170話
その頃、西側と東側の境界線であるゼロームの中央部。
草原と森が広がる『デーナ平原』が横たわるその場所にて。
村が点在する以外は人の手が入ることは殆どなく、
人工物はその村々と道くらいな平原が続く場所だが。
そこである異変が起こっていた。
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「・・・動きは?」
聖堂騎士の一人が、小高い草原にうつ伏せになって目の前に広がる陣を偵察していた。
その横に先ほどその方面から走ってきた黒ずくめのローブの男が横たわる。
「今の所は動く気配なしです。
しかし・・・何が起きているのです?」
「うむ・・・」
我々がここに来たのは数日前。
食料などを提供してくれた村が襲われたとの報告があったので、
その様子を見に来たのだが。
まるで戦争の様子で、村を囲む様に私兵たちが陣形を組んでいたのだった。
「武装もしていない村人をどうする気なんだ」
そう呟く聖堂騎士の隣に横たわる男。
その男がある魔法を唱え始めた。
「近づいた際に仕掛けてきましたよ」
魔力の赤い球が男の手のひらに浮かぶ。
そして、その赤い球からは何かが聞こえてきた。
「・・・で、首尾・・・どうだ?」
「はい、訓練・・・うまい具合・・・完了で」
どうやら、相手方の陣の話の内容が聞こえる魔法のようだ。
仕掛けてきたという事は、設置型の魔法か。
「訓練だと・・・?」
「あの陣形は訓練って事なんですかね?」
「村人は我々に救援を求めてきたんだぞ、訓練のはずが無いだろう?」
二人して、耳を澄ませて彼らの話に耳を傾ける。
すると。
「村人相手に実践訓練ですか?」
「丁度いいだろう?元々反感的な村だったんだ。
なにかされる前に叩いてしまおうという算段だ」
「・・・」
・・・何だって?
村人相手に攻撃を仕掛けるつもりか?
「収奪でもなく略奪でもない、訓練のために襲うとは」
「収奪も略奪も褒められた行為ではない。
・・・だが、訓練で力の無い者を襲うというのか」
「どうしますか?」
「どうするもこうするも無い、戻るぞ」
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東側からして、最も西側に近い場所に位置する要塞『カ・ダン要塞』。
リルフェアの命令で複数人の聖堂騎士が中心になって前線の橋頭保を作っていた。
今現在では西側の情報を集める拠点と化しており、ある程度の戦力も駐在している。
総司令官代理である男は、要塞上部に位置する指令室で書類を整理していた。
その指令室に急ぎ足で入ってくる先ほどの黒ずくめの男。
「どうした?」
書類を整理する手を止めずに、男はそう聞く。
焦る様子も無く、黒ずくめの男は淡々と事を説明しだす。
「・・・なるほど、武装していない村を襲うと。
しかも自分たちの訓練の的程度の考え、か」
溜息を一つつくと、男は掛けていたメガネを外して机に置いた。
「放っては置けない、が」
「ここの隠匿性が無くなる、ですか?」
「ああ」
相手方にばれない様に今までは情報収集を行っていた。
彼らと軍事的に事を構えるとなるとここの隠匿性は無くなるだろう。
まあ・・・いずれはばれることではあるが。
「リルフェア様にご指示を仰ぎ次第、我々も行動に出るぞ」
隣に控えていた部下にそう告げる。
「は!」
答えは決まっていると思うが。
それでも指示を仰ぐのが筋というものだろう。
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要塞からの報告を受けたリルフェア。
それを受けてトーマや八霧ら主要人物と、各リーダーを呼んでいた。
「・・・そうか」
俺は何度か頷いた。
状況を考えると、色々と慎重にならないといけないな。
「助ければ西側と東側の戦争の契機になりかねないか。
こちらとしてはもう少し力を蓄えたいところだけど」
八霧はそう言うと、各々のリーダーの顔を見た。
「だけど、こちらの味方に付いてくれた村を見捨てるわけにはいかない。
見捨てれば確実に信頼を失うし、失望されるよ」
「信頼、か」
