15話
冷たい床の感触に意識が戻る。
目を開けると、暗い天井が見える。
辺りを見渡すと・・・そこは。
鉄格子が組まれた・・・牢屋の中だった。
「・・・何が起きた」
意識を失う前のことを思い出そうとする。
・・・確か、ラティリーズと会って、手が触れ合ったら。
急に、彼女の記憶や・・・感情の波が俺の中に入ってきた。
そして、抱きつかれた。
・・・一体何がどうなってるんだ?
牢屋の中には俺一人。
装備はそのまま・・・そのまま放り込まれたという事か。
しばらく胡坐をかいて、その場で考えていた。
すると、奥から足音が聞こえ、聖堂騎士がこちらに歩いてくる。
牢の鍵を開けると、鉄格子の扉を開けた。
「出ろ」
そう促されるが。
・・・気づいたら牢に入れられ、次には出ろと言われる。
何が起きてるんだ。
「・・・すまんが、説明してくれ。何が起きたんだ?」
目の前の聖堂騎士は割とすんなりと状況を説明してくれた。
もう少し、躊躇うとかそう言うものがあると思っていたのだが。
「・・・ラティリーズ様と貴様が触れ合った瞬間に、両者が気絶した。
何かしたのではないかと疑い、拘束したのだ」
「気絶・・・二人とも、か?」
「ああ・・・ラティリーズ様は貴様にしがみつくように倒れていた。
・・・とても、安らいだような顔でな」
安らいだ?
それは一体・・・。
「ともかく、医者の話ではラティリーズ様の身体に異常は無い。
おそらく、久しぶりの儀式で体に負担がかかったのだろうと、そう言うことだ」
・・・確かに、体調は良さそうに見えなかった。
身体も、頑丈そうに見えなかったしな。
「・・・俺はどうなる?」
「釈放だ、何もしていないとの結論だからな」
そうか・・・。
立ち上がると、牢を出た。
八霧と神威に心配を掛けたかもな・・・。
――――――――――――――――――――
カテドラルの中央部。
そこには、国の聖域、ラティリーズの部屋がある。
その部屋の大型ベッドの上で眠る少女。
とても安らいだ顔で、横になっていた。
「ラティリーズが倒れた・・・本当だったのね」
ラティリーズの母「リルフェア」。
既に隠居し御殿に籠っていた人物が寝室に訪れていた。
隠居したとはいえ、その美貌は未だに健在で、
ラティリーズと同じ、青白い髪は綺麗にたなびいていた。
寝室の警備をしていた聖堂騎士はその姿を見ると頭を下げ、外に出て行く。
「・・・」
無言でベッドの上のラティリーズに近づくリルフェア。
眠る自分の娘の、顔を触る。
そして、彼女の背負うものを考えていた。
――――――――――――――――――――
2000年以上前。
突如出現し、暴虐の限りを尽くした、6体の竜・・・通称「六災竜」。
現在のゼローム皇国東部「竜の澱み」に出現したその竜たちは、大陸中を破壊し始めた。
その竜と戦った、大陸古来の始原の竜達。
火の竜「カーリス」、水の竜「セラーネ」、風の竜「フロウ」。
闇の竜「ゼムン」、光の竜「シャネラール」、そして、再生の竜「リウ・ジィ」。
戦いは果てなく続き、大陸中を炎に包んだ。
文明という文明は焼き払われ、荒れ地と化し、生物は激減した。
大陸もその影響で、3割近くが海底に没したという。
戦いの最中に、カーリス、セラーネ、フロウは心半ばで果てた。
そして、その3体の力を吸収したリウ・ジィが6体を封印した、と伝わる。
後にリウ・ジィはゼローム皇国を興す。
ゼムンは大陸西方にヘルザード帝国の原型である国を興した。
シャネラールは海に沈んだ故郷を憂い、死んだ仲間の遺体を抱え、
天高く消えて行ったという。
我々の始祖・・・再生と死を司る「リウ・ジィ」。
竜唯一の雌の彼女はこの国を興した。
火の海と化した大地を鎮め・・・人間たちの国を再生するために。
人間は、彼女の加護の届く範囲で繁栄を始めた。
それが今の、ゼロームと・・・内乱で分かれた国、バルク。
加護が届かなかった西部には、ゼムンが中心となり魔族たちが繁栄した。
