168話
ゼローム首都、ある貴族の大会議室にて。
「・・・それで?」
不機嫌そうな壮年の老人が眉間にしわを寄せながら、使用人からの報告を聞いている。
片手でパイプを燻らせながら。
「はい・・・それぞれの対応、報告や連絡が取れず。
結果的にアルフォン、リーゼニアの両名を逃がしたとの事です」
「この報告も既に数週間たった後のことだな?」
「はい」
使用人がそう返すと、更に不機嫌そうに机を指でコツコツと叩く。
何度か机を指で叩くと近くに立てかけていた杖を持ち、地面に叩きつけた。
その行動と音にビクリと身体を動かす使用人達。
「何をやっておるのだ!!良いか、アルフォンとリーゼニアを逃がしてしまえば、
反撃に出てくるのは明白の事。
万が一リルフェアが生きていれば二人を人質にする事すら方法にはあった!
だというのにこの体たらく、報告も遅い」
打ち付けて壊れた杖を回収する、幼い顔の青年使用人。
その使用人をじろりと見る貴族。
怯えながらも、壊れた杖を回収していった。
「・・・ご主人様、一応申しておきますが。
各々の貴族は自分のせいにされたくないから報告を怠ったのかと。
責任逃れの結果、報告がここまで遅れ・・・或いは、もみ消そうと」
「どいつもこいつも使えぬ!」
握り拳で机を叩くと、立ち上がる。
「こうなれば時間はない。
動くぞ、他の幹部を呼べ」
「は・・・はい」
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西側の貴族達にまとまりの雰囲気は無く、
それぞれの貴族が利害の一致で協力関係にあるに過ぎなかった。
そのため、大規模に見える軍隊組織も、各々が持つ戦力の総数にしか過ぎない。
この事を鑑みた一部の貴族が、他の貴族へと協力を要請。
私兵を纏め、一つの軍隊として成立させたのがついこの間である。
そのため・・・未だに統一感というものがいまいちであった。
「・・・」
オリビアとセニアは、西側にある町『クレステン』で情報収集をしていた。
相手方の軍隊の行動や編成などを中心に調べを進めていたのだが。
「姉さん、どう思いますか?」
「編成も遅く、まとまりも希薄。
現状で言えば烏合の衆、と言ったところね」
「でも、数だけは立派に揃えてますね」
「ええ」
少なくとも、地方の私兵でも数万規模。
全体を合わせれば10万を超える可能性もある、けど。
「実情戦力となり得るのは半数と言ったところね。
正規兵に比べて練度も低いし、何より」
「自分の兵隊の消耗は避けたい、ですか?」
その言葉に、オリビアは頷いた。
「・・・戦争を始めた者達とは思えない考え方ね」
このままだと自分達よりも少ない兵力で壊滅に追い込まれることは明白だ。
戦争は周りが一丸となって戦わなければ勝つことなど不可能だ。
「私達としては有難い状況ですけど」
「そうね・・・そうなんだけど」
本当に、彼らは味方同士なのだろうか?
少しでも味方という認識があるのならこんな状態にならないと思うんだけど。
そう思うと多少呆れる。
「セニア、一度拠点に戻りましょう。
情報も大分集まったし、ここもいつばれるか分からない」
「既にばれてるかも知れませんしね」
そう言うと、セニアはこっそりと窓のカーテンを開けて外を見る。
いつも通りの人の流れだが、その中に怪しい動きをする兵士たちが見えた。
「・・・ここも特定されているかもしれない、今日中に荷物を纏めましょう。
トーマ様もお戻りになられたと聞きましたし」
「あ、そうですね。トーマ様、無事でよかった」
「あの方なら何事があっても何とでもなるでしょう?
それより・・・私達が見つからないことを気にしなさい」
「はーい、分かってます」
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「で?」
「嗅ぎまわっているメイドがいるとの報告が上がっています」
「メイドぉ?」
クレステンの衛兵の詰め所。
今では私兵が出入りする無法地帯と化していた。
不機嫌そうに椅子に座って、足を机に上げていた衛兵隊長。
メイドという単語を聞くと足を下ろして話に集中する姿勢を取った。
「面白い話じゃないか」
「ですよね、貴族の兵に関して何か探っているようでしたが」
「ほほう?」
「・・・どうします?貴族連中に知らせますか?」
報告に来た衛兵がそう言うと、肩をすくめながら。
「構わないでおけ、話したところで俺等には何の得もない話だ。
ほっといた方が面白いことになりそうだしな?」
そう言うと、衛兵隊長は再び机に脚を上げた。
「いいんですか?一応協力体制という形で彼らとは―――」
「連中の態度が気に食わん、ここは元々俺等の管轄だぞ。
勝手に入って来て好き勝手しやがってよ」
そう言いながら、忌々し気に窓から外を見る。
数人の私兵が何か話しながら往来を闊歩していた。
「この国はどうなっちまうんだろうな?」
「少なくとも我々の仕事は全部取られるでしょうね」
「違いない、な」
この街における警備兵、衛兵は警察のようなもの。
いや・・・どの街においてもそうだ。
つまり、警察が好き勝手にできる街になってしまう。
「とはいえ、俺等みたいな一般兵に出来る事なんか無いよなぁ」
「機会があれば動く、それだけでも出来る事に入ると思いますが?」
「・・・それはいつ来るんだろうな?」
そう返した衛兵隊長に対して、部下は。
「案外近くにあるかも知れませんよ?
例えば・・・先ほど話にあったメイドとか」
「冗談はよせよ、メイドに何が出来るって言うんだ」
どうせ興味本位で私兵の事を調べてるんだろ。
或いは貴族同士の睨み合いでメイドに命じて他の貴族の事を調べてるって、
そう言う可能性もあるが。
「火種というのは何処にでも転がってるものですよ?
案外、彼女達が起爆剤になるかも知れないですし」
「・・・起爆剤ね」
隊長は頭を掻きながら立ち上がった。
そして、再び窓から外を見る。
「貴族が追い払えるならなんだっていいさ。
この国は、この土地に生きる全員の物なんだからな」
外を歩いている私兵が、一般人に何か因縁を付けている姿が見える。
・・・おいおい。
「行くぞ、あいつらを止めに」
「はは!」
権限を持ってる限りは、あいつらに好きにはさせない。
その権限もどこまで続くかは分からないが。
――――――――――――――――――――
夜陰に紛れてオリビアとセニアは街を後にした・・・のだが。
街の外れに差し掛かった際に誰かが道を塞いでいた。
「・・・やはり、夜中に逃げようとしましたか」
「!」
ばれていた、そう思った二人が構える。
「敵意はありません」
夜陰の中から現れたその姿は、街の衛兵だった。
両手を小さく上げて、手のひらを見せながらこちらに歩いてきた。
「どうも、衛兵隊副官のザルバと申します」
「・・・これはご丁寧に、オリビアと申します。
こちらは妹のセニア」
セニアは自身の紹介をされると小さく頷いた。
ザルバはその言葉に、手を下げながら二人の顔を見た。
「そうですか。貴族の私兵の情報はしっかりと集まりましたか?」
「・・・ばれていたようですね、捕まえに来たのですか?」
オリビアはそう言いながら、左手を握る。
手の先が変形の前兆を見せる。
「いえいえ、よろしければ私達の持っている情報も持っていく気はありませんか?」
持っていく、そう聞いてセニアが怪訝そうな顔をする。
「どういうことですか?衛兵さんも貴族達の味方なんじゃ?」
セニアがそう言うと、ザルバは複雑そうな顔をしていた。
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