リーダーの一人がそう呟く。
「うん、僕らの置かれている状況を考えると信頼を失う事は非常な痛手。
力が中途半端な状況の場合、たった一つの信頼を失うだけで全てを失う・・・
なんてこともあるからね」
そうだな・・・。
現状を考えれば食料やその他物資に関しては、
他の村からの提供されている部分が大きい。
それが無くなればきつくなるのは当然だ。
それに、村を見捨てれば他の村や集落も。
『自分たちが襲われた時に見捨てられる』と思うだろう。
そうなれば最後だ、こちらに味方してくれることはなくなり、
こちらの首がかなり絞めつけられる状況になる。
「だけど、時期尚早なのも事実だよ。
戦力はまだ中途半端で数も満足とは言えない状況。
本格的に戦争を開始するには準備不足、だけど」
「やらなけりゃ、その前に信頼を失って戦うどころじゃなくなる・・・か」
俺はそう呟くと、立ち上がった。
「リルフェア、戦うか否かはお前の判断次第だ。
だが・・・このまま黙っていたら戦う以前に俺達は駄目になる」
「ええ・・・分かってるわ」
リルフェアはそっと目を瞑ると。
ゆっくりと目を開き。
「助けましょう、我々は支持者を見捨てる真似はしないわ」
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リルフェアの命令は鶴の一声に同じ。
彼女の判断は今の集団の総意でもある。
要するに、西側と東側の緒戦が切って落とされる事になったに近い。
「村はどうなってる?」
「は、村長の判断で今の所は膠着状態だと」
「む?膠着?」
膠着状態と聞き、男の顔が怪訝そうになる。
「彼らと交渉して、何とか耐え凌いでいるとの事です。
若い娘や、金品を差し出しているとか」
「・・・下衆が、まるで野盗だな」
今回の救援部隊を指揮するのは冒険者を中心とした部隊だった。
聖堂騎士が動くのがベストと考えたが実情の戦力を考えれば、
地理に明るくなおかつ足の速い冒険者に救援に向かわせるのが一番早い、
との判断だった。
その指揮官に任命されたのは八霧。
冒険者側の総括、つまり代表者としてはラクリアが推薦されたが、
当人が却下したので、コンドアの街一番の冒険者『ノセ』が指揮に当たっていた。
「八霧君、いや八霧参謀。
どうやって彼らを撃退するつもりか?」
細身で長身だが筋肉隆々の男、ノセがそう言う。
歴戦の猛者を表すようにその顔には小さい傷が多くついていた。
「そうだね・・・」
村を遠目に丘から眺めていた八霧が双眼鏡を下ろす。
「真正面から行こう」
「む?」
何か策があるのではと思っていたノセは、真正面から攻めようという参謀の顔を見た。
その顔は意外そうにしている。
「あの程度の戦力、真正面から潰せないようじゃ僕らの正義なんて通せないよ」
「・・・正義、か」
「それに、あんな雑魚相手にノセさん達は負けるのかな?」
そう言って、八霧は冒険者たちを見た。
「雑魚、ふん・・・そうだな!」
「村人相手にイキるような奴に負けるかよ」
「冒険者魂ってのを見せてやろうぜ!」
冒険者達は自身の武器を握りしめながら、八霧に続いていった。
その士気は高く、やる気に満ち溢れていた。
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一方村では。
貴族の私兵が朝と夕方にやって来ては徴発を行っていた。
女、金、食料や雑貨。
出せる者は全て差し出して村長は時間を稼いでいたが。
そんな事をしていれば物が無くなるのは当然であり。
次の徴発の際には何も渡せるものが無くなっていた。
「・・・あいつらは?」
「下がりましたよ、後方の陣で酒盛りでもする気でしょう」
俺達から取った酒で、とごちる村人。
「もう少しの辛抱じゃ、そろそろ救援が・・・」
「いつ来るんですか!?かれこれ3日以上経ってますよ!?
近場の要塞との距離はそこまでないはず、何故来ないんです!!」
「ええい、耳元で騒ぐな」
耳を塞ぎながら村長はそう言う。
村人は興奮した様子を隠そうともせず更にまくしたてようとするが。
その言葉は扉のノック音で制止された。
読んで下さり、ありがとうございました。