていた剣を取る。
「準備しろ、攻め入るぞ」
「は!」
その一声と共に、私兵たちは準備を始めた。
――――――――――――――――――――
まず部隊を分ける。
片方は村が隠すつもりの金塊を奪取する部隊。
冒険者が絡んでいるとすれば、こちらに兵力を裂いている可能性もある。
そのため半数づつに分けて戦力を分散させた。
元から過剰ともいえる戦力差だ、半数に割いたところで何も問題はない。
そう考えながら、リーダーは馬上で部隊に指揮を飛ばしていた。
時刻は夕方に差し迫り、既に暗闇が辺りを包み始めていた。
兵士が持つ松明の光が辺りを煌々と照らしている。
「ここか」
その洞窟とやらの目の前まで来た。
道の外れにある、ぽっかりと口を開いたその洞窟。
辺りは苔むしており整備もされていないようだ、が。
その足元には人の歩いたような痕跡が残っていた。
地面が多少えぐれ、足跡と踏みつぶした草が散乱していた。
「話は本当みたいですぜ」
「ああ」
少なくとも、数十人がここに来ている。
こんな寂れた洞窟に。
洞窟を包囲するように兵士が構えると、十数人の兵士達が前に出て行く。
「いいか、ここに残る者は後から来るであろう冒険者たちを排除しろ。
洞窟内で戦闘が始まり次第、手筈通り第二軍を援護として差し向ける」
「は」
突入部隊の隊長が敬礼をして洞窟へと向かっていく。
部下もそれに従って洞窟へと歩いていった。
――――――――――――――――――――――
村を襲撃する部隊は副隊長の男を中心に前進していた。
既に包囲は完了しており、村への攻撃を待つだけの状態。
「・・・村の様子は?」
小太りで、贅肉のせいで鎧が張っている副隊長が隣に立つ軍師に聞く。
「静かなものです、覚悟を決めているのかと」
目の前に広がる村は、まるでゴーストタウンの如く人の気配がない。
飯の煙も立っていないところを見ると、こちらを警戒しているのだろう。
「総攻撃は少し後に始める、それまで休んでおけ」
副隊長が周りにそう叫ぶと、兵士たちは緊張を解いて陣の中へと入っていった。
「・・・それにしても静かですね、怯えているだけならいいですが」
そう1人呟いた軍師の声は誰にも聞こえなかった。
読んで下さり、ありがとうございました。




