144話
「・・・」
牢獄の中で、目を瞑り佇んでいる初老の男性。
小太りで豪華な装飾の入ったマントと、服装。
そして、見事に蓄えられた髭は誰が見ても国王その人と分かる容姿をしていた。
「申し訳ございません、陛下」
看守は頭を下げてそう言う。
「構わん・・・貴族に不覚を取ったわしが悪い」
看守の目線が入口付近に向く。
その先には、警備兵とは違う服装を着た兵士が二人立っている。
貴族の私兵だ。
気づいた時には城の中に侵入しており、瞬く間に要所を制圧された。
「お主も、わしに話しかけん方がいい。
立場が悪くなるぞ」
「構いませんよ、何とか・・・あなたを逃がす方法を考えます」
と言っても、だ。
牢の鍵は私兵に取り上げられ、下手なことをしないように見張りも立っている。
国王を人質に取ることで我々正規兵の動きも抑止され。
全員が、平常通りの任に付いている・・・ように強要されている。
「リーゼニアが心配だな、あの血気盛んな子だ・・・暴れないといいが」
「・・・アゼル様はどうしているのでしょうか?」
「遠征任務で今頃西側の視察に付いておる。
こんな時にこそ、いてくれたら助かったのだがな」
そう言うと、国王は静かに息を吸った。
「助けを呼ぼうにも皆が動けぬ状況だ。
いっそのことわしを見捨てて、逃げてくれ」
「そうは行きません、ラティリーズ様が行方不明の今、
ドラクネンまで失われたらゼロームはどうなるのですか?」
「う、うむ・・・だがな」
「自体はきっと好転します、希望を捨てないで下さい、陛下」
「・・・そう、だな」
国王は目を瞑り、顔を伏せた。
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玉座の間の前まで来た。
どうやら、警備兵はいないようだ。
つまり・・・だが。
この玉座の間の近くには国王はいないのだろう。
いたら警備が厳重なはずだからな。
「ううむ」
だとすれば、どこだ?
牢屋か?
それとも、何処か独立した場所に幽閉しているのか?
そんな事を考えていると。
「あ、だ、誰ですか!?」
「ん?」
振り返ると、そこにはメイドが立っていた。
歳は20代前半くらいの若い女性だ。
片手に何かの照明を持って、こちらを照らしている。
「曲者ですか!?」
「いやいや、そんな物騒なものじゃない」
俺がそう言うとメイドはこちらの様子をじっと見る。
その照明で、頭から足元まで照らしながら、だ。
「国王を助けに来た、とでも言えばいいか?」
「助けに・・・ですか?」
俺の顔をじっと見てくるメイド。
目を細めて、何か思案顔でこちらを見ている。
「冒険者、さんみたいですけど。
どこからか依頼を受けたんですか?」
ああ、そうか。
竜騎士だって言う事は何処にも広まっているが。
俺も顔見せをしたことは殆ど無いし、知らない人の方が多いだろう。
なら、あれしかないか。
道具袋から白銀の兜を取り出す。
「あ・・・!」
それで察したらしい。
・・・俺も外で公務に従う場合は、白銀の鎧だったからな。
「竜騎士様!?ご、ご尊顔を拝めて光栄です!」
目をキラキラとさせて、メイドはこちらを見てくる。
こういう時、顔が知られているのは助かる。
・・・正確には、兜、だがな。
「すまないが、国王の居場所を教えてくれないか?」
「は、はい!軟禁場所はこちらです」
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道すがら、今の状況をメイドから聞かされた。
「陛下は急に現れた貴族の私兵たちに身柄を拘束されたんです。
護衛の騎士も、兵士もそれで手が付けられなくなって」
「・・・ガバガバ過ぎないか?いくら何でも」
「それだけ貴族に対する信頼が強い・・・というより。
文句を言えば被害を被るのはこっちなんですよ」
「?」
どういうことだ?
