159話
大雨が降る中、俺達は深い眠りについていた。
その朝方・・・。
日光が目に入ってきたことで覚醒した。
「・・・朝か」
寝袋から体を出し外の様子を見に行く。
昨日のキーナの予想通り晴れていた。
多少の雲は残っているが、概ね晴れている天気だ。
火の番の順番のせいか多少浅い眠りにはなってしまったが。
その眠気が残りつつも、身体を伸ばして眠気を吹き飛ばす。
外に出て、道の状態を触って確認する。
・・・道の状態は悪いが、走れないほど悪い訳でもない。
泥で滑る場所もありそうだが、まあ馬車なら大丈夫だろう。
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御者は馬車の調子を見ながらゆっくりと動かし始めた。
泥を撥ねながら前へと進みだす馬車。
多少横滑りする感覚に襲われつつも、馬車は前へと進んでいく。
「ぬかるんでるわね」
「・・・ああ」
元の世界ならばどれだけ雨が降ってもアスファルトで舗装されていたので、
そこまで関係は無かったが。
こちらの世界は舗装と言っても土の道を整備しているだけなので、
雨が降ると全体がぬかるんで酷い状況になっていた。
「御者さん、いけそうかしら?」
「へ、へい。ちょっと怖いですがね」
難しそうに手綱を調整している御者。
馬車を引く馬も、足が取られそうになるのかふらつきそうになっている。
しばらく馬車は悪戦苦闘しながら前へと進んでいると。
急に速度が出始めた。
馬車から地面を覗くと、草原を走っているようだ。
なるほど、泥の道を走るよりは移動速度が出るな、これは。
「多少遠回りですが、速度が出せる分こっちの方が早いですよ。
今日中には目の前まで着くように頑張りますよ!」
御者がそう言うと、馬に鞭を入れた。
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草原を掛ける事数時間。
時刻は昼に差し掛かり、日光が強くなり始めていた。
とは言え道の乾燥には遠く未だに足元は不安ではあるが。
「今どのあたりなのだ?」
「ええと、ハウラの森の周辺ですよ。
ここを越えればアーセ村は直ぐです」
「そうか」
御者にそう聞いたアルフォンは安心したように長椅子に座り直す。
ふう、と一息つくと、隣に座っているリーゼニアを見た。
「ここまでくれば安心だな」
「父上、リルフェア様と会うまでは油断しないことですよ。
何が起こるかなんて、誰も分からないんですから」
「う、うむ・・・そうだな」
そう言うと、アルフォンは顔を引き締めた。
後ろからついてきている馬車を見る。
ラクリア達の顔は見えないが、あちらも順調にこちらに付いてきている。
更にその馬車の後ろを見るが。
追ってきている様子は今の所見えない、
こちらにトラブルが無い限りは大丈夫だろう。
比較的、木が集中していない場所を縫うように森を抜けていく。
道というものが存在しないような場所を突っ切っている状態だ。
こんなことが出来るのも、この森自体の木の密集具合が薄いお陰だが。
「・・・ん?」
御者が上を見上げた。
「どうした?」
「いや、人の気配がしたような気がして」
そう言うと、御者は首を振った。
「いやいや、木の上に人がいるはずないか。
忘れて下さい気のせいだと思うんで」
木の上に人?
俺も見上げてみるが、背の高い木が鬱蒼と茂っているだけで他には何も見えない。
・・・恐らく気のせい、だろう多分。
試しに意識を集中して辺りの様子を探ってみる。
スキルの内の一つで、本来は敵の動きを視覚外で察知するものだ。
この世界に来てからは見えない場所での敵の行動がぼんやりだがわかるようになった。
「・・・」
敵性反応は無し、気のせいだな。
そう思い、馬車の窓から外を覗く。
その瞬間。
「うおぉぉ!?」
御者の悲鳴に似た叫びが馬車に響いた。
同時に馬車が倒れるんじゃないかというほどの衝撃が響く。
どうやら、急に進路を変えたようだ。
「な、なんだ!?」
アルフォンが驚いた顔をする。
隣にいるリーゼニアも何が起きたのか分からないと言う顔だ。
倒れる寸前で持ち直し、馬車は急停止した。
「あ、危ないじゃないか!!急に飛び出すとは!」
御者のその声が響く。
・・・危ない?