ゼムンはリウ・ジィのように加護を与えず、魔族に過酷な試練を与え続けた。
過酷な環境とゼムンにより、魔物は強く、強靭に鍛えられた。
結果・・・いまのヘルザード帝国のような強国が生まれた。
彼女らが健在の時は、争いごとも起きなかった。
だが、数百年経ちリウ・ジィとゼムンは・・・死期を悟る。
強大な彼らも、自身の老いには敵わなかったという事だ。
リウ・ジィは国の未来を人間の王・・・
ドラクネン家に託し、自身の子供にはそれを守るように言い伝えた。
これが、ゼローム皇国の王と、その上に立つ神の関係の始まりだ。
そしてゼムンはリウ・ジィの後を追うように亡くなった。
だが、国を導く者を指名しなかったゼムン亡き後、国で内乱が起こる。
・・・そして、内乱の末に現在のヘルザード帝国の体制が誕生した。
それ以降・・・ゼロームとヘルザードは戦争を続けている。
人間と魔物は相いれない存在・・・それを示すかのように戦い、血を流している。
――――――――――――――――――――
娘の頭を撫でる。
重責と、ストレスからか、身体は細くなり、
青白く綺麗な髪も、先端が痛み始めている。
「私に、才能が無いばかりに・・・この子には」
リウ・ジィの才能。
それは、生き物に限らず、全てを再生する能力。
人々からは奇跡と呼ばれ、我々が神と崇められる能力だ。
母にはあったが、私にはその才能がほとんど無かった。
妹の方が、才能的にも後を継ぐべきだと思っていた。
・・・だが、長子が跡を継ぐのが決まり。
その為に、妹は能力を封じられ、竜の塔に幽閉された。
その後、ゼロームの内乱で竜の塔から解放された妹は、
バルク国の象徴として今でもその辣腕を振るっている。
・・・私に当てつけるかのように、その能力を使いながら。
そして、私は・・・生まれたラティリーズが
力を使いこなせるのを待って、その座を譲った。
能力のない私が治めた300年近く。
力の無い、神はいらないという事を如実に表すように民心は離れて行った。
だが、ラティリーズが座に座り、私の母以上の能力を発揮すると。
・・・瞬く間にラティリーズは神の如く崇められるようになった。
前身である、私の母よりも。
今では、国民ほぼ全てが、ラティリーズを神と崇めている。
・・・そういう意味では、私が座を降りたのは無駄ではなかっただろう。
だが、この子に掛ける心労は途轍もないものだろう。
私の時もそうだった。
それに、私が押し付けたような一面もある。
しかし、娘はいつだって・・・大丈夫、と気丈に振舞っていた。
病弱で、身体も弱いというのに。
「・・・安らかな顔ね。こんな顔、久しぶりに見るわ」
安らかに眠るその姿は、子供の頃に見たきりだ。
・・・今日は何かあったのか、それとも。
「倒れた理由・・・気になるわね」
――――――――――――――――――――
俺は地下の牢獄から1階に上がってきた。
辺りを見渡すと、先ほど見た場所だ。
予想通り、八霧と神威に会うと、心配された。
抱き付いてきた神威を撫でながら、八霧からある事を聞いた。
「・・・ここで待ってろと?」
「うん、聖堂騎士の人がここで待っているようにって」
何かあったのだろうか?
それとも、ラティリーズの病状に異変でも・・・?
そうなったら、俺のせいになるだろう。
・・・極刑で済めば優しい方か?
動くわけにもいかず、その場で待っていると。
ラティリーズの隣に立っていた赤髪の女性騎士がこちらに歩いてくる。
「トーマ、リルフェア様がお呼びだ・・・来い」
「リルフェア?」
「・・・ラティリーズ様の母上だ」
母上・・・って、母親か?
・・・いよいよ、病状が悪くなって、その責任をどうするつもりだと。
そう言われる気がして来た。
「・・・とにかくついて来い、悪い話ではない」
「え?」
悪い話じゃない?
じゃあ、どんな話だというのだ。
・・・来て早々、昇進やそんな話でもないだろうし。
昇進・・・俺には無縁の単語だ。
社畜など、そういうものだしな。
読んで下さり、ありがとうございました。