158話
篝火の後に火が入れられると、多少勢いの強い火が一瞬現れた。
その後は安定したように温かい光を放ちつつ、火は緩く燃え始める。
「やっぱり降り出しましたね」
御者がそう言うと、天候の悪かった空から大粒の雨が降り始めていた。
ざあざあと、断続的な音が外からは響く。
この洞窟は雨漏りはしないようだな。
天然にできた洞窟、というよりはここは人工的にくりぬかれた場所のようだ。
断面は綺麗だし天然にできたにしては空間が均一に見える。
「明日には止むと思いますんで、遅れは出ないと思いますがね。
ただ道がぬかるむんで移動速度は落ちるかも知れませんよ」
「そうか」
それは、俺達を追おうとしている追手にも言えることだろう。
この土砂降りの中追撃を仕掛けようとは思わないはずだ。
遠くでは雷の音まで鳴っている、天候は悪くなる一方―――
「きゃぁ!?」
その雷の音で悲鳴を上げたのはキーナとルアだった。
ほぼ同時に、左右にいた女性が声を上げたので耳が痛い。
「ははは、何驚いてんだよキーナ。
雷魔法だって使うんだろ?」
「それとこれとは話が別よ!」
茶化すようにそう言ったラクリアに対して怒ったようにそう返すキーナ。
まあ・・・そうだな、雷が苦手なのはしょうがない事だろう。
いきなり音が立つ事を嫌がる人も多いしな。
「この辺で雷は珍しい事じゃないですよ。
近くには山もありますし、天候が変わることも多い」
御者はそう言いながら、篝火に木片をくべていた。
慣れた手つきで次々と乾いた木片が放り込まれていく。
「食事を取っておくか?」
俺がそう提案すると。
ラクリアの腹が盛大に鳴った。
「へへへ・・・賛成」
――――――――――――――――――――
軽く食事を終え、しばらく時間が経つ。
雨の音は一向に小さくならず、土砂降りのままだ。
「明日、大丈夫でしょうか?」
ルアがラクリアにそう聞く。
「え、ああ・・・そうだなぁ」
篝火に当たっていたラクリアが外を見ながら何か考えている。
そして何か閃いたようだ。
「キーナ、お前魔法で明日の天気分からないか?」
「・・・言っとくけど、魔法ってそんなに便利なものじゃないわよ?
理論と実践を兼ねて初めて行使できる、一種の学問なんだから」
そう言いながらも、キーナは何かの道具を袋から取り出していた。
「似たような真似は出来るけど、正確じゃないわよ?」
水晶玉に魔力を込めるキーナ。
すると、水晶玉が紫に光る。
「雨か曇りよ、少なくとも土砂降りじゃなさそうね」
「へえ・・・分かるのか?」
「さっきも言ったでしょ、理論と実践だって。
今現在の大気の状態を何度も調べて、計算して、明日の天気という結果を見る。
これを繰り返してこの魔法は出来たの」
色でわかるようだが、大分大雑把にしか分からないようだ。
百発百中でわかるようなら色々苦労しないだろうし、当然か。
「魔法って便利だな」
「あなたも使えるでしょう、魔法」
「俺は攻撃と補助だけ、それ以外はからっきしなんだよ」
そう言ってラクリアは水晶玉を見ていた。
興味深そうに突っついているが・・・。
その様子を見ていたルアがハッと何かに気づいたように反応した。
ゴソゴソと、自分の持ち物の入った袋を弄りだす。
「あ、あのキーナさん!これ、解読できますか!?」
「え?」
キーナの前に差し出されたそれは、とても古い一冊の本だった。
所々擦り切れており、本自体かなり古いものだと一目でわかる。
「・・・かなり古い本ね、ちょっと待って」
薄くなっているタイトルらしき文字をなぞるキーナ。
「驚いた、これ・・・魔法で暗号化されてるの?」
そう言いながらも、キーナは解読しようと指を光らせていた。
「は、はい・・・それ、家に伝わる魔法書らしいんですけど。
なんでも私の祖先は高名な魔法使いだったらしくて、
その人が残した物らしいんです」
「へぇ、遺産って奴か。
だけど読めないんじゃ何の役にも立たないよなぁ」
「はい、だから色んな人に聞いて回ってみてるんですけど」
ルアはそう言うと、目の前で集中しているキーナを見た。
何か小さく呟きながら、キーナは解読を進めている。
「ティアマに頼もうとは思わなかったのか?」
俺はそう聞いた。
前にあった時は、ルアはティアマにそうは頼んでいなかった。
素朴な疑問だったが、どうなのだろうか?
「あ、えっとですね。
あの時はその・・・ティアマさんが魔法に詳しいとは思わなかったので」
そうか、確かに魔法使いとは言ってなかったな。
言っていたらティアマにも頼んでいたかもしれない、か。
「・・・駄目ね、難しすぎる。
というよりこんな暗号初めて見るわ」
ギブアップ、という感じでルアは首を振った。
「初めて見るって、それはどういう事だキーナ?」
ライがそう聞く。
「独自の暗号みたいなの、よく使われる暗号じゃないわ。
どのパターンにも引っかからないし、恐らく専用暗号ね」
「専用?」
「解読本が無いと無理って事」
キーナはそう言うと、本をルアに返した。
「貴重な本だと思うわ、恐らく。
中身もとんでもない事が書かれている可能性がある」
「と、とんでもない?」
「専用の暗号を掛けるくらいよ?
一般的に見られる魔法書とはわけが違うと思うわよ?」
・・・確かに、独自の鍵をわざわざかけているんだ。
結構な中身のものでなければ割に合わないだろう。
「私も中身が気になるけど・・・一般的な解読法じゃ読めないわね。
ねえ、解読するために何か伝わってない?
大抵は解読用の何かを残しておくものだけど」
「・・・えっと、そう言うのは聞いた事が無いです」
「そう、残念」
ここまでのようだな。
・・・しかし俺も気になるな、その本。
「ルア、悪いが見せて貰ってもいいか?」
「え、あ、はい」
ルアから手渡された本を開く。
・・・確かに、読めないな。
見た事も無い文字が羅列されている。
八霧なら分かるだろうか?
こちらの世界に来てから書庫にある書物を大量に読んでいるし、
何かわかるかも知れない。
「・・・ありがとうルア、ほら」
お礼を言って本を返した。
「はい」
それを受け取ると、大事そうに袋へとしまうルア。
「しっかし、良く振るな。
土砂崩れとか起きないといいが」
ラクリアの言う通り、雨の勢いは収まるところを知らない。
明日晴れたとしても水の影響で道路が不味い状態になっているかもな。
「起きたとしても大丈夫よ、アーセ村までは平坦な道が続いてるから。
心配なのはむしろ水たまりと泥よ、車輪が取られると動けなくなるんだからね」
ああ、それはあるかもな。
道がぬかるんで足が取られるとその分時間が取られてしまう。
こちらも急いでいる身、それは勘弁願いたいが・・・。
だが、それは通ってみなければ分からないし。
明日の天気次第でもある。
天運に任せる他ない話か・・・。
夜が差し迫り、全員が寝息を立て始めた。
火の番は交代で行い、俺の番だ。
「・・・まだ降ってるな、本当に大丈夫か?」
そう呟きながらも、夜は更けていく。
明日の事が多少心配になりながら、木片を火に放り込んだ。
読んで下さり、ありがとうございました。