人でも飛び出して来たか?
「何とか言ったらどうなんだ!」
「どうした?」
「ああ、あいつが急に飛び出してきて」
御者が指さす先には。
背の高いフードを着た人物が立っていた。
「・・・」
異様だ。
あいつからは、生気を感じられない。
化け物というわけではないが、生き物だという感じがしないのだ。
馬車から飛び降りて、その人物に近づく。
腰に下げた剣に手を掛けながら。
「お前は誰だ?」
「・・・」
フードから顔を覗かせる、その人物。
その顔は神威によく似ていた。
「ドール・・・神威の―――って」
安心したのもつかの間。
そのドールは俺に向かって接近、腕を変形させて襲い掛かってきた。
「ぬぉ!?」
咄嗟に剣を引き抜き、剣に変形させた腕を受け止めた。
剣同士がぶつかり合い、火花が飛び散る。
「侵入者、排除」
「おいおいおい!」
俺は味方だと、言いかけたが。
自立型のドールなのだろう、その問い賭けは無駄だと気づく。
(拠点防衛のためにドールを配備してるのか、神威。
いい判断だが、今回に限っては厄介だな)
俺のスキルに反応しなかったのは元々味方の為。
彼女が襲い掛かってきたのは恐らく・・・馬車で強引に抜けようとしたからだろう。
侵入者と判断し、俺達に襲い掛かってきた、そんなところだろう。
鍔迫り合い状態で拮抗していたが、不意に彼女が離れた。
「強敵と判断します、武装第一形態解放」
「は?」
そんなものあったか?
そう思っていると、ドールの足と腕にゴーレムの表皮のようなものが現れる。
ごつごつとした岩のようなものが足と腕に絡みついていく。
「覚悟」
「神威が前に言っていた強化装備って奴か・・・?」
そう疑問に思ったことを口にした瞬間。
彼女は一瞬にしてこちらとの間合いを詰めてきた。
(速いな)
初手の突きの一撃を軽く回避する。
かわされると思っていたのだろう、あまり力を入れていない一撃だった。
その場でくるりと回転すると、ドールはその回転の勢いを使って剣を振るう。
それを剣で受け止め、弾いていなす。
体勢を多少崩しながらも、ドールは間合いを取ってこちらの様子を見てくる。
「戦況分析、圧倒的不利。
疑問、攻撃行動が見られない」
「当たり前だ、神威の子供にけがをさせられるかよ」
しかし、こいつは何番目のドールだ?
顔は1号から10号の誰でもないが。
・・・新しく作られた子か?
「状況判断、援軍要請」
援軍?
オリビアやセニアが来るのだろうか?
なら、話が早いのだが。
その俺の希望的観測は、すぐに裏切られることになった。
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「?」
拠点内で、神威が首を傾げる。
森の方、その中央辺りで戦闘が始まったという情報が頭の中に入ってきた。
防衛用に配備していた新しく製造したドール。
戦闘用試作2号が戦いだしたようなのだ。
「どうしたの、神威ちゃん」
隣でリンゴを剥いていたエリサがそう聞く。
「新しく作った子が戦ってる。
侵入者が来たかも」
「え?」
「普通の人や狩人なんかには反応しないはず。
・・・強い人か、武装している人に反応するけど」
そう言っている間に、援軍を要請するとの懇願が頭に響く。
「・・・ん、近くにいる子は援護してあげて」
試作した子達もそこそこの強さを持っているはず。
オリビアやセニアに比べれば弱いけど、現地で倒されるほどの弱さじゃない。
・・・侵入者、強いかも。
読んで下さり、ありがとうございました。