国王よりも貴族の方が偉いという事か?
「地方の統治は貴族に任せきりな部分が多いんです。
それに陛下は・・・その、強く言う事が苦手な人で」
「気弱か?」
「ま、まあ、そうですね」
なるほど、押し切られるタイプか。
・・・なら、私兵も黙認状態で城にいれていたと考えられるな。
「このまま国王を軟禁して、自分達の良いように国を操る。
傀儡政権の出来上がりってか」
ヘルザード帝国に降伏して、服従する形で国を存続させる。
従属国としてゼロームを生かす・・・いや、ゼロームを殺して、
自分達の国を作るつもりだろう。
名だけ残って、国は無くなるに等しい。
「強引だが、うまく行くように仕向けるのが政治家ってもんだ。
その貴族たち、大分名うてと見える」
「は、はい・・・凄い人達です」
だろうな。
政治的手腕は大したものなのだろう。
国王がこんなことになっているのに、城下町にはそれほどの混乱は見受けられなかった。
・・・これは、元から根回しをしていた可能性も高いな。
(カテドラル襲撃が無くとも、元から裏切る腹積もりだったのか?)
だとすれば色々と合点がいく。
ゆえあれば裏切る、リルフェアは西側の貴族に対してそう言っていたが。
同時に扱い切れない部分もあると漏らしていたな。
「ここです」
メイドの足が止まる。
その目線の先には、鉄で補強されたいかにも牢獄の門。
番兵は立っていないようだが、中からは複数の人の気配がするな。
「どう、するんですか?」
「どうもこうも無い、攫って行くだけだ」
「へ?」
「離れてろ、怪我するぞ」
片足を上げる。
所謂、ヤクザキック。
それを扉に向けてかました。
――――――――――――――――――――
「やれやれ・・・」
正規兵たちは辟易しながら業務に勤めていた。
貴族の私兵が我が物顔で自分の職場を歩き回っているのだ。
しかも、何処か威張り散らした様子で。
「よぉ、交代の時間だぞ」
「もうそんな時間か」
外の見張り櫓の上の兵士が交代を始める。
「この時期なのに、夜は冷えるな」
「仕方ないさ、明日は雨が降りそうだからな?」
見上げる兵士の先には、厚い雲が空を覆っていた。
「なるほどな」
「それで、異常は無かったか?」
「何もないさ―――」
ふと、王城の方で大きな音が立つ。
爆発音ではない、何かの衝撃音だが。
「なんだ?」
「あっちは、確か」
牢獄の方だ。
何かあったのだろうか?
気にはなるが、自分達の任はここの見張り。
興味本位で仕事場を離れるわけにはいかないのだ。
「交代になったし、俺見てくるわ」
「好奇心は猫を殺すというぞ?」
「へいへい」
ひらひらと手を振りながら城へと入っていく兵士。
その直後、彼が入っていった扉から大柄な男が飛び出して来た。
小脇に、国王を抱えて。
「うぉ!?」
後退した見張りを含め、5名ほどが武器を構えて男に向ける。
「だ、誰だ貴様は!」
「陛下をどうする気だ!」
「・・・頂いていく、貴族連中に預けていい人物じゃないだろ?」
「皆、武器を収めるのだ。
彼は、私を助けに来てくれたのだ」
国王がそう言うと、兵士は武器を下に下ろした。
「陛下」
「リーゼニアも助けられた。
お前達も機を見て城を出るのだ。
・・・これ以上、貴族に従う必要はない」
「・・・」
悔しそうに顔をにじませる兵士達。
城を捨てて逃げろといっていると同じだ。
悔しいに決まっている、か。
「了解、しました」
敬礼をする兵士達。
「トーマ殿、急ぎこの場を離れましょうぞ」
「それには同感だ」
後ろから追ってくる貴族の私兵を見て、トーマは再び足を動かし始めた。
読んで下さり、ありがとうございました。